82 / 105
82.愛し子は不可侵だ(絶対神SIDE)
しおりを挟む
「イル、目を閉じられるか?」
「目に砂が入っちゃうから、ぎゅっとしてね」
俺とルミエルに言われ、イルは強く目を閉じる。口に砂が入って気持ち悪いのだろう。時々ぺっと吐き出した。拘束された体に巻き付く蛇が鬱陶しい。イルに見えていないのが幸いだった。
もし蛇が巻き付いたと知ったら、もっと泣くだろう。これ以上泣かせないために、短期決戦を指示した。頷く四人は数こそ少ないが、上位実力者ばかりだ。忌々しいフラウロスを倒すのに問題はなかった。
「この子がいなければ、世界のバランスは保たれていた」
「イルの存在で崩れる程度のバランスなら、さっさと崩壊させてやるさ」
フラウロスが叫んだ言葉は、神々が使う言語だ。プライドの高い彼女は、この古代語をメインに使う。俺に言わせれば化石のような存在だった。自分の価値観を押し付け、他の神々を支配する。その意味では、リザベルの方がマシだった。
絶対神は三柱、そう決めつけるフラウロスにとって、ここにいるゼルク達は脅威だろう。俺の下で力をつけ、管理する世界を増やしていく。それでも破綻しないのだから。
要はバランスだの、愛し子がどうのと騒いだところで、自分の地位が脅かされて慌てる年寄りの嫉妬に過ぎない。こんな騒動にイルを巻き込んだことを、後悔させてやろう。
リザベルを滅ぼした時と同じ呪文を組み上げるサフィの前で、盾の能力を誇るルミエルが防衛陣を敷く。シュハザは剣を、ゼルクは槍を武器に選んだ。俺の両手には炎と氷の魔法が渦巻く。
封じられるのも屈辱だろうが、その前に消えない恐怖を植え付けてやる。イルに当たらないようにしないと。そんな余裕が、一瞬で消えた。プライドの高いフラウロスには無理だと……決めつけた己の愚かさを呪う。
奴は、イルの喉元へ長い爪を突きつけた。わずかに動かせば刺さる距離だ。咄嗟に魔法を打ち消し、全員に下がるよう合図した。
「下がれ、命令だ」
「ちっ! ろくなことしねえ」
「プライドはないようですね」
部下達の煽りも無視し、フラウロスは低い声で命じた。
「あの建物に入れ、全員だ」
「断ると言ったら?」
「この子の命はない」
イルは絶対神の中で最強の俺が守護を与えた。だが同じ絶対神の攻撃を、完全に防ぎ切ることは難しい。一瞬だけ視線が三角の建物に向かう。建造物と呼んだ方が近い。強大な力が内側に溜め込まれた建造物の中に入れば、簡単に抜け出せないだろう。
にやりと笑う。
「殺せるのか? 愛し子を……俺達が消えても他の神々はお前を排除する。愛し子は、どの神の対であっても愛される。お前とは違う」
恐怖で支配するお前に、他の神々が追従するとでも? 愛し子を殺した神に、誰が従うのか。言葉を駆使して時間を稼ぐ。サフィは額に汗を浮かべて、別の呪文を構築していた。表向きは封印を作りながら、裏でまったく別の効果を持つ呪文を描く。その精神力の強さに、絶対神に並ぶ才能が発現し始めていた。
「これでも食らえ!」
美女に化けているのに、台無しにするような叫びを放ったサフィの、渾身の一撃が走る。爪を動かすより早く、フラウロスが倒れた。全身を縛り上げられ、芋虫のように転がるフラウロスを無視し、俺はイルを抱き上げる。
絡みついた拘束用の蛇を消し、砂のついた頬や口元を水で拭った。
「イル、もう大丈夫だ」
心を通じて訴えると、恐る恐る目を開けたイルの瞳が、きらきらと光を弾いた。じわりと涙が浮かび、金色の瞳が潤む。その涙を唇で拭い、俺は安堵の笑みで頬を寄せた。
「無事で……よかった、イル」
「目に砂が入っちゃうから、ぎゅっとしてね」
俺とルミエルに言われ、イルは強く目を閉じる。口に砂が入って気持ち悪いのだろう。時々ぺっと吐き出した。拘束された体に巻き付く蛇が鬱陶しい。イルに見えていないのが幸いだった。
もし蛇が巻き付いたと知ったら、もっと泣くだろう。これ以上泣かせないために、短期決戦を指示した。頷く四人は数こそ少ないが、上位実力者ばかりだ。忌々しいフラウロスを倒すのに問題はなかった。
「この子がいなければ、世界のバランスは保たれていた」
「イルの存在で崩れる程度のバランスなら、さっさと崩壊させてやるさ」
フラウロスが叫んだ言葉は、神々が使う言語だ。プライドの高い彼女は、この古代語をメインに使う。俺に言わせれば化石のような存在だった。自分の価値観を押し付け、他の神々を支配する。その意味では、リザベルの方がマシだった。
絶対神は三柱、そう決めつけるフラウロスにとって、ここにいるゼルク達は脅威だろう。俺の下で力をつけ、管理する世界を増やしていく。それでも破綻しないのだから。
要はバランスだの、愛し子がどうのと騒いだところで、自分の地位が脅かされて慌てる年寄りの嫉妬に過ぎない。こんな騒動にイルを巻き込んだことを、後悔させてやろう。
リザベルを滅ぼした時と同じ呪文を組み上げるサフィの前で、盾の能力を誇るルミエルが防衛陣を敷く。シュハザは剣を、ゼルクは槍を武器に選んだ。俺の両手には炎と氷の魔法が渦巻く。
封じられるのも屈辱だろうが、その前に消えない恐怖を植え付けてやる。イルに当たらないようにしないと。そんな余裕が、一瞬で消えた。プライドの高いフラウロスには無理だと……決めつけた己の愚かさを呪う。
奴は、イルの喉元へ長い爪を突きつけた。わずかに動かせば刺さる距離だ。咄嗟に魔法を打ち消し、全員に下がるよう合図した。
「下がれ、命令だ」
「ちっ! ろくなことしねえ」
「プライドはないようですね」
部下達の煽りも無視し、フラウロスは低い声で命じた。
「あの建物に入れ、全員だ」
「断ると言ったら?」
「この子の命はない」
イルは絶対神の中で最強の俺が守護を与えた。だが同じ絶対神の攻撃を、完全に防ぎ切ることは難しい。一瞬だけ視線が三角の建物に向かう。建造物と呼んだ方が近い。強大な力が内側に溜め込まれた建造物の中に入れば、簡単に抜け出せないだろう。
にやりと笑う。
「殺せるのか? 愛し子を……俺達が消えても他の神々はお前を排除する。愛し子は、どの神の対であっても愛される。お前とは違う」
恐怖で支配するお前に、他の神々が追従するとでも? 愛し子を殺した神に、誰が従うのか。言葉を駆使して時間を稼ぐ。サフィは額に汗を浮かべて、別の呪文を構築していた。表向きは封印を作りながら、裏でまったく別の効果を持つ呪文を描く。その精神力の強さに、絶対神に並ぶ才能が発現し始めていた。
「これでも食らえ!」
美女に化けているのに、台無しにするような叫びを放ったサフィの、渾身の一撃が走る。爪を動かすより早く、フラウロスが倒れた。全身を縛り上げられ、芋虫のように転がるフラウロスを無視し、俺はイルを抱き上げる。
絡みついた拘束用の蛇を消し、砂のついた頬や口元を水で拭った。
「イル、もう大丈夫だ」
心を通じて訴えると、恐る恐る目を開けたイルの瞳が、きらきらと光を弾いた。じわりと涙が浮かび、金色の瞳が潤む。その涙を唇で拭い、俺は安堵の笑みで頬を寄せた。
「無事で……よかった、イル」
71
お気に入りに追加
1,395
あなたにおすすめの小説
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します
佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚
不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。
私はきっとまた、二十歳を越えられないーー
一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。
二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。
三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――?
*ムーンライトノベルズにも掲載

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?
gacchi
恋愛
桃色の髪と赤い目を持って生まれたリゼットは、なぜか母親から嫌われている。
みっともない色だと叱られないように、五歳からは黒いカツラと目の色を隠す眼鏡をして、なるべく会わないようにして過ごしていた。
黒髪黒目は闇属性だと誤解され、そのせいで妹たちにも見下されていたが、母親に怒鳴られるよりはましだと思っていた。
十歳になった頃、三姉妹しかいない伯爵家を継ぐのは長女のリゼットだと父親から言われ、王都で勉強することになる。
家族から必要だと認められたいリゼットは領地を継ぐための仕事を覚え、伯爵令息のダミアンと婚約もしたのだが…。
奪われ続けても負けないリゼットを認めてくれる人が現れた一方で、奪うことしかしてこなかった者にはそれ相当の未来が待っていた。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる