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78.シュハザはいっぱい知ってる

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 お花の匂いがする袋はポプリなのだと、シュハザが教えてくれた。ゼルクと違ってたくさん喋らないけど、いろいろ知っている。それにお話が丁寧なんだ。

「イル様は、どうして僕と仰るのですか」

 仰るって何だろう。様ってどういう意味? 気になって首を傾げる僕に、シュハザは丁寧に教えた。理解して頷く。お返事をしなくちゃ!

「えっと、僕だから」

 自分のことは僕だよね? 昔住んでいたお屋敷の男の子は、僕って言ってた。

「ですが、ルミエルやサフィは私、ゼルクやメリク様は俺と言うでしょう?」

 うーんと思い出したら、確かにそうだった。自分を示す言葉ってたくさんあるのかな。

「私、に変えてみませんか?」

「……あたし?」

 試しに口にしたけど、何か違う気がする。何度か挑戦すると、上手に言えるようになった。

「わたし!」

「上手ですね。とても可愛いですよ」

 褒められたのが嬉しくて、にこにこしながら自慢のポプリを見せた。ご飯を食べるお部屋の赤い袋を指差す。僕には手が届かないけど。

「僕じゃなくて、私です」

「わたし」

 僕の代わりに、シュハザが取ってくれた。手の上に乗せて自慢するけど、何度も言葉を直されちゃう。言えるけど、いつの間にか僕になっちゃうの。

「ここまでにしましょう。ずっと同じことを聞いていても、嫌になりますからね」

「そうなの?」

「ええ、人はそういうものです。神であっても同じですよ」

 神と人の違いがわからないけど、皆そうだよって意味みたい。シュハザは文字を教えてくれた。ちょっと黄色い紙の上に文字が並ぶ。メリクと僕の名前だって。

「これが、なまえ?」

「そうです。書けるようになったら、メリク様に自慢しましょうね」

「うん」

 こっそり練習するの。それで書いた紙を見せるんだ。すごく驚いてくれると思う。紙に書かれた形を、石の上に書く。石は白くて平たくて、濡れると黒くなるの。水に濡らした棒の先で書いた。

 僕は「ラスイル」がお名前だけど、今日は「イル」だけ。いつもメリクが呼ぶお名前だ。何度も書くけど同じ形にならない。だんだんと唇が尖ってしまった。

 僕はダメなのかも。そう思った時に、シュハザが黒い水をつけた棒で石板に字を書いた。乾かすと、濡らしても消えない。これだと練習する場所がないよ? 

「この上を何度もなぞってください。すぐ覚えます。イル様はいい子ですから」

 いい子は頑張れるんだ。僕も出来るよ。水をつけた棒で、何度も上を擦った。少しすると、形がわかってくる。差し出された別の石板に書いたら、きちんと形になっていた。

「できた!」

「おめでとうございます。さすがイル様ですね」

 続いて、新しい石板にメリクのお名前を書いてもらう。僕がラスイルで片手なのに、メリクは片手より多いの?

「アドラメリク様ですからね」

 ちゃんとしたお名前は長い。僕、覚えられないかもしれない。
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