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06.嫌な予感はある意味当たった(絶対神SIDE)
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まだ名前も聞けていない幼子を結界で包む。人の体は脆弱だ。無理な力を掛ければ反動で痛めてしまう。ゆっくり、まどろっこしくなるくらいの時間をかけて傷を消した。
二歳前後、やっと言葉を使い始めたばかりのこの子は、信じられないほどの傷跡が残っている。腹部は皮下出血の痕跡があり、骨に歪みもあった。大人に力任せに蹴られたのだろう、それも一度や二度ではないはず。顔や手に傷が少ないのは、見えない場所を狙って傷つけられたから。
この子に罪はない。すべて俺の罪であり、俺が受けるべき罰だった。ひとつずつ傷を俺に移動させる。ずきんと痛む脇腹に口元が歪んだ。体の芯が冷たく凍り付き、反対に頭は破裂するかと思うほど熱く感じた。
あの連中には相応の報いをくれてやろう。神の愛し子を傷つけたのだ。簡単に死んで終わる程度の罰は温い。知らなかったなど言い訳に過ぎない。なぜなら、子どもは愛されるために生まれる存在なのだから。誰より大切にされ、庇護され、注がれた愛情を糧に育つ。
家族の愛がなければ、幼子などすぐ死んでしまうはず。この子は俺の加護があった。傷つけられたとしても命に係わる状態は避けられる。それでも心や体が傷つかないわけではなかった。
ここにいる光は精霊だ。彼らは世界を作り支えるエネルギーだった。彼らが気づいて保護したから、この子は生き残れたのだ。いくら感謝しても足りない。痛みを和らげ、苦しみ泣く幼子を癒し、大切に愛情を注いでくれた。それがなければ、すでにこの子は消滅していたかも知れない。
対である俺に馴染めば、愛し子の心が聞こえる。純粋で傷つきやすく柔らかな、汚れない心が手に入るのだ。代わりに、この子へ俺の声が届くようになるだろう。汚れてくすんだ心を、愛し子を愛する気持ちが浄化する。これが神々が愛し子を望む理由だった。
長く複数の世界を管理する神の穢れや淀みを、愛し子が溶かしてくれる。そのため、神々にとって愛し子は特別だった。いがみ合う神々も互いの愛し子にだけは手を出さないほどに。神聖で特別な存在だ。
「お前達のボスはどこだ?」
この世界を管理する神がいる。精霊達はその僕だった。遣いと言ってもいい。光はくるくると回った後、どこかへ誘導する仕草を見せた。幼子を抱いたまま、窓を開く。夜風が心地よい涼しさを運び、同時に三毛の猫が飛び込んだ。やはり三毛猫が神だったようだ。
他の世界を統べる神の気配がする愛し子が、己の管理する世界に現れた。放置すれば殺されかねない状況で、猫の姿を借りて守ってくれたのだろう。助けが来るまで、手を貸し過ぎない範囲で。他の世界の干渉を色濃く残す子を匿えば、神であれ影響を受ける。その不利益を覚悟で守った。
守られたこの子の、本当の価値を知るのは俺だけ。見捨てることも可能な状況で手を差し伸べたこの世界の神へ、静かに頭を下げて礼を尽くす。地位が低い神であっても恩人だった。
「我が愛し子を庇護したこと、感謝する。叶えられる範囲でお礼をしよう」
「この子が馴染むまで、一緒に過ごす権利を頂けませんか」
思わぬ申し出に、断る選択肢がなかった。この子の命の恩人の頼みとあれば、拒む権利はない。何より、この子自身が「にゃー」と呼んで懐いているのだ。取り上げるのは酷だろう。
「分かった。猫のままか?」
「違う形になったら、この子に分からなくなるでしょう」
くすっと笑う小癪な猫に、肩を竦めて同意する。
「ところで、この子に名づけはなされたのだろうか」
「……いいや」
この世界を管理する神をして、知らぬと。両親の色を受け継がないこの子は異端とされ、誰も名づけを行わなかった。この世界で名づけのない子は、人扱いされない。話を聞く俺の怒りは、どろりとマグマのような熱を帯びて腹の底に溜まっていく。
死ぬより悲惨な目に遭わせてやろう――俺の呟きに猫は「にゃー」と同意を返した。
二歳前後、やっと言葉を使い始めたばかりのこの子は、信じられないほどの傷跡が残っている。腹部は皮下出血の痕跡があり、骨に歪みもあった。大人に力任せに蹴られたのだろう、それも一度や二度ではないはず。顔や手に傷が少ないのは、見えない場所を狙って傷つけられたから。
この子に罪はない。すべて俺の罪であり、俺が受けるべき罰だった。ひとつずつ傷を俺に移動させる。ずきんと痛む脇腹に口元が歪んだ。体の芯が冷たく凍り付き、反対に頭は破裂するかと思うほど熱く感じた。
あの連中には相応の報いをくれてやろう。神の愛し子を傷つけたのだ。簡単に死んで終わる程度の罰は温い。知らなかったなど言い訳に過ぎない。なぜなら、子どもは愛されるために生まれる存在なのだから。誰より大切にされ、庇護され、注がれた愛情を糧に育つ。
家族の愛がなければ、幼子などすぐ死んでしまうはず。この子は俺の加護があった。傷つけられたとしても命に係わる状態は避けられる。それでも心や体が傷つかないわけではなかった。
ここにいる光は精霊だ。彼らは世界を作り支えるエネルギーだった。彼らが気づいて保護したから、この子は生き残れたのだ。いくら感謝しても足りない。痛みを和らげ、苦しみ泣く幼子を癒し、大切に愛情を注いでくれた。それがなければ、すでにこの子は消滅していたかも知れない。
対である俺に馴染めば、愛し子の心が聞こえる。純粋で傷つきやすく柔らかな、汚れない心が手に入るのだ。代わりに、この子へ俺の声が届くようになるだろう。汚れてくすんだ心を、愛し子を愛する気持ちが浄化する。これが神々が愛し子を望む理由だった。
長く複数の世界を管理する神の穢れや淀みを、愛し子が溶かしてくれる。そのため、神々にとって愛し子は特別だった。いがみ合う神々も互いの愛し子にだけは手を出さないほどに。神聖で特別な存在だ。
「お前達のボスはどこだ?」
この世界を管理する神がいる。精霊達はその僕だった。遣いと言ってもいい。光はくるくると回った後、どこかへ誘導する仕草を見せた。幼子を抱いたまま、窓を開く。夜風が心地よい涼しさを運び、同時に三毛の猫が飛び込んだ。やはり三毛猫が神だったようだ。
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守られたこの子の、本当の価値を知るのは俺だけ。見捨てることも可能な状況で手を差し伸べたこの世界の神へ、静かに頭を下げて礼を尽くす。地位が低い神であっても恩人だった。
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思わぬ申し出に、断る選択肢がなかった。この子の命の恩人の頼みとあれば、拒む権利はない。何より、この子自身が「にゃー」と呼んで懐いているのだ。取り上げるのは酷だろう。
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「……いいや」
この世界を管理する神をして、知らぬと。両親の色を受け継がないこの子は異端とされ、誰も名づけを行わなかった。この世界で名づけのない子は、人扱いされない。話を聞く俺の怒りは、どろりとマグマのような熱を帯びて腹の底に溜まっていく。
死ぬより悲惨な目に遭わせてやろう――俺の呟きに猫は「にゃー」と同意を返した。
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