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第4章 陰陽師の弟子取り騒動
31.***後塞***
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空間を繋ぐ。それは距離や時間を無にする行為であり、陰陽師であっても扱える者はほぼ居ない。端的に言えば代償が大きすぎた。
大量の霊力を消耗し、足りなければ強制的に取り立てる。魂を守る霊体を削って取り立てる世の理がなければ、術は複雑な手続きを必要としなかった。そのため過去の陰陽師達が挑戦し、多くの廃人を作り出した危険な術だ。
「お前の霊力ならば可能だ。やってみろ」
弟子として預かったものの他人行儀に接したのは、覚悟の見定めが終わっていなかったためだ。幼いながら、妖の血を引く糺尾の覚悟は定まっていた。己を生かす方法を本能的に察する。これは人が薄れさせてしまった生き物としての本質だ。
藍人の覚悟が定まるまで、2人に本格的な修行をさせる気はなかった。中途半端な術を手に入れた、陰陽師崩れが起こす事件に悩まされた真桜の立場を思えば当然だ。
真桜のもつ国津神の神事に通じる星読みや雨乞いは、悪用が可能な術ばかりだ。他の陰陽師の系統に存在しない、神の領域に触れる神事を子供に伝えて失敗したら取り返しがつかなかった。
流出した術は、この世を壊す危険性を孕んでいるのだから。
術の手順を丁寧に説明し、頷いて筆記しようとする藍人の手元を押さえた。
「書に残すな。これは一族相伝の神事であり、記憶して次に繋ぐもの。形にすれば力を失う」
国津神の神事は師匠から弟子へ、親から子へ引き継がれて残された。形にすれば神は枠に嵌められる。逃れることのない呪詛を与えるのと同じだった。そんな術師に力を貸す神はいない。
淡々と理由を説明し、真桜は藍人の後ろに立った。
「最初は失敗してもいい。補うオレの寿命は10年ほどだ。それまでに覚えろ」
「……っ、はい」
寿命という単語で彼に覚悟を決めさせる。残酷な方法だと思うが、優しすぎる子供に必要なのは、後に引けない環境だった。逃げ道を塞ぎ、隠れる場所を塞ぐ。命がけの術も多く口伝するため、藍人が覚悟を決めなければ足を踏み入れさせない決断も必要なのだ。
「藍人っ! 何するの」
高めた霊力に反応した糺尾の声に、びくりと肩を震わせた藍人が集中を切らす。ぶわりと周囲の空気が色を変えた。優しく温かい雰囲気が一変し、刺々しく攻撃的な風が肌を突き刺す。
『我が意を汲み、我が威を組め』
真桜が宥めるように柔らかな声で風を散らす。まだ闇の結界が生きた鎮守社は、闇の神の領域だった。素直に従う闇が身を伏せる。
無言で動いた真桜の手が、ぱちんと藍人の頬を叩いた。
「なぜ気を散らした?」
「……すみません」
「謝罪は不要だ。己の未熟さを理解するために、理由は必ず突き詰めて口にしろ。言霊にせず、言葉にして吐き出せ」
足りない言葉を補うように、闇から姿を現した黒葉が付け足した。
「言葉を飲み込むことで、人は身体に闇を溜め込みます。陰陽師は黒と白、闇と光の両方を併せ持つ存在ですから……偏ってはいけません」
常に公平、どちらにも傾き、どちらにも取り込まれない。それが陰陽師の立ち位置だった。赤い目を見開いた藍人に、真桜は頷く。
「鎮守神となる糺尾が囚われたとき、お前は助ける立場だ。その状況で、今のように名を呼ばれて気を緩め、霊力を散らせばどうなる? 糺尾も藍人も死ぬ。わかるか? 陰陽師の術の応酬は戦と同じ、集中を切らした者から消えるのは定めだ」
「はい」
今度はしっかり頷いた藍人が、どっかりと地面に腰を下ろした。いま接した闇の感触を、彼なりに解釈した結果だろう。闇は大地に、光は空に。当たり前の世の理を、これから吸収していく。その前段階として、藍人は優秀すぎた。
「……賢いのも哀れなこと」
呟いたアカリが首を横に振った。見上げる空は闇が薄れて、徐々に星の光が届き始める。雲から顔を見せる月が青白い光を降らせる前に、真桜達は屋敷から姿を消した。
大量の霊力を消耗し、足りなければ強制的に取り立てる。魂を守る霊体を削って取り立てる世の理がなければ、術は複雑な手続きを必要としなかった。そのため過去の陰陽師達が挑戦し、多くの廃人を作り出した危険な術だ。
「お前の霊力ならば可能だ。やってみろ」
弟子として預かったものの他人行儀に接したのは、覚悟の見定めが終わっていなかったためだ。幼いながら、妖の血を引く糺尾の覚悟は定まっていた。己を生かす方法を本能的に察する。これは人が薄れさせてしまった生き物としての本質だ。
藍人の覚悟が定まるまで、2人に本格的な修行をさせる気はなかった。中途半端な術を手に入れた、陰陽師崩れが起こす事件に悩まされた真桜の立場を思えば当然だ。
真桜のもつ国津神の神事に通じる星読みや雨乞いは、悪用が可能な術ばかりだ。他の陰陽師の系統に存在しない、神の領域に触れる神事を子供に伝えて失敗したら取り返しがつかなかった。
流出した術は、この世を壊す危険性を孕んでいるのだから。
術の手順を丁寧に説明し、頷いて筆記しようとする藍人の手元を押さえた。
「書に残すな。これは一族相伝の神事であり、記憶して次に繋ぐもの。形にすれば力を失う」
国津神の神事は師匠から弟子へ、親から子へ引き継がれて残された。形にすれば神は枠に嵌められる。逃れることのない呪詛を与えるのと同じだった。そんな術師に力を貸す神はいない。
淡々と理由を説明し、真桜は藍人の後ろに立った。
「最初は失敗してもいい。補うオレの寿命は10年ほどだ。それまでに覚えろ」
「……っ、はい」
寿命という単語で彼に覚悟を決めさせる。残酷な方法だと思うが、優しすぎる子供に必要なのは、後に引けない環境だった。逃げ道を塞ぎ、隠れる場所を塞ぐ。命がけの術も多く口伝するため、藍人が覚悟を決めなければ足を踏み入れさせない決断も必要なのだ。
「藍人っ! 何するの」
高めた霊力に反応した糺尾の声に、びくりと肩を震わせた藍人が集中を切らす。ぶわりと周囲の空気が色を変えた。優しく温かい雰囲気が一変し、刺々しく攻撃的な風が肌を突き刺す。
『我が意を汲み、我が威を組め』
真桜が宥めるように柔らかな声で風を散らす。まだ闇の結界が生きた鎮守社は、闇の神の領域だった。素直に従う闇が身を伏せる。
無言で動いた真桜の手が、ぱちんと藍人の頬を叩いた。
「なぜ気を散らした?」
「……すみません」
「謝罪は不要だ。己の未熟さを理解するために、理由は必ず突き詰めて口にしろ。言霊にせず、言葉にして吐き出せ」
足りない言葉を補うように、闇から姿を現した黒葉が付け足した。
「言葉を飲み込むことで、人は身体に闇を溜め込みます。陰陽師は黒と白、闇と光の両方を併せ持つ存在ですから……偏ってはいけません」
常に公平、どちらにも傾き、どちらにも取り込まれない。それが陰陽師の立ち位置だった。赤い目を見開いた藍人に、真桜は頷く。
「鎮守神となる糺尾が囚われたとき、お前は助ける立場だ。その状況で、今のように名を呼ばれて気を緩め、霊力を散らせばどうなる? 糺尾も藍人も死ぬ。わかるか? 陰陽師の術の応酬は戦と同じ、集中を切らした者から消えるのは定めだ」
「はい」
今度はしっかり頷いた藍人が、どっかりと地面に腰を下ろした。いま接した闇の感触を、彼なりに解釈した結果だろう。闇は大地に、光は空に。当たり前の世の理を、これから吸収していく。その前段階として、藍人は優秀すぎた。
「……賢いのも哀れなこと」
呟いたアカリが首を横に振った。見上げる空は闇が薄れて、徐々に星の光が届き始める。雲から顔を見せる月が青白い光を降らせる前に、真桜達は屋敷から姿を消した。
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