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第4章 陰陽師の弟子取り騒動

23.***禍星***

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 縁側に座り、夜空を見上げる。無意識に星の配列を確認してしまうのは、もう職業病かも知れない。苦笑いした真桜しおうの隣に、人形ひとがたを纏ったアカリがぺたりと座った。やや冷たい手が差し出すさかずきを受け取り、注がれた濁り酒を煽る。

「ん? これ……」

「献上品らしい」

 濁らない酒は滅多に出回らず、儀式に使う程度の高級品だ。庶民はおろか公家の口にも入らない。この酒も濁っているが、質は悪くなかった。神に捧げてもおかしくない。

「お姫様の?」

「いや、鬼だ」

 天若てんじゃくと仲が悪いのかと思えば、こうして酒を融通するくらいには繋がっているようだ。肩を竦めて、平たい盃をアカリに渡す。手前の瓶子を傾け、アカリに注いだ。とろりとした液体の柔らかな流れが盃を満たした。

「あの子達に修業をしても平気だと思うか?」

「言ったであろう、我は黒がよいと」

 糺尾くおんに素質があるのはわかっている。父親は人らしいが、母親は九尾の狐だ。霊力も素質も申し分ない陰陽師候補だった。問題は才能も素質もあるのに精神がもろ藍人あいとだった。

 都の鎮守神は己を犠牲にする人柱であり、どこまでも穏やかな気質が求められる。その意味でなら、両方とも失格だった。感情を露わにしすぎる糺尾も、脆く弱い藍人も、どちらも都を道連れに滅びかねない。人の世は人の手に委ねるのが摂理であっても、亡びる未来を放置するほど冷めていなかった。

 飲み干された盃を満たして返したアカリに微笑み、映した月ごと飲み干す。

「っ……そんな馬鹿な!?」

 干した盃の濡れた表面に映った星の配置に、息を飲む。盃を投げ捨てて立ち上がった真桜の足元で、ぱりんと不吉な音を響かせて割れた。見上げる空は久しぶりに雲のない星空が広がり、星読みを得意とする真桜の目に吉凶を伝える。

 僅か数日の曇り空に隠された変化の予兆に、隣のアカリが口元を緩めた。

「なるほど……あちらが先手を打つか」

 真桜の読み解いた凶事を示す兆しに目を細め、神は残酷なまでに美しく微笑む。瓶子に言霊を含めた息を吹きかけ、縁側のへりにぶつけて割った。散る酒に言霊がよみがえる。

「真桜、動いた星に追わせるとよい」

 言葉遊びのようなアカリの提案に、真桜は一瞬躊躇ためらう。ちらりと部屋を振り返り、眠ったばかりの子供達を思い浮かべた。

「それしかない、か」

 後手に回った今回の騒動は、想定を超えて高くつきそうだ。被害の少ない方法を模索する間に、状況は悪化の一途を辿っていた。もう猶予はないだろう。

はらえの支度を」

 式神の華守流かるら華炎かえいが衣を用意する。陰陽師として儀式に向かうための支度を終え、白い衣で庭に降り立った。後ろではアカリが人形を脱ぎ捨て、神としての姿に立ち戻る。半透明の神は、真桜の長い髪を一房ささげ持って付き従った。

《ひ、ふ、み、よいつむ、ななや、ここのたり》

 言葉の切る位置を変えて、意味をたがえる。独自の方法で場を清めながら、真桜の瞳が赤色に近づいた。青紫の澄んだ色は、意図的な瞬きを繰り返すたびに赤みを帯びていく。

《我が、闇の主神たる王の名に連なる者として命ずる――禍い為すものを切り裂かん》

 風が強く吹いた。響いた悲鳴を隠すように……。
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