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第3章 陰陽師、囚われる

31.***酒妖***

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 目の前を横切る百鬼夜行に、真桜は頬杖をついたまま欠伸をひとつ。国津神の闇王の息子にとって、妖や魑魅魍魎の類は見慣れた光景だった。鬼門の上で、友人と見下ろす景色はなかなかの絶景だ。

 四辻を基点とした百鬼夜行は、足元の鬼門から発生していた。このまま対角方面の裏鬼門へ都を抜けていくのだ。人間は多少怯えるだろうが、きちんと陰陽師の教えを護った家屋敷は淡い光を放ち妖を遠ざけていた。

「どうするんだ? 真桜」

 真っ赤な短髪をぐしゃぐしゃかき乱す青年の言葉に、顔をあげた真桜が笑う。

「お前のとこの連中も遊びに出てるんだろ? 片付けるのは簡単だが、あと数日遊ばせとけ」

「いいのか?」

「百鬼夜行のひとつやふたつで壊れる結界じゃないし、簡単に片付け過ぎると難味がたみが薄れる」

 もったいぶって恩を売ると言い放った友人の吹っ切れた様子に、天若は隣に胡坐をかくと酒壷を取り出した。瓶子へいしより量の入る壷に、豪快にお椀を入れて掬うと差し出す。洒落た酒器もつまみもないが、受け取って飲み干した。

 喉が焼けるような強い酒精が腹に滑り落ちる。

「今夜は飲もうぜ」

「いいぞ。どうせ屋敷に帰れないからな」

 鎮守社である屋敷に鎮守神の役目をおびた真桜が戻れば、鬼門の封印が活性化される。意図せず結界を強化し、鬼門は真桜の閂によって閉ざされるだろう。そうなっては恩を売る作戦が台無しだと、真桜は明るく笑ってお椀を戻した。

 二杯目を自ら飲み干し、天若はまたお椀を真桜に差し出す。今度は一気に流し込まず半分ほど飲んだところで、真桜は後ろを振り返った。

「アカリも一緒にどうだ?」

「もらおう」

 天若の領域であるにも関わらず、平然と入り込んだ天津神の眷属は美しい笑みで答えた。当然のように真桜を真ん中にして隣に座る。足を門の上に放り出して座ったアカリは、興味深そうにお椀の酒を覗き込んだ。

「知らぬ酒だ」

「鬼の秘蔵酒だからな。これは特殊な献上品だ。天津神に捧げられることはないさ」

 国津神の眷属である鬼にのみ伝わる酒だ。彼らによって国津神へ献上される強い酒精は、人が忘れてしまった天地の盟約に基づく献上品だった。繰り返される儀式のたび、天と地はそのつながりを新たに繋いできた。

 残った半分をぐいと飲んだアカリが顔をしかめた。思ったより強い酒だったのだろう。すこし頬に赤みが差していた。アカリから受け取ったお椀を返した真桜が、百鬼夜行の中に見覚えのある妖を見つける。

「あれ……もしかして、庭の瓶子か?」

「庭の瓶子?」

 首を傾げたアカリが指差される先で白い瓶子を見つけた。手足が生えた瓶子の縁が少し欠けている。真桜の屋敷で酔って投げた瓶子を思い出した。

「欠けたから庭に埋めたが、供養したのにどうして手足が出たんだ?」

 真桜は肘をついたまま、新しく生まれた小さな妖を覗き込む。ひょいひょいと手招きすると、瓶子から生まれた妖は手足をばたつかせながら浮き上がって、真桜の手のひらに落ちた。酒器であった頃より小さくなった妖は怯えているのか、じっとしている。

「最近は妖気が強かったから、誰かが起こしたんだろ」

 天若がひょいっと摘んで、百鬼夜行の群れに放り投げた。か細い悲鳴をあげながら落ちていく瓶子が、他の妖に受け止められて列の中に戻っていく。

「今回の騒動は大きかったな」

 天若の指摘に苦笑いした真桜が「……あと10年かな」と呟いた。
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