92 / 131
第3章 陰陽師、囚われる
31.***酒妖***
しおりを挟む
目の前を横切る百鬼夜行に、真桜は頬杖をついたまま欠伸をひとつ。国津神の闇王の息子にとって、妖や魑魅魍魎の類は見慣れた光景だった。鬼門の上で、友人と見下ろす景色はなかなかの絶景だ。
四辻を基点とした百鬼夜行は、足元の鬼門から発生していた。このまま対角方面の裏鬼門へ都を抜けていくのだ。人間は多少怯えるだろうが、きちんと陰陽師の教えを護った家屋敷は淡い光を放ち妖を遠ざけていた。
「どうするんだ? 真桜」
真っ赤な短髪をぐしゃぐしゃかき乱す青年の言葉に、顔をあげた真桜が笑う。
「お前のとこの連中も遊びに出てるんだろ? 片付けるのは簡単だが、あと数日遊ばせとけ」
「いいのか?」
「百鬼夜行のひとつやふたつで壊れる結界じゃないし、簡単に片付け過ぎると有り難味が薄れる」
もったいぶって恩を売ると言い放った友人の吹っ切れた様子に、天若は隣に胡坐をかくと酒壷を取り出した。瓶子より量の入る壷に、豪快にお椀を入れて掬うと差し出す。洒落た酒器もつまみもないが、受け取って飲み干した。
喉が焼けるような強い酒精が腹に滑り落ちる。
「今夜は飲もうぜ」
「いいぞ。どうせ屋敷に帰れないからな」
鎮守社である屋敷に鎮守神の役目をおびた真桜が戻れば、鬼門の封印が活性化される。意図せず結界を強化し、鬼門は真桜の閂によって閉ざされるだろう。そうなっては恩を売る作戦が台無しだと、真桜は明るく笑ってお椀を戻した。
二杯目を自ら飲み干し、天若はまたお椀を真桜に差し出す。今度は一気に流し込まず半分ほど飲んだところで、真桜は後ろを振り返った。
「アカリも一緒にどうだ?」
「もらおう」
天若の領域であるにも関わらず、平然と入り込んだ天津神の眷属は美しい笑みで答えた。当然のように真桜を真ん中にして隣に座る。足を門の上に放り出して座ったアカリは、興味深そうにお椀の酒を覗き込んだ。
「知らぬ酒だ」
「鬼の秘蔵酒だからな。これは特殊な献上品だ。天津神に捧げられることはないさ」
国津神の眷属である鬼にのみ伝わる酒だ。彼らによって国津神へ献上される強い酒精は、人が忘れてしまった天地の盟約に基づく献上品だった。繰り返される儀式のたび、天と地はそのつながりを新たに繋いできた。
残った半分をぐいと飲んだアカリが顔をしかめた。思ったより強い酒だったのだろう。すこし頬に赤みが差していた。アカリから受け取ったお椀を返した真桜が、百鬼夜行の中に見覚えのある妖を見つける。
「あれ……もしかして、庭の瓶子か?」
「庭の瓶子?」
首を傾げたアカリが指差される先で白い瓶子を見つけた。手足が生えた瓶子の縁が少し欠けている。真桜の屋敷で酔って投げた瓶子を思い出した。
「欠けたから庭に埋めたが、供養したのにどうして手足が出たんだ?」
真桜は肘をついたまま、新しく生まれた小さな妖を覗き込む。ひょいひょいと手招きすると、瓶子から生まれた妖は手足をばたつかせながら浮き上がって、真桜の手のひらに落ちた。酒器であった頃より小さくなった妖は怯えているのか、じっとしている。
「最近は妖気が強かったから、誰かが起こしたんだろ」
天若がひょいっと摘んで、百鬼夜行の群れに放り投げた。か細い悲鳴をあげながら落ちていく瓶子が、他の妖に受け止められて列の中に戻っていく。
「今回の騒動は大きかったな」
天若の指摘に苦笑いした真桜が「……あと10年かな」と呟いた。
四辻を基点とした百鬼夜行は、足元の鬼門から発生していた。このまま対角方面の裏鬼門へ都を抜けていくのだ。人間は多少怯えるだろうが、きちんと陰陽師の教えを護った家屋敷は淡い光を放ち妖を遠ざけていた。
「どうするんだ? 真桜」
真っ赤な短髪をぐしゃぐしゃかき乱す青年の言葉に、顔をあげた真桜が笑う。
「お前のとこの連中も遊びに出てるんだろ? 片付けるのは簡単だが、あと数日遊ばせとけ」
「いいのか?」
「百鬼夜行のひとつやふたつで壊れる結界じゃないし、簡単に片付け過ぎると有り難味が薄れる」
もったいぶって恩を売ると言い放った友人の吹っ切れた様子に、天若は隣に胡坐をかくと酒壷を取り出した。瓶子より量の入る壷に、豪快にお椀を入れて掬うと差し出す。洒落た酒器もつまみもないが、受け取って飲み干した。
喉が焼けるような強い酒精が腹に滑り落ちる。
「今夜は飲もうぜ」
「いいぞ。どうせ屋敷に帰れないからな」
鎮守社である屋敷に鎮守神の役目をおびた真桜が戻れば、鬼門の封印が活性化される。意図せず結界を強化し、鬼門は真桜の閂によって閉ざされるだろう。そうなっては恩を売る作戦が台無しだと、真桜は明るく笑ってお椀を戻した。
二杯目を自ら飲み干し、天若はまたお椀を真桜に差し出す。今度は一気に流し込まず半分ほど飲んだところで、真桜は後ろを振り返った。
「アカリも一緒にどうだ?」
「もらおう」
天若の領域であるにも関わらず、平然と入り込んだ天津神の眷属は美しい笑みで答えた。当然のように真桜を真ん中にして隣に座る。足を門の上に放り出して座ったアカリは、興味深そうにお椀の酒を覗き込んだ。
「知らぬ酒だ」
「鬼の秘蔵酒だからな。これは特殊な献上品だ。天津神に捧げられることはないさ」
国津神の眷属である鬼にのみ伝わる酒だ。彼らによって国津神へ献上される強い酒精は、人が忘れてしまった天地の盟約に基づく献上品だった。繰り返される儀式のたび、天と地はそのつながりを新たに繋いできた。
残った半分をぐいと飲んだアカリが顔をしかめた。思ったより強い酒だったのだろう。すこし頬に赤みが差していた。アカリから受け取ったお椀を返した真桜が、百鬼夜行の中に見覚えのある妖を見つける。
「あれ……もしかして、庭の瓶子か?」
「庭の瓶子?」
首を傾げたアカリが指差される先で白い瓶子を見つけた。手足が生えた瓶子の縁が少し欠けている。真桜の屋敷で酔って投げた瓶子を思い出した。
「欠けたから庭に埋めたが、供養したのにどうして手足が出たんだ?」
真桜は肘をついたまま、新しく生まれた小さな妖を覗き込む。ひょいひょいと手招きすると、瓶子から生まれた妖は手足をばたつかせながら浮き上がって、真桜の手のひらに落ちた。酒器であった頃より小さくなった妖は怯えているのか、じっとしている。
「最近は妖気が強かったから、誰かが起こしたんだろ」
天若がひょいっと摘んで、百鬼夜行の群れに放り投げた。か細い悲鳴をあげながら落ちていく瓶子が、他の妖に受け止められて列の中に戻っていく。
「今回の騒動は大きかったな」
天若の指摘に苦笑いした真桜が「……あと10年かな」と呟いた。
0
お気に入りに追加
159
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる