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第3章 陰陽師、囚われる

07.***手返***

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 呼び出しから戻った真桜は、陰陽寮の騒々しい雰囲気に目を瞠った。大量に作られた札が散らかった部屋に散乱している。何が起きたのか考える前に、推測できてしまった。

 見事な手のひら返しだ。

 真桜を化け物呼ばわりして噂を楽しんだくせに、いざ地震が起きて貴族達は気付いたのだろう。護ってもらう必要があること、護られねば安心して夜も眠れないことに――。

 祈祷や札がなければ、夜の闇の恐怖は増すばかり。揺れない大地が鳴動し、薄暗い空は灰色に染まった。妖がいても視えない彼ら貴族にとって、陰陽師は最後の砦なのだ。

「……背に腹は変えられないってことか」

「見事な手のひら返しで縋りつかれた」

 目の下に隈を作った北斗がひとつ欠伸をする。どうやら呼び出されてから寝ていないらしい。二日酔いのまま札作りに入って、ひたすら墨で書き続けた。大きく伸びをして、真桜の肩に手を置いた。

「ちょうど良かった。手伝ってくれ」

「オレは物忌み中だから」

 体よく断ろうとした真桜の肩に置いた手が、ぎゅっと強く掴んでくる。逃がす気はなさそうだった。

「そんな言い訳が通用すると思うか? この現場で」

 確かに、縋るように見上げる陰陽師たちの表情は酷かった。寝る時間を削っても足りない札の量、呪符を積み上げた箱の中から、明らかに間違った札が覗いている。あれは使うとマズイやつだ。

 放置すると二次災害が大きくなりそうな状況は、真桜に断る選択肢を与えなかった。

「わかった」

 屋敷で寝込んでいるアカリも心配だが、幸いにして華炎がついている。強い結界も張ったため、何かに襲撃される心配はいらなかった。念のため、黒葉を呼べばさらに安全だ。

「藤姫、手伝ってくれ」

 扇を広げて喚ぶと、色鮮やかな衣を纏った美女が降り立つ。黒葉と同じく、物ではないし者でもない。守護者として甦った藤姫は、一礼すると空いている机の前に座った。優雅に短歌でも詠みそうな手つきで墨をすり始める。

「あれ、なんだ?」

「北斗は会ってないっけ? 藤姫は守護のモノだ」

「黒葉は?」

「そのまま」

 また増えたのか。人外ばかりが周囲を取り巻く真桜に、同情の目を向ける。霊力が高いのか、周囲の陰陽師たちの目にも視えているようだった。

 神族であるアカリは神格が高すぎて視えず、式神は契約者以外に視えないことが多い。もっとも北斗のように人でありながら、高い霊力を持つとたいていの存在は認識できた。つまり、陰陽寮の半分ほどの陰陽師はアカリや華炎たちを認識できるが、残りの半分は視えず感じず、存在を知らないのだ。

『真桜さま、墨の用意が終わりましたわ』

 促された真桜は、軽い頭痛を耐えながら筆を手に取った。
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