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第2章 陰陽師、狂女に翻弄される

16.***界壊***

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 水とともに流れ込んだのは、体内の闇をしずめるための神気だ。呪詛に当てられ暴れていた闇が、一時的におさまる。

「ありがとう…アカリ」

 ふぅと大きく息をついて、ふと外の明るさに気付く。もう日は高くなり、出仕の時間をとうに過ぎていた。咄嗟に起き上がって、眩暈に倒れこむ。

「何をしている」

 むっとした口調で咎めるアカリの手が、上掛けを掛け直す。その手を掴んで、真桜が「出仕時間…」と呟いた。きょとんと首を傾げ、背後の華炎に目をやる。

『とうに過ぎた』

 呆れ顔で切り返す華炎の顔に、意地悪な笑みが浮かんだ。無理をして体調を崩した主に、この際だから反省してもらおうと言葉を紡ぐ。

『出仕と命、どちらを優先すべきか分かっているだろう。折角だ、陰陽師などやめてしまえ』

「え……っと。いろいろごめん」

 下手に反論しないのが正解。真桜は心配させた謝罪だけを口にした。その殊勝な様子が華炎を満足させたらしく、式神は『忌み日の式紙を送った』と告げる。

「……助かった」

 式紙が届いたなら、北斗あたりが手配してくれただろう。忌み日は占術で判定するが、個々に結果は異なる。貴族達の吉兆は前もって占って渡すため事前に休みが判明しているが、陰陽師は各自の占術によって直前に変更することが多かった。

 もちろん物忌ものいみもあるが、基本的に陰陽師は気分屋で気まぐれな連中の集まりだ。突然気分が乗らないから休む者も少なくない。そこで互いに、忌み日といえば詮索しないという暗黙の決まりがあった。

 ぐったり倒れこんだ敷布の上で安堵の息をつく真桜の額に、アカリの冷たい手が触れる。普段ならば真桜の方が体温は低く、アカリの手は温かく感じる筈だった。まだ熱が下がっていないのだろう。

 眉を顰めたアカリが口を開こうとしたとき、華守流が現れた。風に関わる術を得意とする華守流らしからぬ、乱れた風が部屋を荒らす。

『いかがした?』

 華炎の疑問へ応えず、華守流が床に膝をついた。

『地の結界が崩れた』

「は……? 親父、なにやってるんだよ」

 発熱で乾いた喉が掠れた声で搾り出した文句は、真桜の心境を如実に表していた。

 『地の結界』とは地の底、根の国と呼ばれる闇の神族が治める領域と地上を繋ぐ、洞穴の結界をさす。地上からは死者のみ、根の国から転生てんしょうする魂だけが通れるよう、特殊な結界が張られていた。それが崩れたということは、生者せいじゃも死者も関係なく行き来ができる。

 生死の境目が崩壊した――この世が乱れる。地上での闇が薄まって勢力が削がれたとしても、ここまで弱体化していたのは予想外だった。
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