上 下
38 / 131
第2章 陰陽師、狂女に翻弄される

13.***熱浮***

しおりを挟む
 丁寧に礼を言われ、夜更けを理由に屋敷に留まるよう頼まれる。どうやら、もう解決したと言っても怖いらしい。朝になるまで、鬼やじゃはらう陰陽師を帰らせたくないのだ。

「申し訳ございません。勅命ちょくめいはいしておりますゆえ」

 神妙な顔でそう告げれば、さすがにそれ以上の引き留めはなかった。陰陽師が夜更けに大路をふらふらしていた理由に思い至ったのかも知れない。

 つまり、もっと厄介な呪詛やあやかし絡みの騒動で動いている可能性だ。

 見送りもそこそこに扉を閉めた連中に肩を竦めた。いつものことなので気にしない真桜と違い、華炎は失礼だと憤慨ふんがいする。

『あの者らを助ける義理はあるまい』

「まあ、そう言うなって。視えないから怖いんだろうさ」

 なだめる真桜の肩にふわりと手が置かれた。振り返れば、華守流が眉を顰めて呟く。

『冷えているな』

『今宵は引き上げたらどうだ?』

 半透明にまで姿を現したアカリまで同じような言葉を口にする。軽く首を傾げる真桜は、次の瞬間、ぐらりと体勢を崩した。

「っ…」

 咄嗟に人形ひとがたを纏い、アカリは真桜を抱き留める。崩れるように一緒に地に座り込んだ彼らを、式神たちが覗き込んだ。

「やはり……熱がある」

 アカリの指摘に、華守流は呆れた顔で身を起こす。気付いていなかった華炎はおろおろと周囲を歩いた。落ち着きのない猫のような華炎の様子に、華守流が『落ち着け』と声をかける。

「……大丈夫」

「大丈夫か。ならば一人で立ってみろ」

 むっとしたアカリの突き放した声に、真桜が苦笑いして立ち上がる。しかし半分ほど身体を起こしたところで、ふらふら揺れて座り込んだ。

「肩を貸してやる」

『我らが担いだ方が早いのではないか』

 アカリの提案に、華炎が被せた。滅多に病など寄せ付けない主の様子に、混乱しているようだ。手伝おうとする腕が、人外の強靭さで真桜を抱き上げる。

 細身のアカリより、戦いをなりわいとする式神の方が鍛えられた逞しい肉体を持っていた。しなやかな動きを可能にする筋力が遺憾なく発揮され、長身の主をしっかり抱える。

「だが……浮いているぞ」

『……そうだな』

 華守流の同意に、我に返った華炎が己の足元に目をやる。自分達には違和感のない光景だが、きっと人間から見たら陰陽師が宙に浮いている姿は異常だろう。華炎は吹っ切れたのか、開き直って呟いた。

『この夜更けに人に見られる心配など不要』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

推理小説家の今日の献立

東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。 その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。 翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて? 「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」 ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。 .。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+ 第一話『豚汁』 第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』 第三話『みんな大好きなお弁当』 第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』 第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』

貸本屋七本三八の譚めぐり

茶柱まちこ
キャラ文芸
【書籍化しました】 【第4回キャラ文芸大賞 奨励賞受賞】 舞台は東端の大国・大陽本帝国(おおひのもとていこく)。 産業、医療、文化の発展により『本』の進化が叫ばれ、『術本』が急激に発展していく一方で、 人の想い、思想、経験、空想を核とした『譚本』は人々の手から離れつつあった、激動の大昌時代。 『譚本』専門の貸本屋・七本屋を営む、無類の本好き店主・七本三八(ななもとみや)が、本に見いられた人々の『譚』を読み解いていく、幻想ミステリー。

後宮の記録女官は真実を記す

悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】 中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。 「──嫌、でございます」  男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。  彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

体質が変わったので

JUN
キャラ文芸
 花粉症にある春突然なるように、幽霊が見える体質にも、ある日突然なるようだ。望んでもいないのに獲得する新体質に振り回される主人公怜の、今エピソードは――。回によって、恋愛やじんわりや色々あります。チビッ子編は、まだ体質が変わってません。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

便利屋ブルーヘブン、営業中。~そのお困りごと、大天狗と鬼が解決します~

卯崎瑛珠
キャラ文芸
とあるノスタルジックなアーケード商店街にある、小さな便利屋『ブルーヘブン』。 店主の天さんは、実は天狗だ。 もちろん人間のふりをして生きているが、なぜか問題を抱えた人々が、吸い寄せられるようにやってくる。 「どんな依頼も、断らないのがモットーだからな」と言いつつ、今日も誰かを救うのだ。 神通力に、羽団扇。高下駄に……時々伸びる鼻。 仲間にも、実は大妖怪がいたりして。 コワモテ大天狗、妖怪チート!?で、世直しにいざ参らん! (あ、いえ、ただの便利屋です。) ----------------------------- ほっこり・じんわり大賞奨励賞作品です。 カクヨムとノベプラにも掲載しています。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

処理中です...