上 下
24 / 131
第1章 陰陽師は神様のお気に入り

24.***半身***

しおりを挟む
 風に攫われかけた指先は形を取り戻し、何もなかったように真桜の力は安定している。人であった母親から受け継いだ霊力が、ひたすら惜しみなく灰色の空へ注がれた。

 猛り狂う龍神を開放するに十分すぎる霊力だ。

 真桜は知らないが、呪を吐く瑠璃の姫が今上帝に告白されたことで、落ち着いていたのも幸いした。

「……ァカ、リ? どこだ?」

 混乱した様子で周囲を見回す真桜が、長い爪の指先で前髪を掻き上げる。左手を一振りして髪を乱す風を制し、真紅の瞳で護り手の姿を探す様は迷い子のようだった。

 見えないアカリを求めて伸ばした指が、冷たい風にびくりと震える。唇を噛み締めた真桜の指先が拳の中に握られた。

『真桜さま……』

 気配を探っていたシフェルが穏やかに声をかける。

 諦めろと告げる響きに、真桜はがくりと膝をついた。雨が止んだばかりの地表は濡れていて、じわりと膝から水が染みる。泥を吸い込む衣が重く、それ以上に己の心と振る舞いが呪わしく、泣き出しそうな顔で唇を噛み締めた。

 雨の音はやみ、風もなりを潜めている。静かな……気持ち悪いほどの静寂が周囲を支配した。

 ぼんやりと見つめる先に、鮮やかな桜の花びらが舞い落ちる。季節はずれの狂い咲き――白い花びらは濃い桃色となって地に落ちた。

 手のひらで花びらを受け、最後に見たアカリの微笑を思い出す。雲間が開けr…真桜の眼前へ、龍神が巨体を横たえて重々しく口を開いた。

『我を解き放つ言霊の成就、見事であった』

「……褒めてくれたところ悪いけど、後悔してるよ」

 アカリを失うと知っていたら、あんな言霊は吐かない。

 最初は突然現れた迷惑な神様で、あくまでも預かりの身だと思っていたのに…気づけば心奥に住み着いていた。不思議な魅力を持つ、蒼瞳の神族――。

『かの者は喪われてはおらぬ』

 喪失したわけではないと、龍神は淡々と告げた。息を呑んだ真桜が口を開くより早く、切れた雲間から光が零れ落ちる。

 天照の光に龍神が静かに頭を垂れた。

『オオヒルメノムチがご降臨なされるとは……』

 神々しい気配を感じた真桜が見上げる先に、穏やかな笑みを浮かべた少女が立っていた。

 栗毛の柔らかそうな髪と慈愛を称えた瞳……彼女は薄紅の唇で『アカリ』と名を呼ぶ。ふわりと風が動き、真桜に重なった薄い影が女神に傅いた。

『天照大神……』

『己の器を捨てるなんて、あなたらしいこと。……でも困るのではなくて?』

 くすくす笑う彼女は、白い衣を翻して右手を天へ掲げた。誘われるように降り注ぐ陽光が一筋、真桜を包み込む。いや、真桜ではなく……中に溶け込んだアカリの魂を包んだのだろう。

 黒髪は色を深くし、艶を帯びた。

 風に吹き消されそうな輪郭が濃くなり、白い肌も蒼瞳も形を得てアカリという姿を作り上げる。零れそうに目を見開く真桜を振り返り、アカリは口元に笑みを浮かべた。

「真桜」

 名を呼ぶ声に秘められた言霊を感じ取り、ただ微笑みを返す。ひとつ頷いて、アカリは主人であった女神へ向き直った。

「俺は真桜といたい。高天原へ戻る気はない」

 決別を意味する言葉に、三柱の筆頭に数えられる女神は小首を傾げる。愛らしい仕草で口元に手を当て、鈴を転がすような声で尋ねた。

『それが、アカリの意思なのね? 見つけたの?』

 生涯の伴侶であり、己の魂の半身であり、分かたれた一部。それをあなたは見つけ出せたのね。

 念を押すように呟いた彼女へ、アカリは迷いなく首を縦に振った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

推理小説家の今日の献立

東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。 その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。 翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて? 「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」 ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。 .。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+ 第一話『豚汁』 第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』 第三話『みんな大好きなお弁当』 第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』 第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』

【完結】死に戻り8度目の伯爵令嬢は今度こそ破談を成功させたい!

雲井咲穂(くもいさほ)
恋愛
アンテリーゼ・フォン・マトヴァイユ伯爵令嬢は婚約式当日、婚約者の逢引を目撃し、動揺して婚約式の会場である螺旋階段から足を滑らせて後頭部を強打し不慮の死を遂げてしまう。 しかし、目が覚めると確かに死んだはずなのに婚約式の一週間前に時間が戻っている。混乱する中必死で記憶を蘇らせると、自分がこれまでに前回分含めて合計7回も婚約者と不貞相手が原因で死んでは生き返りを繰り返している事実を思い出す。 婚約者との結婚が「死」に直結することを知ったアンテリーゼは、今度は自分から婚約を破棄し自分を裏切った婚約者に社会的制裁を喰らわせ、婚約式というタイムリミットが迫る中、「死」を回避するために奔走する。 ーーーーーーーーー 2024/01/13 ランキング→恋愛95位  ありがとうございます! なろうでも掲載⇒完結済 170,000PVありがとうございましたっ!

九尾の狐に嫁入りします~妖狐様は取り換えられた花嫁を溺愛する~

束原ミヤコ
キャラ文芸
八十神薫子(やそがみかおるこ)は、帝都守護職についている鎮守の神と呼ばれる、神の血を引く家に巫女を捧げる八十神家にうまれた。 八十神家にうまれる女は、神癒(しんゆ)――鎮守の神の法力を回復させたり、増大させたりする力を持つ。 けれど薫子はうまれつきそれを持たず、八十神家では役立たずとして、使用人として家に置いて貰っていた。 ある日、鎮守の神の一人である玉藻家の当主、玉藻由良(たまもゆら)から、神癒の巫女を嫁に欲しいという手紙が八十神家に届く。 神癒の力を持つ薫子の妹、咲子は、玉藻由良はいつも仮面を被っており、その顔は仕事中に焼け爛れて無残な化け物のようになっていると、泣いて嫌がる。 薫子は父上に言いつけられて、玉藻の元へと嫁ぐことになる。 何の力も持たないのに、嘘をつくように言われて。 鎮守の神を騙すなど、神を謀るのと同じ。 とてもそんなことはできないと怯えながら玉藻の元へ嫁いだ薫子を、玉藻は「よくきた、俺の花嫁」といって、とても優しく扱ってくれて――。

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

体質が変わったので

JUN
キャラ文芸
 花粉症にある春突然なるように、幽霊が見える体質にも、ある日突然なるようだ。望んでもいないのに獲得する新体質に振り回される主人公怜の、今エピソードは――。回によって、恋愛やじんわりや色々あります。チビッ子編は、まだ体質が変わってません。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

便利屋ブルーヘブン、営業中。~そのお困りごと、大天狗と鬼が解決します~

卯崎瑛珠
キャラ文芸
とあるノスタルジックなアーケード商店街にある、小さな便利屋『ブルーヘブン』。 店主の天さんは、実は天狗だ。 もちろん人間のふりをして生きているが、なぜか問題を抱えた人々が、吸い寄せられるようにやってくる。 「どんな依頼も、断らないのがモットーだからな」と言いつつ、今日も誰かを救うのだ。 神通力に、羽団扇。高下駄に……時々伸びる鼻。 仲間にも、実は大妖怪がいたりして。 コワモテ大天狗、妖怪チート!?で、世直しにいざ参らん! (あ、いえ、ただの便利屋です。) ----------------------------- ほっこり・じんわり大賞奨励賞作品です。 カクヨムとノベプラにも掲載しています。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

処理中です...