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第1章 陰陽師は神様のお気に入り
24.***半身***
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風に攫われかけた指先は形を取り戻し、何もなかったように真桜の力は安定している。人であった母親から受け継いだ霊力が、ひたすら惜しみなく灰色の空へ注がれた。
猛り狂う龍神を開放するに十分すぎる霊力だ。
真桜は知らないが、呪を吐く瑠璃の姫が今上帝に告白されたことで、落ち着いていたのも幸いした。
「……ァカ、リ? どこだ?」
混乱した様子で周囲を見回す真桜が、長い爪の指先で前髪を掻き上げる。左手を一振りして髪を乱す風を制し、真紅の瞳で護り手の姿を探す様は迷い子のようだった。
見えないアカリを求めて伸ばした指が、冷たい風にびくりと震える。唇を噛み締めた真桜の指先が拳の中に握られた。
『真桜さま……』
気配を探っていたシフェルが穏やかに声をかける。
諦めろと告げる響きに、真桜はがくりと膝をついた。雨が止んだばかりの地表は濡れていて、じわりと膝から水が染みる。泥を吸い込む衣が重く、それ以上に己の心と振る舞いが呪わしく、泣き出しそうな顔で唇を噛み締めた。
雨の音はやみ、風もなりを潜めている。静かな……気持ち悪いほどの静寂が周囲を支配した。
ぼんやりと見つめる先に、鮮やかな桜の花びらが舞い落ちる。季節はずれの狂い咲き――白い花びらは濃い桃色となって地に落ちた。
手のひらで花びらを受け、最後に見たアカリの微笑を思い出す。雲間が開けr…真桜の眼前へ、龍神が巨体を横たえて重々しく口を開いた。
『我を解き放つ言霊の成就、見事であった』
「……褒めてくれたところ悪いけど、後悔してるよ」
アカリを失うと知っていたら、あんな言霊は吐かない。
最初は突然現れた迷惑な神様で、あくまでも預かりの身だと思っていたのに…気づけば心奥に住み着いていた。不思議な魅力を持つ、蒼瞳の神族――。
『かの者は喪われてはおらぬ』
喪失したわけではないと、龍神は淡々と告げた。息を呑んだ真桜が口を開くより早く、切れた雲間から光が零れ落ちる。
天照の光に龍神が静かに頭を垂れた。
『オオヒルメノムチがご降臨なされるとは……』
神々しい気配を感じた真桜が見上げる先に、穏やかな笑みを浮かべた少女が立っていた。
栗毛の柔らかそうな髪と慈愛を称えた瞳……彼女は薄紅の唇で『アカリ』と名を呼ぶ。ふわりと風が動き、真桜に重なった薄い影が女神に傅いた。
『天照大神……』
『己の器を捨てるなんて、あなたらしいこと。……でも困るのではなくて?』
くすくす笑う彼女は、白い衣を翻して右手を天へ掲げた。誘われるように降り注ぐ陽光が一筋、真桜を包み込む。いや、真桜ではなく……中に溶け込んだアカリの魂を包んだのだろう。
黒髪は色を深くし、艶を帯びた。
風に吹き消されそうな輪郭が濃くなり、白い肌も蒼瞳も形を得てアカリという姿を作り上げる。零れそうに目を見開く真桜を振り返り、アカリは口元に笑みを浮かべた。
「真桜」
名を呼ぶ声に秘められた言霊を感じ取り、ただ微笑みを返す。ひとつ頷いて、アカリは主人であった女神へ向き直った。
「俺は真桜といたい。高天原へ戻る気はない」
決別を意味する言葉に、三柱の筆頭に数えられる女神は小首を傾げる。愛らしい仕草で口元に手を当て、鈴を転がすような声で尋ねた。
『それが、アカリの意思なのね? 見つけたの?』
生涯の伴侶であり、己の魂の半身であり、分かたれた一部。それをあなたは見つけ出せたのね。
念を押すように呟いた彼女へ、アカリは迷いなく首を縦に振った。
猛り狂う龍神を開放するに十分すぎる霊力だ。
真桜は知らないが、呪を吐く瑠璃の姫が今上帝に告白されたことで、落ち着いていたのも幸いした。
「……ァカ、リ? どこだ?」
混乱した様子で周囲を見回す真桜が、長い爪の指先で前髪を掻き上げる。左手を一振りして髪を乱す風を制し、真紅の瞳で護り手の姿を探す様は迷い子のようだった。
見えないアカリを求めて伸ばした指が、冷たい風にびくりと震える。唇を噛み締めた真桜の指先が拳の中に握られた。
『真桜さま……』
気配を探っていたシフェルが穏やかに声をかける。
諦めろと告げる響きに、真桜はがくりと膝をついた。雨が止んだばかりの地表は濡れていて、じわりと膝から水が染みる。泥を吸い込む衣が重く、それ以上に己の心と振る舞いが呪わしく、泣き出しそうな顔で唇を噛み締めた。
雨の音はやみ、風もなりを潜めている。静かな……気持ち悪いほどの静寂が周囲を支配した。
ぼんやりと見つめる先に、鮮やかな桜の花びらが舞い落ちる。季節はずれの狂い咲き――白い花びらは濃い桃色となって地に落ちた。
手のひらで花びらを受け、最後に見たアカリの微笑を思い出す。雲間が開けr…真桜の眼前へ、龍神が巨体を横たえて重々しく口を開いた。
『我を解き放つ言霊の成就、見事であった』
「……褒めてくれたところ悪いけど、後悔してるよ」
アカリを失うと知っていたら、あんな言霊は吐かない。
最初は突然現れた迷惑な神様で、あくまでも預かりの身だと思っていたのに…気づけば心奥に住み着いていた。不思議な魅力を持つ、蒼瞳の神族――。
『かの者は喪われてはおらぬ』
喪失したわけではないと、龍神は淡々と告げた。息を呑んだ真桜が口を開くより早く、切れた雲間から光が零れ落ちる。
天照の光に龍神が静かに頭を垂れた。
『オオヒルメノムチがご降臨なされるとは……』
神々しい気配を感じた真桜が見上げる先に、穏やかな笑みを浮かべた少女が立っていた。
栗毛の柔らかそうな髪と慈愛を称えた瞳……彼女は薄紅の唇で『アカリ』と名を呼ぶ。ふわりと風が動き、真桜に重なった薄い影が女神に傅いた。
『天照大神……』
『己の器を捨てるなんて、あなたらしいこと。……でも困るのではなくて?』
くすくす笑う彼女は、白い衣を翻して右手を天へ掲げた。誘われるように降り注ぐ陽光が一筋、真桜を包み込む。いや、真桜ではなく……中に溶け込んだアカリの魂を包んだのだろう。
黒髪は色を深くし、艶を帯びた。
風に吹き消されそうな輪郭が濃くなり、白い肌も蒼瞳も形を得てアカリという姿を作り上げる。零れそうに目を見開く真桜を振り返り、アカリは口元に笑みを浮かべた。
「真桜」
名を呼ぶ声に秘められた言霊を感じ取り、ただ微笑みを返す。ひとつ頷いて、アカリは主人であった女神へ向き直った。
「俺は真桜といたい。高天原へ戻る気はない」
決別を意味する言葉に、三柱の筆頭に数えられる女神は小首を傾げる。愛らしい仕草で口元に手を当て、鈴を転がすような声で尋ねた。
『それが、アカリの意思なのね? 見つけたの?』
生涯の伴侶であり、己の魂の半身であり、分かたれた一部。それをあなたは見つけ出せたのね。
念を押すように呟いた彼女へ、アカリは迷いなく首を縦に振った。
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