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第1章 陰陽師は神様のお気に入り
16.***宿体***
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例え敵わなくとも!
何もせずにアカリさまを渡すわけには行きません!
決意を秘めた眼差しの黒葉は、刀の切っ先を迷いなく敵と見定めた気配に向ける。
美しい女性の姿の『それ』は、真桜にとって大切な人の姿をしていた。もちろん本人の魂が無事な事は確認されているから、紛れもない偽物だ。しかし攻撃を躊躇わせるのに充分過ぎる形だった。
『ですが……渡せば、私が怨まれてしまいますからね』
自らを戒める意味で、わざと自嘲じみた口調で呟いた。
刀を翳し、煙のように実体がつかめない影を切り裂く。するりと擦り抜けた刃に、舌打ちした。
やはり……という想いが広がる。闇に属する黒葉の力では、対抗出来ないのだ。まだ祠の近くにあると思った敵が、思わぬ場所に現れたことに唇を噛み締めた。
護ると言霊を吐いた以上、何もせずに見逃すことは出来ない。
神族であるアカリの器を奪われれば、真桜を危険に晒すのは間違いなかった。
『お赦し下さい……』
先に謝罪して、アカリを護る為に貼った結界を破り抱き着いた。
強く抱き締める黒葉の身が薄くぼやけ、完全に消えてしまう。からんと音を立てて落ちた刀も、後を追うように薄くなって消える。
アカリを護る存在が皆無の状況で、女性の姿を真似た影は笑みを深めた。
「アカリッ! 黒葉!!」
叫んで飛び込んだ真桜の瞳に映ったのは、困ったような顔をしたアカリだけ。少し青白い肌で小首を傾げる彼の唇から、予想外の声が聞こえた。
「真桜さま…すみません。護るにはこれしかなくて」
「…黒、葉?」
怪訝そうな口調になったのは当然だ。明らかにアカリの器なのに、放たれた声も口調も黒葉だった。
「『宿り』か」
得心が言った様に頷き、真桜はがくりと床に座りこむ。なんとか黒葉が護りきったアカリの頬に手を滑らせ、苦笑いを浮べて息を吐いた。
アカリが神力を使い果たした状況で、その器は無防備な状態になる。
悪霊にとって最高の器は、逆を返せば闇に属する黒葉にとっても宿体になり得るのだ。敵に攻撃が通じないと判断した時点で、残された手段は2つ。大人しく敵にアカリを渡すか、自分がアカリの中に宿るか。
絶対に渡せないと判断した黒葉は、自らをアカリの中に溶け込ませることで敵を退けたのだ。
「しょうがねぇよ……アカリの様子は?」
「眠っていますね……苦しそうな様子はありません」
内部にいるからこそ分かる状況を簡単に説明し、黒葉はアカリの姿で小首を傾げる。真桜の手がアカリの髪を撫で、頬へ手を滑らせた。実体を伴った、慣れない感覚が不思議だったのだろう。
「アカリが起きるまで、おまえ宿っててくれ。心配がなくていい」
「はぁ……」
そんなに暇でもないんですが……豊かな表情を浮べるアカリの姿に、中身が黒葉だと分かっていても違和感を感じる。特に華守流や華炎は苦笑いして顔を見合わせている有様だ。
『ところで、敵はいいのか?』
早く片付けないと根本的な解決にならないぞ。言外に匂わせた華守流の促しに、真桜は不敵な笑みを浮べて肩を竦める。
「それがさ、いい方法を考えたんだよ。オレが出向くより、あっちに出向いてもらう方がやりやすいよな」
口元を弧に歪める姿は、宮廷お抱え陰陽師という正義の味方らしくない。
どちらかといえば、悪巧みする側だろう。だが真桜は本来こういう性格なので、この場にいる誰も驚かなかった。
「山吹の奴、起きてるといいんだけど……」
帝を呼び捨てにしながら、真桜は操った風で陣を描くと瞬間移動のように姿を消した。
何もせずにアカリさまを渡すわけには行きません!
決意を秘めた眼差しの黒葉は、刀の切っ先を迷いなく敵と見定めた気配に向ける。
美しい女性の姿の『それ』は、真桜にとって大切な人の姿をしていた。もちろん本人の魂が無事な事は確認されているから、紛れもない偽物だ。しかし攻撃を躊躇わせるのに充分過ぎる形だった。
『ですが……渡せば、私が怨まれてしまいますからね』
自らを戒める意味で、わざと自嘲じみた口調で呟いた。
刀を翳し、煙のように実体がつかめない影を切り裂く。するりと擦り抜けた刃に、舌打ちした。
やはり……という想いが広がる。闇に属する黒葉の力では、対抗出来ないのだ。まだ祠の近くにあると思った敵が、思わぬ場所に現れたことに唇を噛み締めた。
護ると言霊を吐いた以上、何もせずに見逃すことは出来ない。
神族であるアカリの器を奪われれば、真桜を危険に晒すのは間違いなかった。
『お赦し下さい……』
先に謝罪して、アカリを護る為に貼った結界を破り抱き着いた。
強く抱き締める黒葉の身が薄くぼやけ、完全に消えてしまう。からんと音を立てて落ちた刀も、後を追うように薄くなって消える。
アカリを護る存在が皆無の状況で、女性の姿を真似た影は笑みを深めた。
「アカリッ! 黒葉!!」
叫んで飛び込んだ真桜の瞳に映ったのは、困ったような顔をしたアカリだけ。少し青白い肌で小首を傾げる彼の唇から、予想外の声が聞こえた。
「真桜さま…すみません。護るにはこれしかなくて」
「…黒、葉?」
怪訝そうな口調になったのは当然だ。明らかにアカリの器なのに、放たれた声も口調も黒葉だった。
「『宿り』か」
得心が言った様に頷き、真桜はがくりと床に座りこむ。なんとか黒葉が護りきったアカリの頬に手を滑らせ、苦笑いを浮べて息を吐いた。
アカリが神力を使い果たした状況で、その器は無防備な状態になる。
悪霊にとって最高の器は、逆を返せば闇に属する黒葉にとっても宿体になり得るのだ。敵に攻撃が通じないと判断した時点で、残された手段は2つ。大人しく敵にアカリを渡すか、自分がアカリの中に宿るか。
絶対に渡せないと判断した黒葉は、自らをアカリの中に溶け込ませることで敵を退けたのだ。
「しょうがねぇよ……アカリの様子は?」
「眠っていますね……苦しそうな様子はありません」
内部にいるからこそ分かる状況を簡単に説明し、黒葉はアカリの姿で小首を傾げる。真桜の手がアカリの髪を撫で、頬へ手を滑らせた。実体を伴った、慣れない感覚が不思議だったのだろう。
「アカリが起きるまで、おまえ宿っててくれ。心配がなくていい」
「はぁ……」
そんなに暇でもないんですが……豊かな表情を浮べるアカリの姿に、中身が黒葉だと分かっていても違和感を感じる。特に華守流や華炎は苦笑いして顔を見合わせている有様だ。
『ところで、敵はいいのか?』
早く片付けないと根本的な解決にならないぞ。言外に匂わせた華守流の促しに、真桜は不敵な笑みを浮べて肩を竦める。
「それがさ、いい方法を考えたんだよ。オレが出向くより、あっちに出向いてもらう方がやりやすいよな」
口元を弧に歪める姿は、宮廷お抱え陰陽師という正義の味方らしくない。
どちらかといえば、悪巧みする側だろう。だが真桜は本来こういう性格なので、この場にいる誰も驚かなかった。
「山吹の奴、起きてるといいんだけど……」
帝を呼び捨てにしながら、真桜は操った風で陣を描くと瞬間移動のように姿を消した。
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