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214.もう終わりよ ***SIDE侯爵夫人
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こんなはずではなかった。我が子の教育だって、ちゃんと専門の者を雇ったのに。いつの間にか、長男と次男の間に明確な差ができる。
ティール侯爵家はさほど古い家ではない。成り上がりと呼ばれる部類に入り、歴史も六代しか遡れない程度だった。そんな家に嫁いだのは、実家のプロイス子爵家が傾いたから。フォンの称号を持つ一族ほどでなくとも、プロイス子爵家は歴史が長い。ティール侯爵家の三倍はあるだろう。
誇りだけでは食べていけない。私は家のために嫁ぎ、支度金という名目の金銭と引き換えられた。由緒正しい貴族の血をティール家に混ぜるために。それでも貧乏で惨めな生活をしなくて済むなら、と割り切った。侯爵夫人になり、社交は子爵令嬢時代と比べられないほど忙しい。
二人の男児を産んだ時点で、私の妻としての役割は終わった。使用人に子供を任せ、教育係を付けて社交に向かう。長男はそれでもきちんと育ったのに、次男は手のつけようがない悪童に育った。自分勝手で人の価値を爵位で測る。貴族らしいと受け止めた事もあったけれど、そんな話ではなかった。
オイゲンと名付けた次男の悪評は、あっという間に社交界に広まる。長男の婚約者候補がこぞって逃げだすほど、評判は地を這っていた。なんとかしようと教育係を代えたり、厳しい騎士団の訓練に交ぜる。すべてが悪い方へ働いた。
中途半端に強さを手に入れ、さらに調子に乗ったのだ。同年代の子より体格が立派で、侯爵令息の地位がつけば……傍若無人に振る舞い始めた。夫に注意されたが、私だって何もしなかったわけじゃない。オイゲンのせいで夫との言い争いが増えた。
家に置いておけば、使用人に暴力を振るう。だが騎士団に預けても性根は直らなかった。下手に力をつけないよう、飼い殺しにするしかないのか。迷う私の元に届いたお茶会の知らせは、最悪の事態を引き起こした。子供の同行可能と記されているが、当然連れて行けるはずがない。
長男や夫に嫌われ外出を禁じられたオイゲンは、私を利用しようと考えたらしい。茶会の馬車に潜り込み、無理やり付いてきた。途中で降ろそうとしたが、口論している間に到着してしまう。公爵家の茶会だから、絶対に周囲と揉めないことを条件に、仕方なく同行した。
まさか、公爵家のご子息に絡むなんて! 息が止まるかと思った。睨むケンプフェルト公爵閣下、守るように間に立つ子供達。まだ三歳前後で側近を持つなんて、ケンプフェルト公爵の嫡子だろう。眉を寄せて私を見るバルシュミューデ公爵夫人の様子に、我がティール侯爵家の終わりを悟る。
もう社交はできない。国に三つしかない公爵家の二つに睨まれ、成り上がりの家がどうやって生き残れるの? 貴族としての付き合いは断られ、嫡男の嫁も見つからず……侯爵家は没落するだろう。実家を頼って逃げても、一緒に潰されるだけ。
叱りつけた息子に反省の色はなく……私は帰りの馬車で項垂れる。
「なあ、あのガキ……」
公爵令息になんて口の利き方を! 怒りと腹立たしさ、未来への絶望感で手が出た。ぱちんと頬を叩き、綺麗に結った髪をくしゃくしゃに乱す。
「もういや! あんたなんか、私の子じゃないわ!!」
絶叫して、大声で泣いた。馬車がゆっくりと侯爵家の玄関に停まっても、私は立ち上がる事もできない。青ざめ震える息子を見ても、心は何も動かなかった。
ティール侯爵家はさほど古い家ではない。成り上がりと呼ばれる部類に入り、歴史も六代しか遡れない程度だった。そんな家に嫁いだのは、実家のプロイス子爵家が傾いたから。フォンの称号を持つ一族ほどでなくとも、プロイス子爵家は歴史が長い。ティール侯爵家の三倍はあるだろう。
誇りだけでは食べていけない。私は家のために嫁ぎ、支度金という名目の金銭と引き換えられた。由緒正しい貴族の血をティール家に混ぜるために。それでも貧乏で惨めな生活をしなくて済むなら、と割り切った。侯爵夫人になり、社交は子爵令嬢時代と比べられないほど忙しい。
二人の男児を産んだ時点で、私の妻としての役割は終わった。使用人に子供を任せ、教育係を付けて社交に向かう。長男はそれでもきちんと育ったのに、次男は手のつけようがない悪童に育った。自分勝手で人の価値を爵位で測る。貴族らしいと受け止めた事もあったけれど、そんな話ではなかった。
オイゲンと名付けた次男の悪評は、あっという間に社交界に広まる。長男の婚約者候補がこぞって逃げだすほど、評判は地を這っていた。なんとかしようと教育係を代えたり、厳しい騎士団の訓練に交ぜる。すべてが悪い方へ働いた。
中途半端に強さを手に入れ、さらに調子に乗ったのだ。同年代の子より体格が立派で、侯爵令息の地位がつけば……傍若無人に振る舞い始めた。夫に注意されたが、私だって何もしなかったわけじゃない。オイゲンのせいで夫との言い争いが増えた。
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長男や夫に嫌われ外出を禁じられたオイゲンは、私を利用しようと考えたらしい。茶会の馬車に潜り込み、無理やり付いてきた。途中で降ろそうとしたが、口論している間に到着してしまう。公爵家の茶会だから、絶対に周囲と揉めないことを条件に、仕方なく同行した。
まさか、公爵家のご子息に絡むなんて! 息が止まるかと思った。睨むケンプフェルト公爵閣下、守るように間に立つ子供達。まだ三歳前後で側近を持つなんて、ケンプフェルト公爵の嫡子だろう。眉を寄せて私を見るバルシュミューデ公爵夫人の様子に、我がティール侯爵家の終わりを悟る。
もう社交はできない。国に三つしかない公爵家の二つに睨まれ、成り上がりの家がどうやって生き残れるの? 貴族としての付き合いは断られ、嫡男の嫁も見つからず……侯爵家は没落するだろう。実家を頼って逃げても、一緒に潰されるだけ。
叱りつけた息子に反省の色はなく……私は帰りの馬車で項垂れる。
「なあ、あのガキ……」
公爵令息になんて口の利き方を! 怒りと腹立たしさ、未来への絶望感で手が出た。ぱちんと頬を叩き、綺麗に結った髪をくしゃくしゃに乱す。
「もういや! あんたなんか、私の子じゃないわ!!」
絶叫して、大声で泣いた。馬車がゆっくりと侯爵家の玄関に停まっても、私は立ち上がる事もできない。青ざめ震える息子を見ても、心は何も動かなかった。
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