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206.一つ終わってまた一つ
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「まずは、ありがとう。ランドルフ様は、レオンを庇ってくださったのね」
お礼を言われると思わなかったのか、ランドルフ様は目を丸くする。それから照れて頬を赤く染めた。ややぶっきらぼうになった口調は、照れのせいね。
「いや……言われる前に止められなかったからさ。お礼はちょっと。あいつ……前に他の子にも同じような意地悪をしていたんだ」
許せなかった。ぽつりぽつりと語る内容に、私は「ああ」と得心した。よくいる典型的ないじめっ子らしい。誰かの揚げ足取りをしたり、まだ幼い子を馬鹿にしたり。マウント取りがしたいのかもしれないわ。
レオンは酷い悪意に慣れていない。祖父母は彼を優しく扱わなかったが、フランク達が守ってきた。使用人は尊重してくれるし、昔のヘンリック様も距離を置いただけ。暴言を吐いたり、嘲笑された経験がないの。
言葉が上手に操れないことも、褒めて伸ばしてきた。私の教育方針が間違っていたとは思わない。でもまったく知らずに、突然悪意に晒されたなら……衝撃は大きかったでしょう。いつかは通る道だけれど、もっと成長して対抗できる年齢になった後なら。
いろいろな後悔が胸に生まれる。ランドルフ様は、苛立つ感情から吐き捨てるように声を荒らげた。
「あいつ、レオン様がきちんと挨拶したのに……発音がおかしいと笑ったんだ。挙句に、取り巻き連中に向かって、大袈裟に真似しやがった」
なんてこと! やっと笑顔でお話ししてくれるようになったのに、また元に戻ってしまう。私の可愛い天使が笑顔や愛らしい声を封印してしまったら、お相手の家を滅ぼしても足りないわ。
目を見開く私が衝撃を受けているのを見て、ランドルフ様は一つ深呼吸する。それから言葉遣いを正した。
「格上の公爵家に対して、先に挨拶させたのも無礼すぎて。俺は我慢できなか……できませんでした」
怒りで乱れた言葉を修正しながら、ランドルフ様は事情を説明し終えた。拳を握って震えるのはエルヴィンだ。守れなかったと思っているのかもしれない。手招きして、自分からも距離を詰めて……弟を抱きしめた。大人しくされるままのエルヴィンは、怒りを絞り出す。
「次は……ありません! 絶対に」
末っ子のように思っているレオンが、手の届く距離で傷つけられた。それは私やヘンリック様も背負う傷だった。
「お姉様、どこ?! 大変なの」
ユリアーナの呼ぶ声が聞こえ、エルヴィンが自ら離れて扉を開けた。
「こっちだ、ユリアーナ」
「ユリアンが怒って出ていって……お願い、止めて」
状況が把握できず、慌てて歩き出す。だがまだ治ったばかりの足は前ほど動かなくて、もどかしい思いをしながら踏み出した。
「ユーリア様、失礼致しますわ」
後ろから了承の声が聞こえたか。確認しないまま前のめりに進む。裾を少し摘んで、可能な限り足を早く動かした。
「ユリアンがどうしたの。ちゃんと説明して頂戴」
「さっき、レオン様を泣かせた子がいたでしょう? あの友達だか仲間だか。その子達と掴み合いの喧嘩になって。ヘンリックお義兄様が止めようとしているけど」
あんなユリアンは初めて見た。怖い。ユリアーナは小さく震えている。その手をしっかり握り、私は廊下から庭へ出た。怒声が響く庭は、大人達が丸く囲って中心が見えない。失敗したわ、お父様を引きずって参加すればよかった。
お礼を言われると思わなかったのか、ランドルフ様は目を丸くする。それから照れて頬を赤く染めた。ややぶっきらぼうになった口調は、照れのせいね。
「いや……言われる前に止められなかったからさ。お礼はちょっと。あいつ……前に他の子にも同じような意地悪をしていたんだ」
許せなかった。ぽつりぽつりと語る内容に、私は「ああ」と得心した。よくいる典型的ないじめっ子らしい。誰かの揚げ足取りをしたり、まだ幼い子を馬鹿にしたり。マウント取りがしたいのかもしれないわ。
レオンは酷い悪意に慣れていない。祖父母は彼を優しく扱わなかったが、フランク達が守ってきた。使用人は尊重してくれるし、昔のヘンリック様も距離を置いただけ。暴言を吐いたり、嘲笑された経験がないの。
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いろいろな後悔が胸に生まれる。ランドルフ様は、苛立つ感情から吐き捨てるように声を荒らげた。
「あいつ、レオン様がきちんと挨拶したのに……発音がおかしいと笑ったんだ。挙句に、取り巻き連中に向かって、大袈裟に真似しやがった」
なんてこと! やっと笑顔でお話ししてくれるようになったのに、また元に戻ってしまう。私の可愛い天使が笑顔や愛らしい声を封印してしまったら、お相手の家を滅ぼしても足りないわ。
目を見開く私が衝撃を受けているのを見て、ランドルフ様は一つ深呼吸する。それから言葉遣いを正した。
「格上の公爵家に対して、先に挨拶させたのも無礼すぎて。俺は我慢できなか……できませんでした」
怒りで乱れた言葉を修正しながら、ランドルフ様は事情を説明し終えた。拳を握って震えるのはエルヴィンだ。守れなかったと思っているのかもしれない。手招きして、自分からも距離を詰めて……弟を抱きしめた。大人しくされるままのエルヴィンは、怒りを絞り出す。
「次は……ありません! 絶対に」
末っ子のように思っているレオンが、手の届く距離で傷つけられた。それは私やヘンリック様も背負う傷だった。
「お姉様、どこ?! 大変なの」
ユリアーナの呼ぶ声が聞こえ、エルヴィンが自ら離れて扉を開けた。
「こっちだ、ユリアーナ」
「ユリアンが怒って出ていって……お願い、止めて」
状況が把握できず、慌てて歩き出す。だがまだ治ったばかりの足は前ほど動かなくて、もどかしい思いをしながら踏み出した。
「ユーリア様、失礼致しますわ」
後ろから了承の声が聞こえたか。確認しないまま前のめりに進む。裾を少し摘んで、可能な限り足を早く動かした。
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「さっき、レオン様を泣かせた子がいたでしょう? あの友達だか仲間だか。その子達と掴み合いの喧嘩になって。ヘンリックお義兄様が止めようとしているけど」
あんなユリアンは初めて見た。怖い。ユリアーナは小さく震えている。その手をしっかり握り、私は廊下から庭へ出た。怒声が響く庭は、大人達が丸く囲って中心が見えない。失敗したわ、お父様を引きずって参加すればよかった。
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