196 / 274
196.幸せを絵に描いたよう
しおりを挟む
「今日もお揃いなのね」
招待したゲストの服装を褒めるのは、ホスト側のマナーだけれど。今日は王族の四人も小さなお揃いだった。デザインや色に統一感を持たせた公爵家は、赤を基調に黒をアクセントにしていた。マルレーネ様はオレンジを多用し、王子二人はクラバットとスカーフに、王女もリボンや靴をオレンジに揃えている。
「皆様の装いも、オレンジで合わせましたのね。お似合いですわ」
食べ終えて手を丁寧に洗ってから、温室の中を移動した。分厚い絨毯の敷かれた段は膝の高さで、ゆったりとクッションに寄りかかる。上に座る私は、いつもの習慣で靴を脱いだ。つま先までシルクの靴下で覆われているから、失礼ではないはずよ。
段の中に何か詰められているらしく、ふかふかした感触ね。転がって笑い合うルイーゼ様とレオンは、大喜びだった。わかるわ、私も子供だったら同じことをしたと思う。
「ヘンリック様、午後のお仕事は大丈夫ですか」
「ああ、部下がまだ来ないからな」
気遣って呼ばないのではなくて? そう思うけれど、いてくれると頼もしいので、気づかなかったことにした。同じ結論に至ったのか、くすくす笑うマルレーネ様が裾を捌いてクッションに座る。ふかふかで柔らかいクッションは分厚くて、すごく気持ちよかった。
遠慮なくクッションに身を預け、少し疲れた足を摩る。
「痛いのか」
「いいえ。疲れただけですわ」
意地を張って誤魔化す相手はいない。マルレーネ様は心配そうな表情を見せた。大丈夫ですと微笑みを向けたところで、そっと温かな感触が足首に触れる。
「え?」
「代わろう」
ヘンリック様は私の手を避けさせ、自ら足首を摩り始めた。驚きすぎて固まる私をよそに、マルレーネ様は「まあぁ」と意味ありげな声をあげる。慌てて止めるよう伝えたら、悲しそうに見上げられてしまった。
「俺が触れるのは嫌か」
「違います!」
そうじゃなくて、公爵閣下ではないの? 冷血公爵様なのでしょう。跪いて妻の足に触れる姿は、誤解を招くわよ。いろいろな注意が頭の中を流れ、少し強い口調で否定した。そこでヘンリック様が、しぃと指で左側を示す。
静かにするようジェスチャーされたので、声を出さずに振り返ると……。幼子二人が手を繋いで寝ていた。うつ伏せになって、まるで遊んでいる途中で寝落ちたみたいな格好だわ。可愛い! 楽しかったことが窺えて、こちらも笑顔になっちゃう。
「すっかり仲良しね」
微笑ましい、と口元を緩めるマルレーネ様が侍女に合図を送った。起こさないよう、優しく毛布をかける。カールハインツ様は読んでいた本を閉じ、肩に寄り掛かる弟ローレンツ様の頭を撫でた。
穏やかな午後、子供達はお昼寝の時間だもの。温室は暖かいし、眠くなるのは大人も同じ。ヘンリック様の摩る手が気持ち良くて、小さな欠伸が出た。慌てて手で隠した。つられたようで、マルレーネ様も口元を手で覆う。
きっと王侯貴族の格式ばったお茶会や食事会では、ダメなことばかり。手を使って食べる食事、眠ってしまった子供達や欠伸をする私達。それさえも隠さなくていいんだわ。
「久しぶりに羽を伸ばした気分よ。これからは気楽にやるわ」
王妃らしくする必要はないし、厳しく戒める義務も消えた。そう言ってマルレーネ様は大きく伸びをした。カールハインツ様は、笑みを浮かべて母親を見つめる。幸せを絵に描いたような光景だった。
なぜかしらね、胸がじんとして泣きたくなるの。
招待したゲストの服装を褒めるのは、ホスト側のマナーだけれど。今日は王族の四人も小さなお揃いだった。デザインや色に統一感を持たせた公爵家は、赤を基調に黒をアクセントにしていた。マルレーネ様はオレンジを多用し、王子二人はクラバットとスカーフに、王女もリボンや靴をオレンジに揃えている。
「皆様の装いも、オレンジで合わせましたのね。お似合いですわ」
食べ終えて手を丁寧に洗ってから、温室の中を移動した。分厚い絨毯の敷かれた段は膝の高さで、ゆったりとクッションに寄りかかる。上に座る私は、いつもの習慣で靴を脱いだ。つま先までシルクの靴下で覆われているから、失礼ではないはずよ。
段の中に何か詰められているらしく、ふかふかした感触ね。転がって笑い合うルイーゼ様とレオンは、大喜びだった。わかるわ、私も子供だったら同じことをしたと思う。
「ヘンリック様、午後のお仕事は大丈夫ですか」
「ああ、部下がまだ来ないからな」
気遣って呼ばないのではなくて? そう思うけれど、いてくれると頼もしいので、気づかなかったことにした。同じ結論に至ったのか、くすくす笑うマルレーネ様が裾を捌いてクッションに座る。ふかふかで柔らかいクッションは分厚くて、すごく気持ちよかった。
遠慮なくクッションに身を預け、少し疲れた足を摩る。
「痛いのか」
「いいえ。疲れただけですわ」
意地を張って誤魔化す相手はいない。マルレーネ様は心配そうな表情を見せた。大丈夫ですと微笑みを向けたところで、そっと温かな感触が足首に触れる。
「え?」
「代わろう」
ヘンリック様は私の手を避けさせ、自ら足首を摩り始めた。驚きすぎて固まる私をよそに、マルレーネ様は「まあぁ」と意味ありげな声をあげる。慌てて止めるよう伝えたら、悲しそうに見上げられてしまった。
「俺が触れるのは嫌か」
「違います!」
そうじゃなくて、公爵閣下ではないの? 冷血公爵様なのでしょう。跪いて妻の足に触れる姿は、誤解を招くわよ。いろいろな注意が頭の中を流れ、少し強い口調で否定した。そこでヘンリック様が、しぃと指で左側を示す。
静かにするようジェスチャーされたので、声を出さずに振り返ると……。幼子二人が手を繋いで寝ていた。うつ伏せになって、まるで遊んでいる途中で寝落ちたみたいな格好だわ。可愛い! 楽しかったことが窺えて、こちらも笑顔になっちゃう。
「すっかり仲良しね」
微笑ましい、と口元を緩めるマルレーネ様が侍女に合図を送った。起こさないよう、優しく毛布をかける。カールハインツ様は読んでいた本を閉じ、肩に寄り掛かる弟ローレンツ様の頭を撫でた。
穏やかな午後、子供達はお昼寝の時間だもの。温室は暖かいし、眠くなるのは大人も同じ。ヘンリック様の摩る手が気持ち良くて、小さな欠伸が出た。慌てて手で隠した。つられたようで、マルレーネ様も口元を手で覆う。
きっと王侯貴族の格式ばったお茶会や食事会では、ダメなことばかり。手を使って食べる食事、眠ってしまった子供達や欠伸をする私達。それさえも隠さなくていいんだわ。
「久しぶりに羽を伸ばした気分よ。これからは気楽にやるわ」
王妃らしくする必要はないし、厳しく戒める義務も消えた。そう言ってマルレーネ様は大きく伸びをした。カールハインツ様は、笑みを浮かべて母親を見つめる。幸せを絵に描いたような光景だった。
なぜかしらね、胸がじんとして泣きたくなるの。
1,568
お気に入りに追加
4,241
あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

罠に嵌められたのは一体誰?
チカフジ ユキ
恋愛
卒業前夜祭とも言われる盛大なパーティーで、王太子の婚約者が多くの人の前で婚約破棄された。
誰もが冤罪だと思いながらも、破棄された令嬢は背筋を伸ばし、それを認め国を去ることを誓った。
そして、その一部始終すべてを見ていた僕もまた、その日に婚約が白紙になり、仕方がないかぁと思いながら、実家のある隣国へと帰って行った。
しかし帰宅した家で、なんと婚約破棄された元王太子殿下の婚約者様が僕を出迎えてた。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?


【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。
西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。
私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。
それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」
と宣言されるなんて・・・
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる