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196.幸せを絵に描いたよう
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「今日もお揃いなのね」
招待したゲストの服装を褒めるのは、ホスト側のマナーだけれど。今日は王族の四人も小さなお揃いだった。デザインや色に統一感を持たせた公爵家は、赤を基調に黒をアクセントにしていた。マルレーネ様はオレンジを多用し、王子二人はクラバットとスカーフに、王女もリボンや靴をオレンジに揃えている。
「皆様の装いも、オレンジで合わせましたのね。お似合いですわ」
食べ終えて手を丁寧に洗ってから、温室の中を移動した。分厚い絨毯の敷かれた段は膝の高さで、ゆったりとクッションに寄りかかる。上に座る私は、いつもの習慣で靴を脱いだ。つま先までシルクの靴下で覆われているから、失礼ではないはずよ。
段の中に何か詰められているらしく、ふかふかした感触ね。転がって笑い合うルイーゼ様とレオンは、大喜びだった。わかるわ、私も子供だったら同じことをしたと思う。
「ヘンリック様、午後のお仕事は大丈夫ですか」
「ああ、部下がまだ来ないからな」
気遣って呼ばないのではなくて? そう思うけれど、いてくれると頼もしいので、気づかなかったことにした。同じ結論に至ったのか、くすくす笑うマルレーネ様が裾を捌いてクッションに座る。ふかふかで柔らかいクッションは分厚くて、すごく気持ちよかった。
遠慮なくクッションに身を預け、少し疲れた足を摩る。
「痛いのか」
「いいえ。疲れただけですわ」
意地を張って誤魔化す相手はいない。マルレーネ様は心配そうな表情を見せた。大丈夫ですと微笑みを向けたところで、そっと温かな感触が足首に触れる。
「え?」
「代わろう」
ヘンリック様は私の手を避けさせ、自ら足首を摩り始めた。驚きすぎて固まる私をよそに、マルレーネ様は「まあぁ」と意味ありげな声をあげる。慌てて止めるよう伝えたら、悲しそうに見上げられてしまった。
「俺が触れるのは嫌か」
「違います!」
そうじゃなくて、公爵閣下ではないの? 冷血公爵様なのでしょう。跪いて妻の足に触れる姿は、誤解を招くわよ。いろいろな注意が頭の中を流れ、少し強い口調で否定した。そこでヘンリック様が、しぃと指で左側を示す。
静かにするようジェスチャーされたので、声を出さずに振り返ると……。幼子二人が手を繋いで寝ていた。うつ伏せになって、まるで遊んでいる途中で寝落ちたみたいな格好だわ。可愛い! 楽しかったことが窺えて、こちらも笑顔になっちゃう。
「すっかり仲良しね」
微笑ましい、と口元を緩めるマルレーネ様が侍女に合図を送った。起こさないよう、優しく毛布をかける。カールハインツ様は読んでいた本を閉じ、肩に寄り掛かる弟ローレンツ様の頭を撫でた。
穏やかな午後、子供達はお昼寝の時間だもの。温室は暖かいし、眠くなるのは大人も同じ。ヘンリック様の摩る手が気持ち良くて、小さな欠伸が出た。慌てて手で隠した。つられたようで、マルレーネ様も口元を手で覆う。
きっと王侯貴族の格式ばったお茶会や食事会では、ダメなことばかり。手を使って食べる食事、眠ってしまった子供達や欠伸をする私達。それさえも隠さなくていいんだわ。
「久しぶりに羽を伸ばした気分よ。これからは気楽にやるわ」
王妃らしくする必要はないし、厳しく戒める義務も消えた。そう言ってマルレーネ様は大きく伸びをした。カールハインツ様は、笑みを浮かべて母親を見つめる。幸せを絵に描いたような光景だった。
なぜかしらね、胸がじんとして泣きたくなるの。
招待したゲストの服装を褒めるのは、ホスト側のマナーだけれど。今日は王族の四人も小さなお揃いだった。デザインや色に統一感を持たせた公爵家は、赤を基調に黒をアクセントにしていた。マルレーネ様はオレンジを多用し、王子二人はクラバットとスカーフに、王女もリボンや靴をオレンジに揃えている。
「皆様の装いも、オレンジで合わせましたのね。お似合いですわ」
食べ終えて手を丁寧に洗ってから、温室の中を移動した。分厚い絨毯の敷かれた段は膝の高さで、ゆったりとクッションに寄りかかる。上に座る私は、いつもの習慣で靴を脱いだ。つま先までシルクの靴下で覆われているから、失礼ではないはずよ。
段の中に何か詰められているらしく、ふかふかした感触ね。転がって笑い合うルイーゼ様とレオンは、大喜びだった。わかるわ、私も子供だったら同じことをしたと思う。
「ヘンリック様、午後のお仕事は大丈夫ですか」
「ああ、部下がまだ来ないからな」
気遣って呼ばないのではなくて? そう思うけれど、いてくれると頼もしいので、気づかなかったことにした。同じ結論に至ったのか、くすくす笑うマルレーネ様が裾を捌いてクッションに座る。ふかふかで柔らかいクッションは分厚くて、すごく気持ちよかった。
遠慮なくクッションに身を預け、少し疲れた足を摩る。
「痛いのか」
「いいえ。疲れただけですわ」
意地を張って誤魔化す相手はいない。マルレーネ様は心配そうな表情を見せた。大丈夫ですと微笑みを向けたところで、そっと温かな感触が足首に触れる。
「え?」
「代わろう」
ヘンリック様は私の手を避けさせ、自ら足首を摩り始めた。驚きすぎて固まる私をよそに、マルレーネ様は「まあぁ」と意味ありげな声をあげる。慌てて止めるよう伝えたら、悲しそうに見上げられてしまった。
「俺が触れるのは嫌か」
「違います!」
そうじゃなくて、公爵閣下ではないの? 冷血公爵様なのでしょう。跪いて妻の足に触れる姿は、誤解を招くわよ。いろいろな注意が頭の中を流れ、少し強い口調で否定した。そこでヘンリック様が、しぃと指で左側を示す。
静かにするようジェスチャーされたので、声を出さずに振り返ると……。幼子二人が手を繋いで寝ていた。うつ伏せになって、まるで遊んでいる途中で寝落ちたみたいな格好だわ。可愛い! 楽しかったことが窺えて、こちらも笑顔になっちゃう。
「すっかり仲良しね」
微笑ましい、と口元を緩めるマルレーネ様が侍女に合図を送った。起こさないよう、優しく毛布をかける。カールハインツ様は読んでいた本を閉じ、肩に寄り掛かる弟ローレンツ様の頭を撫でた。
穏やかな午後、子供達はお昼寝の時間だもの。温室は暖かいし、眠くなるのは大人も同じ。ヘンリック様の摩る手が気持ち良くて、小さな欠伸が出た。慌てて手で隠した。つられたようで、マルレーネ様も口元を手で覆う。
きっと王侯貴族の格式ばったお茶会や食事会では、ダメなことばかり。手を使って食べる食事、眠ってしまった子供達や欠伸をする私達。それさえも隠さなくていいんだわ。
「久しぶりに羽を伸ばした気分よ。これからは気楽にやるわ」
王妃らしくする必要はないし、厳しく戒める義務も消えた。そう言ってマルレーネ様は大きく伸びをした。カールハインツ様は、笑みを浮かべて母親を見つめる。幸せを絵に描いたような光景だった。
なぜかしらね、胸がじんとして泣きたくなるの。
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