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194.その覚悟はありますわ
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寝台ではない馬車で到着した王宮は、どことなく騒がしかった。新王即位の準備が進められているから、誰もが慌ただしく動き回る。そのせいかもしれないわ。
杖があれば歩けるところまでリハビリは進み、今日は右手をレオン、左手に杖で挑む。王妃であるマルレーネ様がお待ちの庭園が目標よ。レオンは一歩進んでは足を揃え、私が踏み出すのを待ってまた踏み出す。すごく紳士的だった。この歩き方は、フランクに習ったそうよ。
「……っ、アマーリア、レオン!」
息を切らせて駆けつけたヘンリック様は、ぐいと乱暴な所作で襟のクラバットを緩めた。顔が整っていると、そんな強引な所作まで素敵に見えるわ。
「ヘンリック様、今日のレオンは立派でしょう? 私のエスコートを申し出てくれましたの」
褒めてあげて。そう促せば、察しのいい彼は屈んでレオンに目線を合わせた。
「アマーリアに合わせて歩いているのか、さすがは俺の息子だ」
褒めて手を伸ばし、一瞬躊躇ってから黒髪を撫でた。ヘンリック様はあまり撫でられたり、褒められた経験がないと聞いている。次期公爵として厳しくされた記憶しかないから、どうしたらいいのか迷うのね。
先日、眠る前に相談されたの。自分の幼い頃にそっくりな外見のレオンが、あの頃の自分と違う表情で笑う。そのたびに胸が苦しくなるのだと。私に言えるのは一つだけ。あの頃のあなたがして欲しかったことを、レオンにしてあげてください。
素直なヘンリック様は、その言葉を忠実に守ろうとしている。こんな場面で褒めて撫でてほしかった。そう思っているのね。見ている私が切なくなっちゃうわ。
レオンからエスコート役を奪うことなく、ヘンリック様は付き添ってくれた。倒れそうになったら支えるのは、夫の仕事なんですって。庭園でマルレーネ様にご挨拶したら、すぐに仕事に戻って行った。お昼をご一緒する約束を口にしたら、ほわりと柔らかな笑みを浮かべる。嬉しそうで何によりだわ。
「お久しぶりです、マルレーネ様。このたびは……その」
「気になさらないで。私はもう切り替えているのよ。事故を悔やむ理由はないし、終わったことに囚われる時間はないの。カールも頑張っているわ」
食中毒は確かに事故だわ。誰かに責任を負わせる気はないし、過去は取り戻せない。マルレーネ様の前向きな言葉にほっとした。すごく落ち込んでいたら、どう慰めようか迷ってしまうもの。
私の体調を気遣ってか、柔らかなカウチソファーが用意されていた。腰掛けて、レオンを隣に座らせる。王女のルイーゼ様は、マルレーネ様のソファで眠っていた。
「今日は朝から興奮して走り回って、待っている間に寝ちゃったのよ」
温室ではないが、この場所は暖かい。疲れたところに日差しの暖かなソファーで待てば、眠気に勝てないわね。微笑んで優雅にお茶の時間を楽しんだ。カールハインツ様が頑張っている話、ローレンツ様が剣術に打ち込んでいる話。
「まだ若いカールに苦労させるけれど、可能な限り私が支えるわ。だからアマーリア、私を支えてほしいの」
仕事面では宰相閣下やヘンリック様がいる。でも精神的な面を支えるのは、母であるマルレーネ様だ。友人として私もしっかりお支えしなくては。そう決めて頷いた。
杖があれば歩けるところまでリハビリは進み、今日は右手をレオン、左手に杖で挑む。王妃であるマルレーネ様がお待ちの庭園が目標よ。レオンは一歩進んでは足を揃え、私が踏み出すのを待ってまた踏み出す。すごく紳士的だった。この歩き方は、フランクに習ったそうよ。
「……っ、アマーリア、レオン!」
息を切らせて駆けつけたヘンリック様は、ぐいと乱暴な所作で襟のクラバットを緩めた。顔が整っていると、そんな強引な所作まで素敵に見えるわ。
「ヘンリック様、今日のレオンは立派でしょう? 私のエスコートを申し出てくれましたの」
褒めてあげて。そう促せば、察しのいい彼は屈んでレオンに目線を合わせた。
「アマーリアに合わせて歩いているのか、さすがは俺の息子だ」
褒めて手を伸ばし、一瞬躊躇ってから黒髪を撫でた。ヘンリック様はあまり撫でられたり、褒められた経験がないと聞いている。次期公爵として厳しくされた記憶しかないから、どうしたらいいのか迷うのね。
先日、眠る前に相談されたの。自分の幼い頃にそっくりな外見のレオンが、あの頃の自分と違う表情で笑う。そのたびに胸が苦しくなるのだと。私に言えるのは一つだけ。あの頃のあなたがして欲しかったことを、レオンにしてあげてください。
素直なヘンリック様は、その言葉を忠実に守ろうとしている。こんな場面で褒めて撫でてほしかった。そう思っているのね。見ている私が切なくなっちゃうわ。
レオンからエスコート役を奪うことなく、ヘンリック様は付き添ってくれた。倒れそうになったら支えるのは、夫の仕事なんですって。庭園でマルレーネ様にご挨拶したら、すぐに仕事に戻って行った。お昼をご一緒する約束を口にしたら、ほわりと柔らかな笑みを浮かべる。嬉しそうで何によりだわ。
「お久しぶりです、マルレーネ様。このたびは……その」
「気になさらないで。私はもう切り替えているのよ。事故を悔やむ理由はないし、終わったことに囚われる時間はないの。カールも頑張っているわ」
食中毒は確かに事故だわ。誰かに責任を負わせる気はないし、過去は取り戻せない。マルレーネ様の前向きな言葉にほっとした。すごく落ち込んでいたら、どう慰めようか迷ってしまうもの。
私の体調を気遣ってか、柔らかなカウチソファーが用意されていた。腰掛けて、レオンを隣に座らせる。王女のルイーゼ様は、マルレーネ様のソファで眠っていた。
「今日は朝から興奮して走り回って、待っている間に寝ちゃったのよ」
温室ではないが、この場所は暖かい。疲れたところに日差しの暖かなソファーで待てば、眠気に勝てないわね。微笑んで優雅にお茶の時間を楽しんだ。カールハインツ様が頑張っている話、ローレンツ様が剣術に打ち込んでいる話。
「まだ若いカールに苦労させるけれど、可能な限り私が支えるわ。だからアマーリア、私を支えてほしいの」
仕事面では宰相閣下やヘンリック様がいる。でも精神的な面を支えるのは、母であるマルレーネ様だ。友人として私もしっかりお支えしなくては。そう決めて頷いた。
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