192 / 274
192.黒い鳥の封筒が一通
しおりを挟む
国王陛下は現在、離宮で暮らしている。そう聞いていた。そこに舞い込んだのは、崩御の一報だった。黒い鳥のスタンプが押された封筒は、不幸があったことを示す。夕食後の団欒中に持ち込まれた手紙に、お父様や弟妹も無言になった。
「そう、お亡くなりに……」
自分勝手で嫌な人でも、亡くなったのに悪く言うのは気が引ける。日本人だった過去が、そうさせるのよね。こちらの世界では、そういった風習はなかった。ヘンリック様はようやく身軽になったと安堵の息を吐く。次代のカールハインツ様を支えるにしても、今までよりやり甲斐がありそう。
「死因は……食中毒だな」
「毒見役の方はご無事なの?」
もう一人不幸があったのでは? と心配になって問う。すると意外な答えが返ってきた。
「もう退位される身ゆえ、毒見はつけなかったらしい」
潔いのかしら? でも毒殺じゃなく、食中毒だなんて。まあ、他に犠牲者がいなくてよかったわ。
「カールハインツ様の即位がもうすぐだ。この件は、公爵家までに留める。即位式の後、身内だけで送別を行うとある」
「ヘンリック様はどうなさるの」
身内という表現なら、再従兄弟は含まれるだろうか。妻の私は行かなくてよさそうだけれど、マルレーネ様の様子も気になる。
「行く必要はないな。マルレーネ様からの追伸が入っていた。お茶会は予定通りに来てほしいと」
折り畳んだ手紙の一番下に追記された部分を見せられ、読み上げた通りの文章に頷く。きっと気持ちが乱れておいでなのね。友人として、ここはしっかり支えないと!
「わかりました、お伺いしますと返信してください」
「るぅ? ぼく、いけうの?」
ルイーゼに会いに行けるのかと不安がるレオンに、会いに行くのよと話した。マルレーネ様次第だけど、幼いレオンに不幸を知らせる必要はない。
「我々は聞かなかったことにしよう。いいね? エルヴィン、ユリアン、ユリアーナ」
一人ずつ念押しするお父様に、三人は神妙な顔で頷いた。うっかり国家機密を知ってしまったみたいに、挙動不審だわ。ピアノやバイオリンを教えてもらうのは、少し先になることも説明した。素直に受け止めるが、ユリアンが表情を曇らせる。
「家で弾くのもダメ?」
「構わないわ。だってあなたは何も知らないんだもの」
どんな曲を弾こうと自由よ。公爵家からピアノの音が聴こえても、誰かが咎めることはないでしょう。微笑んでそう伝えると、ホッとした様子で胸を撫で下ろした。
ピアノは、一日弾かないと数日分後退すると言われているから、好きなだけ練習したらいい。最近はそれなりに上手になってきて、両手で器用に旋律を追っているのよね。
「ぼくも、ちんぱる、やる」
ちんぱる……シンバル。子供の言い間違いを頭の中で訂正し、レオンの黒髪を撫でた。私もリハビリに精を出すとしましょうか。
「ヘンリック様はお仕事ですか?」
「そうだな。机の上にこんなに溜まっていた」
苦笑いしながら、こんなだぞと手で胸の高さを示すヘンリック様。ユーモアがおありなのね、そんなに書類を溜める王様なんて聞いたことないもの。
「そう、お亡くなりに……」
自分勝手で嫌な人でも、亡くなったのに悪く言うのは気が引ける。日本人だった過去が、そうさせるのよね。こちらの世界では、そういった風習はなかった。ヘンリック様はようやく身軽になったと安堵の息を吐く。次代のカールハインツ様を支えるにしても、今までよりやり甲斐がありそう。
「死因は……食中毒だな」
「毒見役の方はご無事なの?」
もう一人不幸があったのでは? と心配になって問う。すると意外な答えが返ってきた。
「もう退位される身ゆえ、毒見はつけなかったらしい」
潔いのかしら? でも毒殺じゃなく、食中毒だなんて。まあ、他に犠牲者がいなくてよかったわ。
「カールハインツ様の即位がもうすぐだ。この件は、公爵家までに留める。即位式の後、身内だけで送別を行うとある」
「ヘンリック様はどうなさるの」
身内という表現なら、再従兄弟は含まれるだろうか。妻の私は行かなくてよさそうだけれど、マルレーネ様の様子も気になる。
「行く必要はないな。マルレーネ様からの追伸が入っていた。お茶会は予定通りに来てほしいと」
折り畳んだ手紙の一番下に追記された部分を見せられ、読み上げた通りの文章に頷く。きっと気持ちが乱れておいでなのね。友人として、ここはしっかり支えないと!
「わかりました、お伺いしますと返信してください」
「るぅ? ぼく、いけうの?」
ルイーゼに会いに行けるのかと不安がるレオンに、会いに行くのよと話した。マルレーネ様次第だけど、幼いレオンに不幸を知らせる必要はない。
「我々は聞かなかったことにしよう。いいね? エルヴィン、ユリアン、ユリアーナ」
一人ずつ念押しするお父様に、三人は神妙な顔で頷いた。うっかり国家機密を知ってしまったみたいに、挙動不審だわ。ピアノやバイオリンを教えてもらうのは、少し先になることも説明した。素直に受け止めるが、ユリアンが表情を曇らせる。
「家で弾くのもダメ?」
「構わないわ。だってあなたは何も知らないんだもの」
どんな曲を弾こうと自由よ。公爵家からピアノの音が聴こえても、誰かが咎めることはないでしょう。微笑んでそう伝えると、ホッとした様子で胸を撫で下ろした。
ピアノは、一日弾かないと数日分後退すると言われているから、好きなだけ練習したらいい。最近はそれなりに上手になってきて、両手で器用に旋律を追っているのよね。
「ぼくも、ちんぱる、やる」
ちんぱる……シンバル。子供の言い間違いを頭の中で訂正し、レオンの黒髪を撫でた。私もリハビリに精を出すとしましょうか。
「ヘンリック様はお仕事ですか?」
「そうだな。机の上にこんなに溜まっていた」
苦笑いしながら、こんなだぞと手で胸の高さを示すヘンリック様。ユーモアがおありなのね、そんなに書類を溜める王様なんて聞いたことないもの。
1,462
お気に入りに追加
4,243
あなたにおすすめの小説

罠に嵌められたのは一体誰?
チカフジ ユキ
恋愛
卒業前夜祭とも言われる盛大なパーティーで、王太子の婚約者が多くの人の前で婚約破棄された。
誰もが冤罪だと思いながらも、破棄された令嬢は背筋を伸ばし、それを認め国を去ることを誓った。
そして、その一部始終すべてを見ていた僕もまた、その日に婚約が白紙になり、仕方がないかぁと思いながら、実家のある隣国へと帰って行った。
しかし帰宅した家で、なんと婚約破棄された元王太子殿下の婚約者様が僕を出迎えてた。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。
西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。
私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。
それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」
と宣言されるなんて・・・


【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる