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189.屋敷一体の歩行訓練
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マルレーネ様とのお茶会は、ちょうど十日後に決まった。手紙の往復で一日経過していることを考えると、本当にぎりぎりだったわ。私が決めた予定日の前日がいいと伝えられ、その場で承諾の返事を出した。
私の都合は変更可能だけれど、王妃殿下となれば難しいでしょう? やはりお忙しい人に合わせるべきよね。ヘンリック様は明日からお仕事なので、王宮で一緒に昼食の約束をした。お茶会は午前中で、お昼をヘンリック様と頂いて、午後は戻ってレオンのお昼寝。あら、意外と忙しいわ。
今日からリハビリに励むことを宣言した。侍女リリーやマーサに、可能な限り歩くと伝える。専用の杖を用意してもらったけれど、松葉杖とは違って短い。転びそうになっても間に合わなそう。フランクの手配した侍従が、常に同行することが決まった。
これなら転んでも支えてもらえるわ。ヘンリック様がベルントやフランクに抗議して、あれこれと揉めたみたい。侍従の選定かしら? 後で聞いたら、フランクが変な顔で「旦那様の名誉に関わりますので」と回答を拒否していた。名誉に関わる抗議……ちょっと思い浮かばないわ。
「奥様、集中してください」
「ごめんなさい。気を付けるわ」
反射的に謝罪が口をつく。少し先に、フランクと手を繋いだレオンがいる。そこまで歩く練習よ。後ろからリリー達が支える準備をしていた。車椅子からすでに三歩、あと十歩くらいで届く。ところが一歩さえ重い。人間の体って、こんなになまってしまうのね。
運動しないでゴロゴロしたのと同じで、体は動き方を忘れたようにぎこちない。ケガをしなかった右足も不安で、じりじりと押し出す形で踏み出した。体重をかけて前に進むことが、これほど大変だったなんて。
「おかぁしゃま」
こっちと手招く天使に、大きく頷く。ぐっと堪えてまた足を出し、ぐらりと傾きかけたところを支えられた。
「奥様、あと少しです」
「ええ、ありがとう」
レオンまで歩く! その覚悟を込めて拳を握り、深呼吸した。体勢を整えて踏み出す。あと四歩、三歩、二歩、一歩。
「到着よ」
誇らしげに宣言したけれど、廊下の扉と扉の間にも満たない。振り返った先に置かれた車椅子は、すぐ届きそうな距離に思えた。まだまだね。溜め息をついた私の足に、ぺたりと温かな何かが触れる。
「レオン?」
「がんがった、おかぁしゃま、おれい」
それはご褒美の間違い? それとも頑張ったことにレオンがお礼を言うの? どちらにしても、触れている足だけじゃなくて心も温かくなる。リリーの運んだ車椅子に座り、レオンと抱き合った。
少し休んで、また廊下を歩く。普段はすれ違う人の少ない屋敷の廊下が、応援する使用人で賑やかだった。冷やかす意味ではなく、心配して駆けつけてくれる。その有り難さと気恥ずかしさが同時に訪れて、私は頑張れたわ。だって、泣き言なんて格好悪いもの。
「ぼく、おし、ご、と」
私の汗を拭く係と、疲れたら休ませる係を引き受けたんですって。孫を見るような穏やかな眼差しのフランクが、レオンを褒めた。この屋敷も徐々に変わってきたわね。
私の都合は変更可能だけれど、王妃殿下となれば難しいでしょう? やはりお忙しい人に合わせるべきよね。ヘンリック様は明日からお仕事なので、王宮で一緒に昼食の約束をした。お茶会は午前中で、お昼をヘンリック様と頂いて、午後は戻ってレオンのお昼寝。あら、意外と忙しいわ。
今日からリハビリに励むことを宣言した。侍女リリーやマーサに、可能な限り歩くと伝える。専用の杖を用意してもらったけれど、松葉杖とは違って短い。転びそうになっても間に合わなそう。フランクの手配した侍従が、常に同行することが決まった。
これなら転んでも支えてもらえるわ。ヘンリック様がベルントやフランクに抗議して、あれこれと揉めたみたい。侍従の選定かしら? 後で聞いたら、フランクが変な顔で「旦那様の名誉に関わりますので」と回答を拒否していた。名誉に関わる抗議……ちょっと思い浮かばないわ。
「奥様、集中してください」
「ごめんなさい。気を付けるわ」
反射的に謝罪が口をつく。少し先に、フランクと手を繋いだレオンがいる。そこまで歩く練習よ。後ろからリリー達が支える準備をしていた。車椅子からすでに三歩、あと十歩くらいで届く。ところが一歩さえ重い。人間の体って、こんなになまってしまうのね。
運動しないでゴロゴロしたのと同じで、体は動き方を忘れたようにぎこちない。ケガをしなかった右足も不安で、じりじりと押し出す形で踏み出した。体重をかけて前に進むことが、これほど大変だったなんて。
「おかぁしゃま」
こっちと手招く天使に、大きく頷く。ぐっと堪えてまた足を出し、ぐらりと傾きかけたところを支えられた。
「奥様、あと少しです」
「ええ、ありがとう」
レオンまで歩く! その覚悟を込めて拳を握り、深呼吸した。体勢を整えて踏み出す。あと四歩、三歩、二歩、一歩。
「到着よ」
誇らしげに宣言したけれど、廊下の扉と扉の間にも満たない。振り返った先に置かれた車椅子は、すぐ届きそうな距離に思えた。まだまだね。溜め息をついた私の足に、ぺたりと温かな何かが触れる。
「レオン?」
「がんがった、おかぁしゃま、おれい」
それはご褒美の間違い? それとも頑張ったことにレオンがお礼を言うの? どちらにしても、触れている足だけじゃなくて心も温かくなる。リリーの運んだ車椅子に座り、レオンと抱き合った。
少し休んで、また廊下を歩く。普段はすれ違う人の少ない屋敷の廊下が、応援する使用人で賑やかだった。冷やかす意味ではなく、心配して駆けつけてくれる。その有り難さと気恥ずかしさが同時に訪れて、私は頑張れたわ。だって、泣き言なんて格好悪いもの。
「ぼく、おし、ご、と」
私の汗を拭く係と、疲れたら休ませる係を引き受けたんですって。孫を見るような穏やかな眼差しのフランクが、レオンを褒めた。この屋敷も徐々に変わってきたわね。
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