187 / 274
187.素朴なおやつはいかが
しおりを挟む
お茶会のお伺いは、親しくても十日以上前に出すものだ。貴族夫人の常識を踏まえ、十二日後の予定を記載した。ヘンリック様に代筆を頼もうと思ったら、私が書いた方が喜ばれると言われたの。
時候の挨拶から始まり、あれこれと試行錯誤しながら文を認める。ビジネス文書と同じで、身についた教養ならいいけれど、私には足りない部門だわ。この辺は素直にフランクに教えを請うことを決めた。
何度も読み返し、何箇所か修正して清書する。時間を掛けた手紙に、ヘンリック様が封蝋をして発送した。半日近く潰れたけれど、それなりの文章が書けたと思う。
「疲れただろう」
お父様の労いを聞きながら、お昼寝を終えたレオンを膝に乗せる。
「大丈夫か?」
「ええ、レオンは軽いし……痛みもほとんどないのよ」
もっと大きく成長して重くなったら、膝に乗せるのが難しくなる。抱き上げるのも同じだった。ならば、今は触れ合っていたい。男の子だから、抱き上げられなくなる前に「カッコ悪い」なんて言い出す可能性もあるわ。
「おかぁ、しゃま……しょらとんら」
まだ完全に起きていないようで、舌っ足らずに拍車がかかっていた。レオンは夢の中で空を飛んだのね。羨ましいわ。素直にそう伝えたら、きょとんとした顔で首を傾げた。
「うままやし? う、ら、まや、し!」
どうだ、言えたぞ! そんな顔で胸を張るけれど、間違っているわ。ふふっと笑う私にレオンはぎゅっと抱きついた。両手を背に回そうと、目一杯距離を詰める。
「可愛いレオンが飛んでいったら、私は寂しいわね」
「うん、とばにゃい」
ぐずぐずと鼻を啜り、私の胸に顔を押し付ける。視線を感じた私が見上げると、ヘンリック様が小さく口を開けていた。視線はレオンに釘付けで、何か言いたげな雰囲気だわ。
ああ、そうなのね。きっと自分も、同じように甘えてほしいんだわ。頬を緩めて微笑みかける。わかっているわと頷いたら、なぜか目を逸らされてしまった。息子が可愛くて仕方ないのは、恥ずかしいことじゃないのに。
壁際のフランクが拳を握り、応援するような眼差しを送る。こういう焦ったい状況は、確かに我慢できずに応援してしまうわ。うんうんと頷きながら、レオンの黒髪を何度も撫でた。
「おかぁしゃま、おにゃか……しゅいた」
おやつを用意してもらう。甘い焼き菓子やケーキばかりでは、虫歯になるわ。糖分の摂り過ぎもよくないから、今日は素朴なお菓子にしてもらった。料理長に依頼したら、すごく張り切っていたけれど。
出されたお皿に並ぶ赤紫の塊に、エルヴィンや双子は目を輝かせた。見慣れた焼き芋に近づく。兄や姉と認識する三人が手に取る様子を見て、レオンは手を伸ばした。運んだマーサから受け取り、手の上で転がしている。
触れてみたけれど、熱くない。細長い芋を半分に割るエルヴィンは、皮ごと齧った。ユリアーナは皮を剥き、ユリアンもそのまま食べる。添えてあったバターに気付き、ユリアーナが上に乗せた。とろりと溶けて、垂れないうちにとかぶり付く。
温かなお芋を握りしめたレオンは、真似をして芋を割ろうとした。でもうまく行かなくて、唇が尖っていく。そっと手を添えて、ぐっと力を入れた。ぱくりと割れた芋から湯気が出る。
我が家では定番のおやつだった焼き芋、レオンのお口に合うかしら?
時候の挨拶から始まり、あれこれと試行錯誤しながら文を認める。ビジネス文書と同じで、身についた教養ならいいけれど、私には足りない部門だわ。この辺は素直にフランクに教えを請うことを決めた。
何度も読み返し、何箇所か修正して清書する。時間を掛けた手紙に、ヘンリック様が封蝋をして発送した。半日近く潰れたけれど、それなりの文章が書けたと思う。
「疲れただろう」
お父様の労いを聞きながら、お昼寝を終えたレオンを膝に乗せる。
「大丈夫か?」
「ええ、レオンは軽いし……痛みもほとんどないのよ」
もっと大きく成長して重くなったら、膝に乗せるのが難しくなる。抱き上げるのも同じだった。ならば、今は触れ合っていたい。男の子だから、抱き上げられなくなる前に「カッコ悪い」なんて言い出す可能性もあるわ。
「おかぁ、しゃま……しょらとんら」
まだ完全に起きていないようで、舌っ足らずに拍車がかかっていた。レオンは夢の中で空を飛んだのね。羨ましいわ。素直にそう伝えたら、きょとんとした顔で首を傾げた。
「うままやし? う、ら、まや、し!」
どうだ、言えたぞ! そんな顔で胸を張るけれど、間違っているわ。ふふっと笑う私にレオンはぎゅっと抱きついた。両手を背に回そうと、目一杯距離を詰める。
「可愛いレオンが飛んでいったら、私は寂しいわね」
「うん、とばにゃい」
ぐずぐずと鼻を啜り、私の胸に顔を押し付ける。視線を感じた私が見上げると、ヘンリック様が小さく口を開けていた。視線はレオンに釘付けで、何か言いたげな雰囲気だわ。
ああ、そうなのね。きっと自分も、同じように甘えてほしいんだわ。頬を緩めて微笑みかける。わかっているわと頷いたら、なぜか目を逸らされてしまった。息子が可愛くて仕方ないのは、恥ずかしいことじゃないのに。
壁際のフランクが拳を握り、応援するような眼差しを送る。こういう焦ったい状況は、確かに我慢できずに応援してしまうわ。うんうんと頷きながら、レオンの黒髪を何度も撫でた。
「おかぁしゃま、おにゃか……しゅいた」
おやつを用意してもらう。甘い焼き菓子やケーキばかりでは、虫歯になるわ。糖分の摂り過ぎもよくないから、今日は素朴なお菓子にしてもらった。料理長に依頼したら、すごく張り切っていたけれど。
出されたお皿に並ぶ赤紫の塊に、エルヴィンや双子は目を輝かせた。見慣れた焼き芋に近づく。兄や姉と認識する三人が手に取る様子を見て、レオンは手を伸ばした。運んだマーサから受け取り、手の上で転がしている。
触れてみたけれど、熱くない。細長い芋を半分に割るエルヴィンは、皮ごと齧った。ユリアーナは皮を剥き、ユリアンもそのまま食べる。添えてあったバターに気付き、ユリアーナが上に乗せた。とろりと溶けて、垂れないうちにとかぶり付く。
温かなお芋を握りしめたレオンは、真似をして芋を割ろうとした。でもうまく行かなくて、唇が尖っていく。そっと手を添えて、ぐっと力を入れた。ぱくりと割れた芋から湯気が出る。
我が家では定番のおやつだった焼き芋、レオンのお口に合うかしら?
1,474
お気に入りに追加
4,249
あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ
青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。
今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。
婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。
その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。
実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

皇太女の暇つぶし
Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。
「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」
*よくある婚約破棄ものです
*初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

美しい容姿の義妹は、私の婚約者を奪おうとしました。だったら、貴方には絶望してもらいましょう。
久遠りも
恋愛
美しい容姿の義妹は、私の婚約者を奪おうとしました。だったら、貴方には絶望してもらいましょう。
※一話完結です。
ゆるゆる設定です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる