176 / 274
176.陛下の譲位よりドレス優先
しおりを挟む
屋敷のあちこちで音が聞こえる。まだ演奏にならない音は、強く弱く、高く低く。離れから聞こえることも多いが、ピアノだけは本邸から響いた。大き過ぎて移動できないのよね。あくまでも公爵家のピアノだもの。
鍵盤の説明を受け、弾き方の基本を覚えてから、ユリアンは朝も夜もピアノにべったりだった。ユリアーナが「なんとかして」と文句を言いにくるほど、夢中だ。その分上達も早かった。
「ヘンリック様のヴィオラはどんな感じですか?」
「まだ音が出るだけだ」
朝食は三人なので、レオンはヘンリック様の膝に座っている。剥離骨折のせいで、すごい損失だわ。可愛いレオンを膝に乗せられないし、抱っこで食べさせることもできない。お散歩の時間も短くなってしまうの。
幸いにして本邸内に段差はない。階段で二階に向かおうと考えなければ、フラットだった。玄関から出る時だけ、三段の階段があった。別邸もそうだけれど、貴族の屋敷は三段の小さな階段が多い。王宮にもあったわ。
私は玄関ではなく、別の部屋のテラスから出入りするの。そうすれば段差の心配がないわ。フランクは気にして、段差は侍従に担がせると言うけれど。重いし、申し訳ないと感じてしまう。リリーに回り込んでもらう方が、気持ちが楽なの。
「そういえば、ヘンリック様。国王陛下の譲位が噂になっているそうですね」
「ああ、そのようだ。俺も休みだから、関わっていないが」
それって、休んでいていい案件かしら。でも不穏な状況なら、文官が泣きついてくるわよね。放っておいても平気なんだわ、きっと。
「ああ、そうだ。陛下の退位前に、第一王子殿下の立太子が行われる。しばらくしたら挨拶に行こう」
落ち着いてから出かける。そう言われたら、私も納得した。立太子の儀は、貴族の立ち合いを必要としない。国のために尽くすことを神前で誓うだけなの。その祭壇も王宮の奥にあるため、王族以外は立ち会わないのが通例だった。
立太子した後で、親しい貴族は挨拶に行くんですって。お披露目は次の夜会なのだけれど、それが二ヶ月後の譲位と同時みたい。随分と忙しいスケジュールだけど、陛下が大病でもしたのかしら。
「病……まあ、ある意味そうだな」
頭の中身が腐ってるという意味だ。はっきり断言したヘンリック様は、悪びれる様子がない。ベルントやフランクも注意しないので、私も何も言わなかった。屋敷の中でくらい、好きにしたらいいわ。
あの陛下だもの。かなりストレス溜まっていると思う。
「レオン、お野菜も食べてね」
「あい!」
あーんと口を開け、ヘンリック様が慣れた手つきでスープを運ぶ。野菜をもぐもぐするレオンは、話を聞いていない。ほっとしちゃうわ。教育上、あまり良くない話題に思われて、話を逸らした。
「夜会の服を作らなくてはいけないわね」
「安心してくれ、もう注文してある。王太子殿下への挨拶の方が先だな」
「そうね。そちらはレオンも一緒に行けるといいけれど」
さすがに夜会は無理ね。留守番してもらうことになる。でも顔合わせの挨拶なら、昼間だろうし。考えながら口にすれば、ヘンリック様は満面の笑みで頷いた。
「お揃いで作ろう!」
よほど気に入ったのね。ドレスコードとかも詳しくないし、この際お任せしましょう。
鍵盤の説明を受け、弾き方の基本を覚えてから、ユリアンは朝も夜もピアノにべったりだった。ユリアーナが「なんとかして」と文句を言いにくるほど、夢中だ。その分上達も早かった。
「ヘンリック様のヴィオラはどんな感じですか?」
「まだ音が出るだけだ」
朝食は三人なので、レオンはヘンリック様の膝に座っている。剥離骨折のせいで、すごい損失だわ。可愛いレオンを膝に乗せられないし、抱っこで食べさせることもできない。お散歩の時間も短くなってしまうの。
幸いにして本邸内に段差はない。階段で二階に向かおうと考えなければ、フラットだった。玄関から出る時だけ、三段の階段があった。別邸もそうだけれど、貴族の屋敷は三段の小さな階段が多い。王宮にもあったわ。
私は玄関ではなく、別の部屋のテラスから出入りするの。そうすれば段差の心配がないわ。フランクは気にして、段差は侍従に担がせると言うけれど。重いし、申し訳ないと感じてしまう。リリーに回り込んでもらう方が、気持ちが楽なの。
「そういえば、ヘンリック様。国王陛下の譲位が噂になっているそうですね」
「ああ、そのようだ。俺も休みだから、関わっていないが」
それって、休んでいていい案件かしら。でも不穏な状況なら、文官が泣きついてくるわよね。放っておいても平気なんだわ、きっと。
「ああ、そうだ。陛下の退位前に、第一王子殿下の立太子が行われる。しばらくしたら挨拶に行こう」
落ち着いてから出かける。そう言われたら、私も納得した。立太子の儀は、貴族の立ち合いを必要としない。国のために尽くすことを神前で誓うだけなの。その祭壇も王宮の奥にあるため、王族以外は立ち会わないのが通例だった。
立太子した後で、親しい貴族は挨拶に行くんですって。お披露目は次の夜会なのだけれど、それが二ヶ月後の譲位と同時みたい。随分と忙しいスケジュールだけど、陛下が大病でもしたのかしら。
「病……まあ、ある意味そうだな」
頭の中身が腐ってるという意味だ。はっきり断言したヘンリック様は、悪びれる様子がない。ベルントやフランクも注意しないので、私も何も言わなかった。屋敷の中でくらい、好きにしたらいいわ。
あの陛下だもの。かなりストレス溜まっていると思う。
「レオン、お野菜も食べてね」
「あい!」
あーんと口を開け、ヘンリック様が慣れた手つきでスープを運ぶ。野菜をもぐもぐするレオンは、話を聞いていない。ほっとしちゃうわ。教育上、あまり良くない話題に思われて、話を逸らした。
「夜会の服を作らなくてはいけないわね」
「安心してくれ、もう注文してある。王太子殿下への挨拶の方が先だな」
「そうね。そちらはレオンも一緒に行けるといいけれど」
さすがに夜会は無理ね。留守番してもらうことになる。でも顔合わせの挨拶なら、昼間だろうし。考えながら口にすれば、ヘンリック様は満面の笑みで頷いた。
「お揃いで作ろう!」
よほど気に入ったのね。ドレスコードとかも詳しくないし、この際お任せしましょう。
1,581
お気に入りに追加
4,243
あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

罠に嵌められたのは一体誰?
チカフジ ユキ
恋愛
卒業前夜祭とも言われる盛大なパーティーで、王太子の婚約者が多くの人の前で婚約破棄された。
誰もが冤罪だと思いながらも、破棄された令嬢は背筋を伸ばし、それを認め国を去ることを誓った。
そして、その一部始終すべてを見ていた僕もまた、その日に婚約が白紙になり、仕方がないかぁと思いながら、実家のある隣国へと帰って行った。
しかし帰宅した家で、なんと婚約破棄された元王太子殿下の婚約者様が僕を出迎えてた。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる