164 / 274
164.小さな疑問の棘と猫の真似
しおりを挟む
一日のうち、二時間ほど。ヘンリック様は仕事で書斎に閉じこもる。王宮の仕事を休んでも、領地の仕事があるのかと思った。でも違うみたい。そう感じた理由は、王宮から届く手紙よ。こっそりと王宮から仕事が回されているのでは? と疑うほどの頻度だった。
ベルントにそれとなく確認したけれど、言葉を濁すのよ。ヘンリック様に口止めされているのかも。
「おかぁしゃま。どうじょ」
居間のソファに座るレオンが、小さな手でカップを差し出す。中身は入っておらず、豪華な食器を使ったおままごとだった。
「美味しそうね、いただくわ」
カップを手に取り、飲むフリをする。レオンは満面の笑みで、今度はお皿を押した。
「これも、どうじょ」
「まあ、こちらもいいの? 嬉しいわ」
お皿を引き寄せて、こてりと首を傾げる。レオンが手を動かして摘む仕草をしたので、茶菓子だろうと当たりをつけて宙を摘んで口に運ぶ。向かいでは、ユリアーナが花を並べていた。おままごとに使うのではなく、押し花を作るらしいわ。
「あにゃ、なぁに? ぼくも」
何をしてるの、僕も! 子供らしい好奇心で、すぐに別の遊びに飛びつく。おままごとは終わりみたい。手招きして、リリーに片付けてもらった。陶器なので重いし、割ると危ないわ。
うにゃぁ……。濁点がつく一歩手前、微妙な声でミアが鳴いた。リリーの開けた隙間を利用し、入り込んだのね。寝室に侵入したあの日から、我が物顔で別邸を闊歩している。
「あ、にあだ」
ミア……にあ。うん、似ているわ。ご機嫌のレオンは、押し花の準備をするユリアーナから興味が逸れた。そのまま猫に向かって一直線だ。茶トラの大きな猫は、すぐにレオンに追いつかれた。のっしのしと歩くミアの背中から、お腹へと腕を回す。
「レオン、ミアが嫌がったら離すのよ」
「うん」
まあ、ミアは大人しいから我慢してくれると思うけれど。一応動物だから、怒ったら爪を立てるかもしれないわ。軽い引っ掻き傷程度なら、勉強と思うべきよね。こういう時に、すぐ動けない状態は辛かった。足の骨、すぐに治ればいいのに。
ミアは抱き上げようとするレオンに、抵抗せずに従った。でもやっぱり大きくて持ち上がらない。べろんと伸びた状態で、不満そうな顔をした。表情豊かな猫だわ。尻尾が大きく左右に揺れ始めるが、爪や牙は出ない。
「レオン、ミアが疲れちゃうわよ」
「ちかれた? にあ」
話しかけられても、猫は無言だ。ただ尻尾は雄弁だった。そろそろ下ろせと訴えている。
「お? また捕まったのか、どんくさい奴」
ユリアンがミアを揶揄うが、近づいた途端にシャーと威嚇された。どうやら寛容に振る舞うのはレオン相手だけみたい。おかしくて笑うと、ユリアンがぷくっと頬を膨らませた。
「さきほどの言葉遣いはダメよ。もしレオンが覚えたらどうするの」
不貞腐れても拗ねてもダメよ。言い聞かされたユリアンは、渋々だけれど「ごめんなさい」をしたので許した。同時に、重さに耐えかねたレオンから、ミアも解放される。
ぶにゃぁ。礼か、挨拶? レオンを振り返ったミアは濁声で鳴いて、暖炉前の暖かな一角で丸くなる。追いかけたレオンが「にゃぁ」と小声で鳴き真似をして、同じように転がった。可愛すぎて、鼻血が出るかと思ったわ。
ベルントにそれとなく確認したけれど、言葉を濁すのよ。ヘンリック様に口止めされているのかも。
「おかぁしゃま。どうじょ」
居間のソファに座るレオンが、小さな手でカップを差し出す。中身は入っておらず、豪華な食器を使ったおままごとだった。
「美味しそうね、いただくわ」
カップを手に取り、飲むフリをする。レオンは満面の笑みで、今度はお皿を押した。
「これも、どうじょ」
「まあ、こちらもいいの? 嬉しいわ」
お皿を引き寄せて、こてりと首を傾げる。レオンが手を動かして摘む仕草をしたので、茶菓子だろうと当たりをつけて宙を摘んで口に運ぶ。向かいでは、ユリアーナが花を並べていた。おままごとに使うのではなく、押し花を作るらしいわ。
「あにゃ、なぁに? ぼくも」
何をしてるの、僕も! 子供らしい好奇心で、すぐに別の遊びに飛びつく。おままごとは終わりみたい。手招きして、リリーに片付けてもらった。陶器なので重いし、割ると危ないわ。
うにゃぁ……。濁点がつく一歩手前、微妙な声でミアが鳴いた。リリーの開けた隙間を利用し、入り込んだのね。寝室に侵入したあの日から、我が物顔で別邸を闊歩している。
「あ、にあだ」
ミア……にあ。うん、似ているわ。ご機嫌のレオンは、押し花の準備をするユリアーナから興味が逸れた。そのまま猫に向かって一直線だ。茶トラの大きな猫は、すぐにレオンに追いつかれた。のっしのしと歩くミアの背中から、お腹へと腕を回す。
「レオン、ミアが嫌がったら離すのよ」
「うん」
まあ、ミアは大人しいから我慢してくれると思うけれど。一応動物だから、怒ったら爪を立てるかもしれないわ。軽い引っ掻き傷程度なら、勉強と思うべきよね。こういう時に、すぐ動けない状態は辛かった。足の骨、すぐに治ればいいのに。
ミアは抱き上げようとするレオンに、抵抗せずに従った。でもやっぱり大きくて持ち上がらない。べろんと伸びた状態で、不満そうな顔をした。表情豊かな猫だわ。尻尾が大きく左右に揺れ始めるが、爪や牙は出ない。
「レオン、ミアが疲れちゃうわよ」
「ちかれた? にあ」
話しかけられても、猫は無言だ。ただ尻尾は雄弁だった。そろそろ下ろせと訴えている。
「お? また捕まったのか、どんくさい奴」
ユリアンがミアを揶揄うが、近づいた途端にシャーと威嚇された。どうやら寛容に振る舞うのはレオン相手だけみたい。おかしくて笑うと、ユリアンがぷくっと頬を膨らませた。
「さきほどの言葉遣いはダメよ。もしレオンが覚えたらどうするの」
不貞腐れても拗ねてもダメよ。言い聞かされたユリアンは、渋々だけれど「ごめんなさい」をしたので許した。同時に、重さに耐えかねたレオンから、ミアも解放される。
ぶにゃぁ。礼か、挨拶? レオンを振り返ったミアは濁声で鳴いて、暖炉前の暖かな一角で丸くなる。追いかけたレオンが「にゃぁ」と小声で鳴き真似をして、同じように転がった。可愛すぎて、鼻血が出るかと思ったわ。
1,567
お気に入りに追加
4,243
あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

罠に嵌められたのは一体誰?
チカフジ ユキ
恋愛
卒業前夜祭とも言われる盛大なパーティーで、王太子の婚約者が多くの人の前で婚約破棄された。
誰もが冤罪だと思いながらも、破棄された令嬢は背筋を伸ばし、それを認め国を去ることを誓った。
そして、その一部始終すべてを見ていた僕もまた、その日に婚約が白紙になり、仕方がないかぁと思いながら、実家のある隣国へと帰って行った。
しかし帰宅した家で、なんと婚約破棄された元王太子殿下の婚約者様が僕を出迎えてた。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。
西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。
私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。
それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」
と宣言されるなんて・・・

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる