153 / 274
153.車椅子が届いたわ
しおりを挟む
夜はレオンを挟んで川の字で眠り、朝になったら一緒に食事をする。リリー達がワンピースに一工夫してくれたの。前部分をすべてボタン式に付け替え、着替えを楽にしていた。とても助かるわ。
ワンピースの上に下ろしてもらい、巻いてボタンを止めるだけ。リリーやマーサはもちろん、街の洋裁店も協力している。便利なので普段から使いたいと伝えたら、貴族夫人としてどうか……とベルントに注意された。
子爵家までは、令嬢や夫人達も複雑な服を着用しない。使用人の数が限られているからよ。でも伯爵家以上は使用人が余るほど雇われていた。これも雇用を生み出しているから、無駄ではないの。貴族家の嫡子以外は外へ出て働く必要があるんだもの。
町娘のように、酒場や飲食店で働くのは外聞が悪い。将来の結婚も見据え、王宮や高位貴族の侍女を目指した。騎士や執事を志す次男三男も珍しくなかった。彼女らの仕事を創出するのも、高位貴族の役割なのだ。
私が自分で服を脱いだり着たりすると、侍女の仕事を奪うことになる。化粧も髪結いも人に任せることが、その人達の生活を守ることだった。理解はできるけれど、自室にいる時に着替える分くらいダメかしら。
リリー達が眉尻を下げて悲しそうにするので、私が折れた。我が侭を言ったのは私、手間を掛けさせるのが仕事。こればかりは仕方ないわ。
王妃殿下から続いた国王陛下からの二度の手紙、最後の手紙にヘンリック様は長い長い返信をした。見せてもらえなかったけれど、怒りに燃える表情でおおよその見当はつく。説教が八割、本題が二割かしら。王都へは行かないから自分で何とかしろ、と書いたならもっと短いかも。
「車椅子が届くぞ」
朝の着替えが終わったところへ、笑顔のヘンリック様が報告にきた。転んでから五日目、待ち望んだ車椅子が届く。ようやく屋敷内を動き回れそう。
「まあ、楽しみですわ」
左足首に体重を掛けなければ、激痛はない。そのためリリーやマーサが両脇から抱えてくれたら、移動できると思う。肩や腰の痛みはあるけれど、そのくらいは我慢よね。
ベルントが押して運んできたのは、前世で見た車椅子より車輪が小さかった。馬車同様、車輪の回転はない。どうやって向きを変えるのかしら。前輪は小さく、後輪はやや大きめ。自分で車輪を回さない貴族夫人用だから、後輪が大きい必要がない。後ろに押すための手すりがあった。
椅子は籐に似た軽い素材で、骨組みは金属製だ。ヘンリック様に抱き上げられ、ゆっくり下された。座布団代わりのクッションに支えられ、座り心地はいい。背中にクッションを差し込み、リリーが膝掛けを差し出した。足を置く台は固定式なのね。
「素敵だわ、ありがとうございます。ヘンリック様」
「ベッドの上だけでは、アマーリアも退屈だろう。レオンと一緒に散歩でも楽しんでくれ」
もう少し良くなったら、温泉もまた行きたいわ。傷の後遺症対策にも湯治は効果があるし、せっかくの温泉地だもの。そう口にしたら、お医者様の許可を得てからと釘を刺された。
「おかしゃま、これ……はや、い?」
言いづらいところは丁寧に切って話す。レオンの成長を感じて、嬉しくなった。
「どうかしら。後でお散歩に付き合ってちょうだいね」
「うん!」
小さな約束が生まれた。
ワンピースの上に下ろしてもらい、巻いてボタンを止めるだけ。リリーやマーサはもちろん、街の洋裁店も協力している。便利なので普段から使いたいと伝えたら、貴族夫人としてどうか……とベルントに注意された。
子爵家までは、令嬢や夫人達も複雑な服を着用しない。使用人の数が限られているからよ。でも伯爵家以上は使用人が余るほど雇われていた。これも雇用を生み出しているから、無駄ではないの。貴族家の嫡子以外は外へ出て働く必要があるんだもの。
町娘のように、酒場や飲食店で働くのは外聞が悪い。将来の結婚も見据え、王宮や高位貴族の侍女を目指した。騎士や執事を志す次男三男も珍しくなかった。彼女らの仕事を創出するのも、高位貴族の役割なのだ。
私が自分で服を脱いだり着たりすると、侍女の仕事を奪うことになる。化粧も髪結いも人に任せることが、その人達の生活を守ることだった。理解はできるけれど、自室にいる時に着替える分くらいダメかしら。
リリー達が眉尻を下げて悲しそうにするので、私が折れた。我が侭を言ったのは私、手間を掛けさせるのが仕事。こればかりは仕方ないわ。
王妃殿下から続いた国王陛下からの二度の手紙、最後の手紙にヘンリック様は長い長い返信をした。見せてもらえなかったけれど、怒りに燃える表情でおおよその見当はつく。説教が八割、本題が二割かしら。王都へは行かないから自分で何とかしろ、と書いたならもっと短いかも。
「車椅子が届くぞ」
朝の着替えが終わったところへ、笑顔のヘンリック様が報告にきた。転んでから五日目、待ち望んだ車椅子が届く。ようやく屋敷内を動き回れそう。
「まあ、楽しみですわ」
左足首に体重を掛けなければ、激痛はない。そのためリリーやマーサが両脇から抱えてくれたら、移動できると思う。肩や腰の痛みはあるけれど、そのくらいは我慢よね。
ベルントが押して運んできたのは、前世で見た車椅子より車輪が小さかった。馬車同様、車輪の回転はない。どうやって向きを変えるのかしら。前輪は小さく、後輪はやや大きめ。自分で車輪を回さない貴族夫人用だから、後輪が大きい必要がない。後ろに押すための手すりがあった。
椅子は籐に似た軽い素材で、骨組みは金属製だ。ヘンリック様に抱き上げられ、ゆっくり下された。座布団代わりのクッションに支えられ、座り心地はいい。背中にクッションを差し込み、リリーが膝掛けを差し出した。足を置く台は固定式なのね。
「素敵だわ、ありがとうございます。ヘンリック様」
「ベッドの上だけでは、アマーリアも退屈だろう。レオンと一緒に散歩でも楽しんでくれ」
もう少し良くなったら、温泉もまた行きたいわ。傷の後遺症対策にも湯治は効果があるし、せっかくの温泉地だもの。そう口にしたら、お医者様の許可を得てからと釘を刺された。
「おかしゃま、これ……はや、い?」
言いづらいところは丁寧に切って話す。レオンの成長を感じて、嬉しくなった。
「どうかしら。後でお散歩に付き合ってちょうだいね」
「うん!」
小さな約束が生まれた。
1,641
お気に入りに追加
4,242
あなたにおすすめの小説

罠に嵌められたのは一体誰?
チカフジ ユキ
恋愛
卒業前夜祭とも言われる盛大なパーティーで、王太子の婚約者が多くの人の前で婚約破棄された。
誰もが冤罪だと思いながらも、破棄された令嬢は背筋を伸ばし、それを認め国を去ることを誓った。
そして、その一部始終すべてを見ていた僕もまた、その日に婚約が白紙になり、仕方がないかぁと思いながら、実家のある隣国へと帰って行った。
しかし帰宅した家で、なんと婚約破棄された元王太子殿下の婚約者様が僕を出迎えてた。

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。
西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。
私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。
それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」
と宣言されるなんて・・・

美しい容姿の義妹は、私の婚約者を奪おうとしました。だったら、貴方には絶望してもらいましょう。
久遠りも
恋愛
美しい容姿の義妹は、私の婚約者を奪おうとしました。だったら、貴方には絶望してもらいましょう。
※一話完結です。
ゆるゆる設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる