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144.間違いを正す決意 ***SIDE公爵
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項垂れている場合ではない。失った信用や関係も、誠実な謝罪と行動の積み重ねで取り戻せばいい。俺が人並みの感情を得たように、新しく築いても間に合うはずだ。
「あの二人には謝る。お前……ベルントも悪かった。相談があるんだが、聞いてくれるか」
自然と口から謝罪が出て、ベルントは柔らかな表情で頷いた。そこで気づく。フランクは父ヨーナスより年上だった。息子とまで言わないが、ベルントはフランクより一回り若い。経験を重ねた分だけ優しく、彼らは俺のやり直しを待っていた。
もしかしたら、変わらないかもしれない主人を……黙って見守っていたのだ。その愛情の深さと献身に胸が詰まった。大声で泣き喚きたい気持ちを堪え、アマーリアとの契約内容を口にする。
区切りながら、言葉を誤魔化さずに伝えた。彼女の人格も権利も無視し、金で買ったようなものだ。批判されることを覚悟した。
「ずっと秘めておられたのですか。お辛かったでしょう」
思わぬ発言に泣きそうになり、唇を噛んだ。被害者はアマーリアだ。俺が泣くのは間違っている。
「旦那様は間違っていました。それを自覚なさったなら、次はどうすればよいか……ご存知のはずです」
「アマーリアに詫びて、契約の変更を願い出ようと思う」
「良いお考えですが、愛情もお伝えした方がよろしいかと」
「だが」
契約で人生を縛り、未来を金で買った男だ。そんな夫から契約を変更して愛し合おうと言われて、彼女は迷惑なのではないか。困らせるくらいなら、このままでも……。暗い方へ引っ張られた考えを、ベルントが叱る。
何を決意し、相談したのか! 変化を求めるからではないのか。そう問われ、拳を強く握った。
「奥様は真っ直ぐなお方です。旦那様が間違ったなら、叱ってくださいます」
「そう、だな。叱られてやり直せばいい」
正直、まだ怖い。拒まれる恐怖を抱えながら、それでも進むと決めたのは自分自身だ。覚悟を決めるべきなのだろう。
アマーリアに嫌われていないのだから、もっと好かれるように努力する。レオンとの交流も楽しい。伯爵家の皆と過ごす家族の時間は、初めて尽くしで心踊った。わからないことを、誰も嘲笑しない。
絨毯が敷かれたあの部屋で、俺は人として成長したのだ。引き返す気はなかった。一度でも味わったら、蜜の味は忘れられない。求めて焦がれて、手を伸ばし続ける。
「ですが旦那様、もう一つ片付ける案件がおありなのでは?」
「わかっている」
このままでは、国王陛下が国を傾ける。王女を溺愛するだけなら構わないが、役目を放棄するなら話は別だった。王妃殿下の手紙を思い出す。いざとなれば……いや、まだ早いか。回り始めた思考は、幾つもの問答を繰り返して煮詰まっていく。
「旦那様、奥様や若君がお待ちなのではありませんか」
ベルントの言葉で、集中力と思考がぷつんと途絶えた。慌てて部屋を出ようと立ち上がり、いつもと違う別邸の椅子に脛をぶつける。痛みに顔を歪め足を引き摺りながら、大急ぎで家族の元へ向かった。
「あの二人には謝る。お前……ベルントも悪かった。相談があるんだが、聞いてくれるか」
自然と口から謝罪が出て、ベルントは柔らかな表情で頷いた。そこで気づく。フランクは父ヨーナスより年上だった。息子とまで言わないが、ベルントはフランクより一回り若い。経験を重ねた分だけ優しく、彼らは俺のやり直しを待っていた。
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区切りながら、言葉を誤魔化さずに伝えた。彼女の人格も権利も無視し、金で買ったようなものだ。批判されることを覚悟した。
「ずっと秘めておられたのですか。お辛かったでしょう」
思わぬ発言に泣きそうになり、唇を噛んだ。被害者はアマーリアだ。俺が泣くのは間違っている。
「旦那様は間違っていました。それを自覚なさったなら、次はどうすればよいか……ご存知のはずです」
「アマーリアに詫びて、契約の変更を願い出ようと思う」
「良いお考えですが、愛情もお伝えした方がよろしいかと」
「だが」
契約で人生を縛り、未来を金で買った男だ。そんな夫から契約を変更して愛し合おうと言われて、彼女は迷惑なのではないか。困らせるくらいなら、このままでも……。暗い方へ引っ張られた考えを、ベルントが叱る。
何を決意し、相談したのか! 変化を求めるからではないのか。そう問われ、拳を強く握った。
「奥様は真っ直ぐなお方です。旦那様が間違ったなら、叱ってくださいます」
「そう、だな。叱られてやり直せばいい」
正直、まだ怖い。拒まれる恐怖を抱えながら、それでも進むと決めたのは自分自身だ。覚悟を決めるべきなのだろう。
アマーリアに嫌われていないのだから、もっと好かれるように努力する。レオンとの交流も楽しい。伯爵家の皆と過ごす家族の時間は、初めて尽くしで心踊った。わからないことを、誰も嘲笑しない。
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「ですが旦那様、もう一つ片付ける案件がおありなのでは?」
「わかっている」
このままでは、国王陛下が国を傾ける。王女を溺愛するだけなら構わないが、役目を放棄するなら話は別だった。王妃殿下の手紙を思い出す。いざとなれば……いや、まだ早いか。回り始めた思考は、幾つもの問答を繰り返して煮詰まっていく。
「旦那様、奥様や若君がお待ちなのではありませんか」
ベルントの言葉で、集中力と思考がぷつんと途絶えた。慌てて部屋を出ようと立ち上がり、いつもと違う別邸の椅子に脛をぶつける。痛みに顔を歪め足を引き摺りながら、大急ぎで家族の元へ向かった。
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