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138.嫌なことは後回しにしたいわ
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私と手すりの間を往復するレオンは、温泉をめいっぱい楽しんだみたい。タオルで髪を乾かして着替えたら、レオンはあふっと欠伸をした。長湯しすぎたかしら。
外へ出ると、そわそわしながらリリーとマーサが待っていて、タオルを回収された。マーサは手早くレオンの頭にタオルを巻く。建物の玄関ホールに置かれた椅子では、騎士を連れたヘンリック様が待っていた。
「お待たせしましたか」
「いや、今来たところだ」
まだ濡れている黒髪に触れて、冷たさに苦笑いする。新しいタオルを受け取り、ヘンリック様の髪を拭いた。ヘンリック様が断れば、侍女は勝手に手を出せないものね。
ボサボサになってしまった髪を、彼は手櫛で整える。リリーがブラシを差し出し、手早く梳かした。私は長いので、くるりと巻いて出てきた。その髪を侍女が気にしている。こういう場面では手を借りた方がいいのよね。
「お願いできるかしら、リリー」
「はい! 奥様」
嬉しそうに髪を乾かし始めた。玄関ホール脇の小部屋に備え付けの暖炉は火が入り、部屋全体が暖かい。扉が開放されていたので、玄関ホールも暖かく感じられた。
「失礼致します。旦那様、王都より伝令が参りました」
別宅の管理人が封筒を持って駆け寄る。嫌な予感がするわ。封筒の宛名を確認し、くるりと裏返したヘンリック様が眉根を寄せた。国王陛下からの手紙だったら、無視したいわね。
「ヘンリック様、緊急ですの?」
「いや、赤ラインは入っていない」
赤い下線が入っていたら、緊急の知らせだ。つまり急げとは示されていない。
「では、まず別宅に戻りましょう」
管理人が乗ってきた馬車があるが、荷物と彼だけ帰ってもらった。私達は手を繋いで、ゆっくり帰る。髪を巻いて帽子を被った私は、レオンの寄り道に付き合う。ヘンリック様も自然と歩調がゆっくりになった。
「これ!」
あげると差し出されたのは、綺麗な黄色い銀杏の葉。見上げると、見事な紅葉だった。隣でヘンリック様ももらっている。
「銀杏があるかも」
「ぎん、なん?」
首を傾げたヘンリック様の様子に、そういえば料理に入っているのを見たことがないと気づいた。
「これですわ。中に実があって……」
説明するも、食べ物と認識されなかった。臭いもするし、癖がある味だから……貴族には流行らないのね。美味しいからではなく、季節の変化を楽しむ意味で食べた記憶しかない。拾った後の手間も面倒だし、食べなくてもいいわね。
食糧難にでもなったら考えましょう。拾った実を木の根元に戻し、葉っぱに夢中のレオンを促した。考え事をしている間に、ヘンリック様までどんぐりを拾っている。レオンに渡すと、大喜びしていた。
別宅に戻ったら手紙を読まないわけにいかない。読んで、帰ってこいと書いてあったら。真面目なヘンリック様は従おうとするでしょう。命令でなければ、無視できないかしら。
同行したベルントは、微笑ましいと顔に書いて見守る姿勢だ。お昼の日差しがまだ暖かい時間、何度か立ち止まる。別宅までの道を、往路の二倍近くかけて歩いた。嫌なことはできるだけ後回しにしたいわ。
外へ出ると、そわそわしながらリリーとマーサが待っていて、タオルを回収された。マーサは手早くレオンの頭にタオルを巻く。建物の玄関ホールに置かれた椅子では、騎士を連れたヘンリック様が待っていた。
「お待たせしましたか」
「いや、今来たところだ」
まだ濡れている黒髪に触れて、冷たさに苦笑いする。新しいタオルを受け取り、ヘンリック様の髪を拭いた。ヘンリック様が断れば、侍女は勝手に手を出せないものね。
ボサボサになってしまった髪を、彼は手櫛で整える。リリーがブラシを差し出し、手早く梳かした。私は長いので、くるりと巻いて出てきた。その髪を侍女が気にしている。こういう場面では手を借りた方がいいのよね。
「お願いできるかしら、リリー」
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嬉しそうに髪を乾かし始めた。玄関ホール脇の小部屋に備え付けの暖炉は火が入り、部屋全体が暖かい。扉が開放されていたので、玄関ホールも暖かく感じられた。
「失礼致します。旦那様、王都より伝令が参りました」
別宅の管理人が封筒を持って駆け寄る。嫌な予感がするわ。封筒の宛名を確認し、くるりと裏返したヘンリック様が眉根を寄せた。国王陛下からの手紙だったら、無視したいわね。
「ヘンリック様、緊急ですの?」
「いや、赤ラインは入っていない」
赤い下線が入っていたら、緊急の知らせだ。つまり急げとは示されていない。
「では、まず別宅に戻りましょう」
管理人が乗ってきた馬車があるが、荷物と彼だけ帰ってもらった。私達は手を繋いで、ゆっくり帰る。髪を巻いて帽子を被った私は、レオンの寄り道に付き合う。ヘンリック様も自然と歩調がゆっくりになった。
「これ!」
あげると差し出されたのは、綺麗な黄色い銀杏の葉。見上げると、見事な紅葉だった。隣でヘンリック様ももらっている。
「銀杏があるかも」
「ぎん、なん?」
首を傾げたヘンリック様の様子に、そういえば料理に入っているのを見たことがないと気づいた。
「これですわ。中に実があって……」
説明するも、食べ物と認識されなかった。臭いもするし、癖がある味だから……貴族には流行らないのね。美味しいからではなく、季節の変化を楽しむ意味で食べた記憶しかない。拾った後の手間も面倒だし、食べなくてもいいわね。
食糧難にでもなったら考えましょう。拾った実を木の根元に戻し、葉っぱに夢中のレオンを促した。考え事をしている間に、ヘンリック様までどんぐりを拾っている。レオンに渡すと、大喜びしていた。
別宅に戻ったら手紙を読まないわけにいかない。読んで、帰ってこいと書いてあったら。真面目なヘンリック様は従おうとするでしょう。命令でなければ、無視できないかしら。
同行したベルントは、微笑ましいと顔に書いて見守る姿勢だ。お昼の日差しがまだ暖かい時間、何度か立ち止まる。別宅までの道を、往路の二倍近くかけて歩いた。嫌なことはできるだけ後回しにしたいわ。
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