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123.温かいんじゃなくて熱い

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 部屋の片付けまで済ませてくれたと聞いて、お礼を奮発しようと決めた。王妃マルレーネ様付きの侍女達が、協力を申し出たらしい。てきぱきと荷造りをするリリーとマーサの隣で、部屋を整える。きっとマルレーネ様のお詫びでしょうね。

 こちらのお詫びは有り難いので、お礼の手紙に……そうね、何か添えて送りましょう。国王陛下に関しては、すでに現時点でもやらかしていた。手紙を携えた使者が到着したのだ。返事をもらうまで帰ってくるなと命じられたようで、玄関脇で困り果てていた。

「ベルント、使用人部屋に空きがあれば泊めてあげて。お気の毒だわ」

 ありがとうございますと感謝の声に続き、拝まれてしまった。苦笑しながら、こちらこそと言いたくなるのを呑み込んだ。私達が帰ってきたから、派遣されたんだもの。見捨てて外で寝ろとか言えないわ。

 リリーとマーサには、明日の休暇と特別支給のご褒美を告げて休ませた。荷物を整理すると言い出したので、それは他の侍女に明日任せると説明する。がくりと肩を落としたので、彼女達にもう一度伝えた。解任や落ち度があったわけじゃなく、労いの気持ちなのよ、と。

 言葉を尽くせば、誤解なんて消えるわ。明るい表情で引き上げる二人を見送り、ベルントと歩き始め……慌てて方向を変えた。

「いけない、ヘンリック様とレオンが待ってるのよ」

 自室へ引き上げちゃうところだったわ。母親が息子との約束を守らないなんて、天使に泣かれちゃう。ヘンリック様のお部屋の前には、フランクが立っていた。今日は何故か胸の前で手を組んで、祈るような姿勢ばかり。何か心配事があるのかも。

 彼に促されて、間接照明の薄暗い部屋に入る。ヘンリック様は、目を輝かせた。本当にレオンと同じで、素直な方よね。これで公爵閣下として仕事ができるんだもの。仕事中はよほど表情を引き締めているのでしょう。

「お待たせしました、あら……レオンは眠っちゃったのかしら」

 真ん中で両手を広げて眠るレオンは、私がベッドに入ると胸元に潜り込んできた。肩にヘンリック様の手が触れ、驚いて顔を上げる。

「上掛けが……」

 きちんと掛かっていなかった。口の中でもそもそと告げ、そのまま横になってしまう。手は私の肩の近くにあり、上掛けを押さえている形だ。そんなに寝相悪くないと思うけれど……お昼寝の時に蹴飛ばしたかしら。

 ヘンリック様の手は大きくて、当たり前だけれど温かい。肩に触れた手のひらが、じわりと熱を伝えてきた。

「っ、ヘンリック様! もしかしてお熱が!!」

 レオンがいるのを忘れ、がばっと身を起こす。手を伸ばして額に触れれば、やはり熱かった。退室したフランクかベルントを呼ばなくちゃ。慌てた私はベッドから飛び出し、扉を開けて駆け出す。

 後ろを追いかけてきたヘンリック様に気付くのは、フランクと合流してからだった。

「ヘンリック様、寝ていてください。あ! レオンが一人になってるわ」

 大急ぎで取って返し、目を覚ましたレオンを抱きしめる。泣く前でよかったわ。

「ヘンリック様は?」

「おとちゃ、ま?」

 ふらふらと戻ってきたヘンリック様は、フランクに叱られながら横になる。看病は私がするので、準備だけ整えてもらった。念の為、フランクとベルントが交代で廊下に控える予定だ。

 大変なことになったわ。心労が原因だったら、王宮に乗り込んでやるんだから!
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