上 下
113 / 131

113.二度あることは三度ある

しおりを挟む
 陛下からの手紙を携えた使者は、半日の間に二往復させられた。気の毒なので、玄関脇の従者用の控え室へ通す。お茶を出すよう指示した。

 ヘンリック様の返信は早いが、使者の往復速度を考えても……国王陛下も即答で返しているわね。いっそ二人が直接話したほうが早いのだけれど。使者の方が気の毒だわ。

「いえいえ、逆にこの程度の距離のお遣いなら日帰り距離ですから」

 辺境伯家へ行ってこいと命じられるより、ずっと楽です。そんな雑談が飛び出た頃、ヘンリック様が本日三度目の封筒を差し出した。

「ご苦労だった。今日はこれを届けたら、帰宅してよろしい。返事は明日まで受領しないと書いた」

「ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げた使者は、嬉しそうに馬に飛び乗った。王家の旗を掲げているため、ゆっくり歩いていく。レオンが「おうま、たん……てくてく」と表現し、抱きしめてしまったわ。なんて可愛いのかしら。

「王家の旗を掲げた使者は、緊急時以外は馬を走らせない。人目のない山道は別だ」

 ヘンリック様がレオンに説明している? 先ほどの言葉から、ゆっくり歩かせる理由を教えているのね。嬉しくなってお礼を告げた。以前放置していたのは、扱い方を知らなかったから。自分がされていないことは、ヘンリック様も知らなかったのね。

 そう考えると、以前屋敷に来た先代のヨーナス様の無能っぷりが際立つわ。まだ顔も知らない義母だって、ヘンリック様を抱きしめるくらいできたはずよ。

「うっくり?」

 レオンの発した言葉が理解できなかったのか、私に確認の視線を向ける。

「そう、ゆっくりなの」

 レオンに相槌を打つ形で知らせた。なるほどと頷くヘンリック様が、レオンの舌っ足らずな言葉を覚える日も近いわね。

「急いで走らせると、不測の事態が起きたと勘違いさせてしまう」

 レオンには難しいから、噛み砕いた。皆が何かあったのかと心配しちゃうでしょう? と。ゆっくりは心配させないの。レオンは大きく頷いた。両手を広げて、ぽすっと抱きつく。顔を首筋に押し当て、すりすりと頬を寄せた。

「どうしたの?」

「ぼく、うっくり、する」

 僕もゆっくり動いて、皆に心配かけない。幼子の世界は広いが視野は狭く、一つのことに夢中になってしまう。よい方向へ働くこともあれば、こうして勘違いする危険もあった。

「レオンはいっぱい、好きに遊んでいいの。ダメなことはお母様が教えます」

「うん」

 降りたいと手で訴えるレオンを下ろせば、今度はヘンリック様の足に抱きついた。

「おとちゃま、すりってして」

 抱き上げて頬を寄せて。甘えるように強請る息子を、ぎこちなくヘンリック様が抱えた。首筋に顔を埋めるレオンの黒髪を、恐る恐る手のひらで撫でる。

 いけない、目の奥がじんとしちゃったわ。泣いてしまいそう。やや上を向いて瞬きし、涙を誤魔化した。レオンがヘンリック様を恨む未来にならなくてよかったわ。
しおりを挟む
感想 335

あなたにおすすめの小説

お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ
恋愛
 ――なぜならわたしが奪うから。  正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈 
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

【完結済】結婚式の翌日、私はこの結婚が白い結婚であることを知りました。

鳴宮野々花@初書籍発売中【二度婚約破棄】
恋愛
 共に伯爵家の令嬢と令息であるアミカとミッチェルは幸せな結婚式を挙げた。ところがその夜ミッチェルの体調が悪くなり、二人は別々の寝室で休むことに。  その翌日、アミカは偶然街でミッチェルと自分の友人であるポーラの不貞の事実を知ってしまう。激しく落胆するアミカだったが、侯爵令息のマキシミリアーノの助けを借りながら二人の不貞の証拠を押さえ、こちらの有責にされないように離婚にこぎつけようとする。  ところが、これは白い結婚だと不貞の相手であるポーラに言っていたはずなのに、日が経つごとにミッチェルの様子が徐々におかしくなってきて───

もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません

片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。 皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。 もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。

【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

処理中です...