104 / 274
104.素敵な友人と温室で
しおりを挟む
「ヘンリック様?」
「……アマーリアが嫌でなければ、お受けしたらどうだろう」
ヘンリック様は後押しする。ならば、政治的な意図や問題はないのね。先ほどの驚いた顔の理由は、あとで尋ねることにした。さすがに人前で聞く内容でもないし。
「よろしくお願いいたします、マルレーネ様」
「ああ、よかったわ。ありがとう、アマーリア夫人」
心から安心した表情で、ほわりと微笑む。マルレーネ様は美しい方だわ。お顔やスタイルだけじゃなくて、内面も美しく優しいのでしょう。王妃殿下として、貴族然とした部分もお持ちだけれど。それは私も同じなので気にならなかった。
貴族の夫人や令嬢は、素の顔を家族にも見せない人が多いから。複数の仮面を常備するのが、貴族の嗜みよ。同時に貴族の業でもあると思う。
「友人を突然呼びつけた無礼、本当にごめんなさいね」
王族は謝ってはいけないのではなくて? 驚いた私に、ヘンリック様は小さく頷く。
「王族は謝ってはならない。このルールも側近や乳兄弟、友人には適用されないんだ」
「そう、なのですか。マルレーネ様の呼び出しではございませんし、怒っておりません」
マルレーネ様ではなく、呼び出したのは陛下ですものね。にっこり笑って主犯を示す。私の口調から察したのか、マルレーネ様は苦笑いした。そこで庇う気はないみたい。
「では、俺は仕事に行くので失礼します。アマーリア、レオンを頼む」
「はい、いってらっしゃいませ。ヘンリック様」
軽い会釈で送り出した。じっと見つめるマルレーネ様は、私が腰掛けるのを待って話しかける。
「毎日、ああしてお見送りするの?」
「そうですね。結婚当初はしませんでしたが、今は日常です」
嘘はつかない。そんな友人関係は必ず拗れてしまうから。言えない話なら我慢してもらい、事実は柔らかく伝えればいいわ。
温室は居心地の良い空間で、公爵家にはないので羨ましくなる。ここなら雨の日もお散歩ができるし、一年中花を咲かせられるわ。場所はあるのだし、ヘンリック様に相談してみようかしら。
走り回る幼子を、乳母と侍女がサポートする。転ばないよう手を出した侍女を見て、「あっ」と声が漏れた。マルレーネ様は何も感じなかったのか、不思議そうにしている。
「失礼します」
立ち上がって近づき、スカートへ飛びつくレオンを受け止める。それから侍女にお願いの形で指示を出した。
「レオンが転びそうになっても、手を貸さないでほしいの。転んでも構いません。抱き起こすのはお願いしますね」
「はい」
公爵夫人からの指示として、侍女は了承を返した。王宮の使用人はしっかりしているわ。転ぶ前に手を出してしまう。だから必要な指示だった。戻った私に、マルレーネ様は理由を尋ねる。
「どうして手助けはダメなの?」
「自分でバランスよく歩く機会を奪うからですわ。転んで泣いても、転んだ記憶と痛みは無駄になりません。私はそう考えております」
言外に「王女殿下は別です」と匂わせた。これはケンプフェルト公爵家のやり方ではなく、弟妹を育て前世で他人の子を預かった私の育児方法だ。王族が同じ行為をする必要も理由もない。
転んで痛い思いをすれば、転ばないよう工夫する。この頃の失敗はたくさんした方がいい。私はそう考えていた。顔から転ぶ場合は別だけれど……レオンはちゃんと手をつけるから。成長のチャンスを奪うのは、レオンが可哀想だわ。
「アマーリア夫人と、もっと親しく話したいわ」
えっと、それは何かの比喩表現でしょうか。
「……アマーリアが嫌でなければ、お受けしたらどうだろう」
ヘンリック様は後押しする。ならば、政治的な意図や問題はないのね。先ほどの驚いた顔の理由は、あとで尋ねることにした。さすがに人前で聞く内容でもないし。
「よろしくお願いいたします、マルレーネ様」
「ああ、よかったわ。ありがとう、アマーリア夫人」
心から安心した表情で、ほわりと微笑む。マルレーネ様は美しい方だわ。お顔やスタイルだけじゃなくて、内面も美しく優しいのでしょう。王妃殿下として、貴族然とした部分もお持ちだけれど。それは私も同じなので気にならなかった。
貴族の夫人や令嬢は、素の顔を家族にも見せない人が多いから。複数の仮面を常備するのが、貴族の嗜みよ。同時に貴族の業でもあると思う。
「友人を突然呼びつけた無礼、本当にごめんなさいね」
王族は謝ってはいけないのではなくて? 驚いた私に、ヘンリック様は小さく頷く。
「王族は謝ってはならない。このルールも側近や乳兄弟、友人には適用されないんだ」
「そう、なのですか。マルレーネ様の呼び出しではございませんし、怒っておりません」
マルレーネ様ではなく、呼び出したのは陛下ですものね。にっこり笑って主犯を示す。私の口調から察したのか、マルレーネ様は苦笑いした。そこで庇う気はないみたい。
「では、俺は仕事に行くので失礼します。アマーリア、レオンを頼む」
「はい、いってらっしゃいませ。ヘンリック様」
軽い会釈で送り出した。じっと見つめるマルレーネ様は、私が腰掛けるのを待って話しかける。
「毎日、ああしてお見送りするの?」
「そうですね。結婚当初はしませんでしたが、今は日常です」
嘘はつかない。そんな友人関係は必ず拗れてしまうから。言えない話なら我慢してもらい、事実は柔らかく伝えればいいわ。
温室は居心地の良い空間で、公爵家にはないので羨ましくなる。ここなら雨の日もお散歩ができるし、一年中花を咲かせられるわ。場所はあるのだし、ヘンリック様に相談してみようかしら。
走り回る幼子を、乳母と侍女がサポートする。転ばないよう手を出した侍女を見て、「あっ」と声が漏れた。マルレーネ様は何も感じなかったのか、不思議そうにしている。
「失礼します」
立ち上がって近づき、スカートへ飛びつくレオンを受け止める。それから侍女にお願いの形で指示を出した。
「レオンが転びそうになっても、手を貸さないでほしいの。転んでも構いません。抱き起こすのはお願いしますね」
「はい」
公爵夫人からの指示として、侍女は了承を返した。王宮の使用人はしっかりしているわ。転ぶ前に手を出してしまう。だから必要な指示だった。戻った私に、マルレーネ様は理由を尋ねる。
「どうして手助けはダメなの?」
「自分でバランスよく歩く機会を奪うからですわ。転んで泣いても、転んだ記憶と痛みは無駄になりません。私はそう考えております」
言外に「王女殿下は別です」と匂わせた。これはケンプフェルト公爵家のやり方ではなく、弟妹を育て前世で他人の子を預かった私の育児方法だ。王族が同じ行為をする必要も理由もない。
転んで痛い思いをすれば、転ばないよう工夫する。この頃の失敗はたくさんした方がいい。私はそう考えていた。顔から転ぶ場合は別だけれど……レオンはちゃんと手をつけるから。成長のチャンスを奪うのは、レオンが可哀想だわ。
「アマーリア夫人と、もっと親しく話したいわ」
えっと、それは何かの比喩表現でしょうか。
1,850
お気に入りに追加
4,242
あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

罠に嵌められたのは一体誰?
チカフジ ユキ
恋愛
卒業前夜祭とも言われる盛大なパーティーで、王太子の婚約者が多くの人の前で婚約破棄された。
誰もが冤罪だと思いながらも、破棄された令嬢は背筋を伸ばし、それを認め国を去ることを誓った。
そして、その一部始終すべてを見ていた僕もまた、その日に婚約が白紙になり、仕方がないかぁと思いながら、実家のある隣国へと帰って行った。
しかし帰宅した家で、なんと婚約破棄された元王太子殿下の婚約者様が僕を出迎えてた。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。
西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。
私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。
それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」
と宣言されるなんて・・・


【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。

前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!
お好み焼き
恋愛
ずっと辛かった。幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。だから精霊王様に頼んだ。アーカイム様をお慕いするわたくしを全て消して下さい、と。
……。
…………。
「レオくぅーん!いま会いに行きます!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる