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91.マルレーネ様のお気遣い

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 王妃殿下の差配でお茶会が進んでいく。会話の内容は穏やかで、子育ての話題は盛り上がった。絵本の読み聞かせの苦労は誰も同じようで、声色を変える練習をしたと笑う王妃殿下に親しみを感じる。

 呼び方は迷って、ヘンリック様に相談した。王妃と呼ばないよう名前の許可をもらったのだから、マルレーネ様とお呼びする。畏れ多いことだわ。

「そうね、私は侯爵家の出身でしたわ。なのに公爵家の方々より立場が上になったの。慣れてしまうまで、名前を呼ぶのを避けたこともあるのよ」

 経験を絡めて、明るく話してくれる。

「元は伯爵家の一令嬢に過ぎませんので。困惑しております」

 正直に語る私の手を握り、マルレーネ様はにっこり笑った。温かな手は爪まで丁寧に整えられている。私の荒れた指先をじっと見られ、恥ずかしいと思った。働き者の手だわ、誇るべきよ。そう言われた時は泣きそうになった。

「レオンは……っ、あ!」

 何をしているかしら。話題と視線を逸らそうとして、レオン達に意識を向けた。途端に悲鳴に近い声が出る。王女殿下と何を始めたのか。二人とも泥だらけだった。お揃いの服で大人しくは、まだ無理だったみたいね。

 ふふっと笑ってしまった。怒る気になれない。幼い子は服を汚すもので、黙って大人しく座って悪さをしない子がいたら、心配になっちゃう。

「……おかしゃま? よごいたった」

 汚れちゃったわね。言葉を訂正しながら、マルレーネ様に一礼して立ち上がる。王女殿下がずずっと鼻を啜った。すぐに侍女が対応するが、レオンは泥のついた手で顔に触れてしまう。

「あら、レオンの可愛いお顔に泥がついたわよ」

 取り出したハンカチで、丁寧に頬を拭った。泥は湿っていたが、すぐに取れる。

「レオン」

 ヘンリック様が少し厳しい声を出した。過去に接点が少なかったため、叱られた経験はない。レオンは怖がらずに顔を上げた。

「こちらに来い」

 呼ばれるまま、とてとてと歩く。触れる手前で「強く叱らないで」と伝えようとしたが、ヘンリック様は汚れたレオンの手を丁寧に拭った。屈んで目線を合わせ、叱らずに言い聞かせる。

「今日は大人しくする約束だっただろう」

「うん、ごめんちゃい」

 レオンが謝ると、よくできたと頭を撫でる。驚いて動けずに見ていた。ヘンリック様はレオンを椅子に座らせ、自分も着座する。それから私に視線で促した。王女殿下も侍女に抱かれて戻るようなので、慌てて椅子に腰掛ける。

「政略結婚で結婚式に花嫁を放置したと噂を聞いたのよ。ケンプフェルト公爵が、きちんと奥様を大切にしていて安心したわ」

 嫌味を潜ませた言葉で、ちくりとヘンリック様を攻撃する。マルレーネ様は私と向き合い、小さな声で付け足した。

「これで、他家の貴族に何を言われても突っぱねられるわね」

 先ほどの疑問の答えがわかったわ。王妃として、筆頭公爵家の不仲説を打ち消そうとした。だからマルレーネ様はこのテーブルに着き、私やヘンリック様に積極的に話しかけたのね。仲が良いと周囲に知らしめる手伝いをしてくれたんだわ。

「ありがとうございます、マルレーネ様」

 周囲に聞こえるよう、声を張って返した。これが正解ですよね?
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