91 / 274
91.マルレーネ様のお気遣い
しおりを挟む
王妃殿下の差配でお茶会が進んでいく。会話の内容は穏やかで、子育ての話題は盛り上がった。絵本の読み聞かせの苦労は誰も同じようで、声色を変える練習をしたと笑う王妃殿下に親しみを感じる。
呼び方は迷って、ヘンリック様に相談した。王妃と呼ばないよう名前の許可をもらったのだから、マルレーネ様とお呼びする。畏れ多いことだわ。
「そうね、私は侯爵家の出身でしたわ。なのに公爵家の方々より立場が上になったの。慣れてしまうまで、名前を呼ぶのを避けたこともあるのよ」
経験を絡めて、明るく話してくれる。
「元は伯爵家の一令嬢に過ぎませんので。困惑しております」
正直に語る私の手を握り、マルレーネ様はにっこり笑った。温かな手は爪まで丁寧に整えられている。私の荒れた指先をじっと見られ、恥ずかしいと思った。働き者の手だわ、誇るべきよ。そう言われた時は泣きそうになった。
「レオンは……っ、あ!」
何をしているかしら。話題と視線を逸らそうとして、レオン達に意識を向けた。途端に悲鳴に近い声が出る。王女殿下と何を始めたのか。二人とも泥だらけだった。お揃いの服で大人しくは、まだ無理だったみたいね。
ふふっと笑ってしまった。怒る気になれない。幼い子は服を汚すもので、黙って大人しく座って悪さをしない子がいたら、心配になっちゃう。
「……おかしゃま? よごいたった」
汚れちゃったわね。言葉を訂正しながら、マルレーネ様に一礼して立ち上がる。王女殿下がずずっと鼻を啜った。すぐに侍女が対応するが、レオンは泥のついた手で顔に触れてしまう。
「あら、レオンの可愛いお顔に泥がついたわよ」
取り出したハンカチで、丁寧に頬を拭った。泥は湿っていたが、すぐに取れる。
「レオン」
ヘンリック様が少し厳しい声を出した。過去に接点が少なかったため、叱られた経験はない。レオンは怖がらずに顔を上げた。
「こちらに来い」
呼ばれるまま、とてとてと歩く。触れる手前で「強く叱らないで」と伝えようとしたが、ヘンリック様は汚れたレオンの手を丁寧に拭った。屈んで目線を合わせ、叱らずに言い聞かせる。
「今日は大人しくする約束だっただろう」
「うん、ごめんちゃい」
レオンが謝ると、よくできたと頭を撫でる。驚いて動けずに見ていた。ヘンリック様はレオンを椅子に座らせ、自分も着座する。それから私に視線で促した。王女殿下も侍女に抱かれて戻るようなので、慌てて椅子に腰掛ける。
「政略結婚で結婚式に花嫁を放置したと噂を聞いたのよ。ケンプフェルト公爵が、きちんと奥様を大切にしていて安心したわ」
嫌味を潜ませた言葉で、ちくりとヘンリック様を攻撃する。マルレーネ様は私と向き合い、小さな声で付け足した。
「これで、他家の貴族に何を言われても突っぱねられるわね」
先ほどの疑問の答えがわかったわ。王妃として、筆頭公爵家の不仲説を打ち消そうとした。だからマルレーネ様はこのテーブルに着き、私やヘンリック様に積極的に話しかけたのね。仲が良いと周囲に知らしめる手伝いをしてくれたんだわ。
「ありがとうございます、マルレーネ様」
周囲に聞こえるよう、声を張って返した。これが正解ですよね?
呼び方は迷って、ヘンリック様に相談した。王妃と呼ばないよう名前の許可をもらったのだから、マルレーネ様とお呼びする。畏れ多いことだわ。
「そうね、私は侯爵家の出身でしたわ。なのに公爵家の方々より立場が上になったの。慣れてしまうまで、名前を呼ぶのを避けたこともあるのよ」
経験を絡めて、明るく話してくれる。
「元は伯爵家の一令嬢に過ぎませんので。困惑しております」
正直に語る私の手を握り、マルレーネ様はにっこり笑った。温かな手は爪まで丁寧に整えられている。私の荒れた指先をじっと見られ、恥ずかしいと思った。働き者の手だわ、誇るべきよ。そう言われた時は泣きそうになった。
「レオンは……っ、あ!」
何をしているかしら。話題と視線を逸らそうとして、レオン達に意識を向けた。途端に悲鳴に近い声が出る。王女殿下と何を始めたのか。二人とも泥だらけだった。お揃いの服で大人しくは、まだ無理だったみたいね。
ふふっと笑ってしまった。怒る気になれない。幼い子は服を汚すもので、黙って大人しく座って悪さをしない子がいたら、心配になっちゃう。
「……おかしゃま? よごいたった」
汚れちゃったわね。言葉を訂正しながら、マルレーネ様に一礼して立ち上がる。王女殿下がずずっと鼻を啜った。すぐに侍女が対応するが、レオンは泥のついた手で顔に触れてしまう。
「あら、レオンの可愛いお顔に泥がついたわよ」
取り出したハンカチで、丁寧に頬を拭った。泥は湿っていたが、すぐに取れる。
「レオン」
ヘンリック様が少し厳しい声を出した。過去に接点が少なかったため、叱られた経験はない。レオンは怖がらずに顔を上げた。
「こちらに来い」
呼ばれるまま、とてとてと歩く。触れる手前で「強く叱らないで」と伝えようとしたが、ヘンリック様は汚れたレオンの手を丁寧に拭った。屈んで目線を合わせ、叱らずに言い聞かせる。
「今日は大人しくする約束だっただろう」
「うん、ごめんちゃい」
レオンが謝ると、よくできたと頭を撫でる。驚いて動けずに見ていた。ヘンリック様はレオンを椅子に座らせ、自分も着座する。それから私に視線で促した。王女殿下も侍女に抱かれて戻るようなので、慌てて椅子に腰掛ける。
「政略結婚で結婚式に花嫁を放置したと噂を聞いたのよ。ケンプフェルト公爵が、きちんと奥様を大切にしていて安心したわ」
嫌味を潜ませた言葉で、ちくりとヘンリック様を攻撃する。マルレーネ様は私と向き合い、小さな声で付け足した。
「これで、他家の貴族に何を言われても突っぱねられるわね」
先ほどの疑問の答えがわかったわ。王妃として、筆頭公爵家の不仲説を打ち消そうとした。だからマルレーネ様はこのテーブルに着き、私やヘンリック様に積極的に話しかけたのね。仲が良いと周囲に知らしめる手伝いをしてくれたんだわ。
「ありがとうございます、マルレーネ様」
周囲に聞こえるよう、声を張って返した。これが正解ですよね?
1,999
お気に入りに追加
4,249
あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ
青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。
今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。
婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。
その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。
実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

皇太女の暇つぶし
Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。
「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」
*よくある婚約破棄ものです
*初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

美しい容姿の義妹は、私の婚約者を奪おうとしました。だったら、貴方には絶望してもらいましょう。
久遠りも
恋愛
美しい容姿の義妹は、私の婚約者を奪おうとしました。だったら、貴方には絶望してもらいましょう。
※一話完結です。
ゆるゆる設定です。


妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる