90 / 274
90.嫉妬深い夫と思われたようです
しおりを挟む
綺麗に着飾ったのに、ぺたんとお尻をついて……。仕方ないわね。レオンを見た王女殿下が真似をして、レンガ敷きの通路にぺたりと座った。ひっと息を呑むけれど、王妃殿下は「あらあら」と笑うだけ。侍女達も動かないことから、普段からの行動なのだと安心した。
レオンのせいでお行儀悪く振る舞ったなんて思われたら、あの子が可哀想だもの。
「ケンプフェルト公爵夫人……遠い感じがするわね。親しさを込めて、アマーリア夫人と呼んでも構わないかしら?」
「はい、王妃殿下。とても光栄ですわ」
王族が名前で呼ぶのは親しみの表れだ。私が王妃殿下と親しくできれば、今後の公爵家に寄与できる。上位の貴族が下位の者を呼び捨てにするのは、部下である場合が多い。仕事の付き合いで面倒な尊称や肩書きを省く。今回のように「夫人」を付けるのは、これとは別の事例だった。
フランクに教わった通りなら、王妃殿下は私を気に入ったと表現している。光栄だと受け止め、そのまま返した。取り繕ったところで、いつか素が出るもの。最初から私らしく振る舞って、ダメなら距離を置けばいい。
「マルレーネと呼んでね」
明るい口調で言われ、目を丸くした。この場合、尊称はどうしたら? マルレーネ夫人……は違う。ならば、マルレーネ王妃様? 私が呼び方に迷う間に、ヘンリック様が動いた。
「マルレーネ様、妻は社交慣れしておりません。いきなり距離を詰めるのはどうかと」
丁寧な口調で苦言を呈する。そうよ、テーブルには夫も一緒だったんだわ。公爵閣下だし、そつなく対応してもらえるはず。ほっとしながら顔を向ければ、彼は王妃殿下へ厳しい表情を向けた。
「嫉妬深いのね」
「当然でしょう、俺の妻です」
気安い口調でやり取りする様子を、きょろきょろと左右に首を動かして眺める。女性に厳しいかと思ったけれど、そうでもないのね。国王陛下とは従兄弟だし、もしかしたらよくお話されるのかも。ほっとすると同時に、もやもやする。緊張しすぎて、気分が悪いのかしら。
胸元に手を当てたことに目敏く気づいたヘンリック様が、椅子から立ち上がった。見上げながら、自然と彼の方へ向き直る。私の足元に膝を突き、心配そうに両手を握った。
「顔色が悪い。帰ろう」
「いえいえいえ、平気です」
やや大きな声が出てしまった。だって、思わぬことを言い出すんですもの。王家のお茶会に出て、まだ何もしていないのに帰るのは失礼だわ。ヘンリック様に具合が悪いのではなく緊張しただけと伝え、心配のお礼も足した。
「本当に平気か?」
「はい、ですから席にお戻りください」
注目されちゃってます! 最後の一言は呑み込み、右側の他公爵家の席を視線で示す。見られていますよ、仕草で注意を促した。ヘンリック様はちらりと確認し、仕方なさそうに立ち上がる。席に戻ったところへ、王妃殿下がころころと鈴を転がすように笑った。
「まぁ! ヘンリック殿のこんな表情が見られるなんて……今日は本当に驚いたわ。でも夫婦仲がよくて安心しましたよ」
少し大きな声で告げて、よその公爵家の皆様に「見物は終わり」と言い渡した。さりげない所作で視線を逸らす二つのテーブルは、何もなかったようにお茶会が再開する。ふと気になった。どうして長テーブルにしないで、丸いテーブルでお客様を分けたのでしょうか。
レオンのせいでお行儀悪く振る舞ったなんて思われたら、あの子が可哀想だもの。
「ケンプフェルト公爵夫人……遠い感じがするわね。親しさを込めて、アマーリア夫人と呼んでも構わないかしら?」
「はい、王妃殿下。とても光栄ですわ」
王族が名前で呼ぶのは親しみの表れだ。私が王妃殿下と親しくできれば、今後の公爵家に寄与できる。上位の貴族が下位の者を呼び捨てにするのは、部下である場合が多い。仕事の付き合いで面倒な尊称や肩書きを省く。今回のように「夫人」を付けるのは、これとは別の事例だった。
フランクに教わった通りなら、王妃殿下は私を気に入ったと表現している。光栄だと受け止め、そのまま返した。取り繕ったところで、いつか素が出るもの。最初から私らしく振る舞って、ダメなら距離を置けばいい。
「マルレーネと呼んでね」
明るい口調で言われ、目を丸くした。この場合、尊称はどうしたら? マルレーネ夫人……は違う。ならば、マルレーネ王妃様? 私が呼び方に迷う間に、ヘンリック様が動いた。
「マルレーネ様、妻は社交慣れしておりません。いきなり距離を詰めるのはどうかと」
丁寧な口調で苦言を呈する。そうよ、テーブルには夫も一緒だったんだわ。公爵閣下だし、そつなく対応してもらえるはず。ほっとしながら顔を向ければ、彼は王妃殿下へ厳しい表情を向けた。
「嫉妬深いのね」
「当然でしょう、俺の妻です」
気安い口調でやり取りする様子を、きょろきょろと左右に首を動かして眺める。女性に厳しいかと思ったけれど、そうでもないのね。国王陛下とは従兄弟だし、もしかしたらよくお話されるのかも。ほっとすると同時に、もやもやする。緊張しすぎて、気分が悪いのかしら。
胸元に手を当てたことに目敏く気づいたヘンリック様が、椅子から立ち上がった。見上げながら、自然と彼の方へ向き直る。私の足元に膝を突き、心配そうに両手を握った。
「顔色が悪い。帰ろう」
「いえいえいえ、平気です」
やや大きな声が出てしまった。だって、思わぬことを言い出すんですもの。王家のお茶会に出て、まだ何もしていないのに帰るのは失礼だわ。ヘンリック様に具合が悪いのではなく緊張しただけと伝え、心配のお礼も足した。
「本当に平気か?」
「はい、ですから席にお戻りください」
注目されちゃってます! 最後の一言は呑み込み、右側の他公爵家の席を視線で示す。見られていますよ、仕草で注意を促した。ヘンリック様はちらりと確認し、仕方なさそうに立ち上がる。席に戻ったところへ、王妃殿下がころころと鈴を転がすように笑った。
「まぁ! ヘンリック殿のこんな表情が見られるなんて……今日は本当に驚いたわ。でも夫婦仲がよくて安心しましたよ」
少し大きな声で告げて、よその公爵家の皆様に「見物は終わり」と言い渡した。さりげない所作で視線を逸らす二つのテーブルは、何もなかったようにお茶会が再開する。ふと気になった。どうして長テーブルにしないで、丸いテーブルでお客様を分けたのでしょうか。
1,955
お気に入りに追加
4,249
あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ
青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。
今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。
婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。
その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。
実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

皇太女の暇つぶし
Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。
「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」
*よくある婚約破棄ものです
*初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです


美しい容姿の義妹は、私の婚約者を奪おうとしました。だったら、貴方には絶望してもらいましょう。
久遠りも
恋愛
美しい容姿の義妹は、私の婚約者を奪おうとしました。だったら、貴方には絶望してもらいましょう。
※一話完結です。
ゆるゆる設定です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる