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87.褒めて育てるのは得意よ
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王宮の庭は薔薇が美しい季節だった。赤、白、黄、紫、ピンク……色とりどりの大輪の花が競って咲く。珍しい緑の薔薇も見つけたわ。葉っぱの間にひっそりと、小さく咲いていた。白の亜種かしら。
大輪の薔薇は美しいけれど、諺通りに棘がある。レオンがうっかり握ったり、転んだりしないように注意しなくては。まず母親目線で危険な場所、危険なものを覚えておく。
「王族は最後だから、先に席に着こう」
馬車を降りてからずっと、三人で手を繋いでいる。真ん中のレオンはご機嫌で、最高の笑顔を振りまいた。まさに天使ね、本当に可愛いの。他に褒め言葉が思いつかないわ。うちの子が一番可愛いと思う。
釣られて笑顔になるのは私だけでなく、周囲も同じだった。王宮の案内に立つ侍従も、テーブルにつく侍女も、庭園の警護をする騎士も。誰もがレオンの笑顔に応えるように、表情が和らぐ。やっぱり天使なんだわ。
「レオン、素敵な笑顔だわ」
「うん! ぼく、がんばる」
あら、ちゃんと言えたわ。偉いわと褒めてたくさん撫でた。可能ならいつものように抱き上げたいけれど、ドレスなので我慢した。帰ったら、いっぱい抱きしめましょう。
「……笑顔を、褒めるのか?」
「ええ。褒められたら嬉しいでしょう? ヘンリック様も表情が柔らかくて、いつもより素敵ですわ」
笑顔を添えて褒めると、わかりやすく赤面した。仕事場を兼ねている王宮だから、ぐっと堪えている。でも首筋や耳が赤くなって……頬はほんのりと。
ヘンリック様は感情が希薄なのではなく、表に出すのが下手なのね。褒められるレオンに首を傾げているから、ほとんど褒められた経験がないのかもしれない。優秀な方だけれど、ご両親には恵まれなかった。そういうことかしら。
案内された席は、王妃様がご一緒なさるみたい。一番上位の位置にある丸テーブルに落ち着いた。ヘンリック様がレオンの手を離す。抱き上げないとレオンは座れないわね。そう思った私より早く、ヘンリック様が両腕を伸ばす。
「おいで、レオン」
「おとちゃま! あい!!」
いい返事をして、両手を伸ばした。ヘンリック様は受け止めて、ひょいっと軽い動作で椅子に座らせる。子供用の椅子ではないが、クッションで高さを調整した。きちんと座ったレオンは、私を向いて瞬きする。
「いい子ね、レオン。お返事も立派だったわ。ヘンリック様もありがとうございます」
「ああ」
褒められ待ちする、レオンの仕草が本当に愛おしい。嬉しそうにレオンは足を揺らした。注意する前に、自分で止めたけれど。このくらいのおいたは、笑って許せる範囲だった。
ヘンリック様も褒めれば、ぶっきらぼうな答えと裏腹に頬が緩んでいる。基本的にはセットで褒める方向ね。二人とも褒めたらできる子だわ。
侍従が椅子を引き、ヘンリック様の手を借りて座った。ドレスがシワになりそうで怖いわ。気をつけて座った私を確認し、ヘンリック様は優雅な仕草で腰掛ける。
見惚れてしまった。公爵閣下ともなれば、やっぱり所作が違う。こればかりは付け焼き刃の私では無理だった。ほぅ……と吐息が漏れる。僅かに首を傾げて無言で問うヘンリック様に、そっと告げた。
「すごく綺麗な所作で、見惚れました。見習いたいです」
「……そうか」
ぼんっと音がしそうな勢いで、ヘンリック様が赤くなる。今度は頬も手も、見える肌が色づいた。でもすぐに深呼吸して落ち着けてしまう。高位貴族は感情をコントロールできると聞いたけれど、なんだか切ない技術ね。
大輪の薔薇は美しいけれど、諺通りに棘がある。レオンがうっかり握ったり、転んだりしないように注意しなくては。まず母親目線で危険な場所、危険なものを覚えておく。
「王族は最後だから、先に席に着こう」
馬車を降りてからずっと、三人で手を繋いでいる。真ん中のレオンはご機嫌で、最高の笑顔を振りまいた。まさに天使ね、本当に可愛いの。他に褒め言葉が思いつかないわ。うちの子が一番可愛いと思う。
釣られて笑顔になるのは私だけでなく、周囲も同じだった。王宮の案内に立つ侍従も、テーブルにつく侍女も、庭園の警護をする騎士も。誰もがレオンの笑顔に応えるように、表情が和らぐ。やっぱり天使なんだわ。
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「うん! ぼく、がんばる」
あら、ちゃんと言えたわ。偉いわと褒めてたくさん撫でた。可能ならいつものように抱き上げたいけれど、ドレスなので我慢した。帰ったら、いっぱい抱きしめましょう。
「……笑顔を、褒めるのか?」
「ええ。褒められたら嬉しいでしょう? ヘンリック様も表情が柔らかくて、いつもより素敵ですわ」
笑顔を添えて褒めると、わかりやすく赤面した。仕事場を兼ねている王宮だから、ぐっと堪えている。でも首筋や耳が赤くなって……頬はほんのりと。
ヘンリック様は感情が希薄なのではなく、表に出すのが下手なのね。褒められるレオンに首を傾げているから、ほとんど褒められた経験がないのかもしれない。優秀な方だけれど、ご両親には恵まれなかった。そういうことかしら。
案内された席は、王妃様がご一緒なさるみたい。一番上位の位置にある丸テーブルに落ち着いた。ヘンリック様がレオンの手を離す。抱き上げないとレオンは座れないわね。そう思った私より早く、ヘンリック様が両腕を伸ばす。
「おいで、レオン」
「おとちゃま! あい!!」
いい返事をして、両手を伸ばした。ヘンリック様は受け止めて、ひょいっと軽い動作で椅子に座らせる。子供用の椅子ではないが、クッションで高さを調整した。きちんと座ったレオンは、私を向いて瞬きする。
「いい子ね、レオン。お返事も立派だったわ。ヘンリック様もありがとうございます」
「ああ」
褒められ待ちする、レオンの仕草が本当に愛おしい。嬉しそうにレオンは足を揺らした。注意する前に、自分で止めたけれど。このくらいのおいたは、笑って許せる範囲だった。
ヘンリック様も褒めれば、ぶっきらぼうな答えと裏腹に頬が緩んでいる。基本的にはセットで褒める方向ね。二人とも褒めたらできる子だわ。
侍従が椅子を引き、ヘンリック様の手を借りて座った。ドレスがシワになりそうで怖いわ。気をつけて座った私を確認し、ヘンリック様は優雅な仕草で腰掛ける。
見惚れてしまった。公爵閣下ともなれば、やっぱり所作が違う。こればかりは付け焼き刃の私では無理だった。ほぅ……と吐息が漏れる。僅かに首を傾げて無言で問うヘンリック様に、そっと告げた。
「すごく綺麗な所作で、見惚れました。見習いたいです」
「……そうか」
ぼんっと音がしそうな勢いで、ヘンリック様が赤くなる。今度は頬も手も、見える肌が色づいた。でもすぐに深呼吸して落ち着けてしまう。高位貴族は感情をコントロールできると聞いたけれど、なんだか切ない技術ね。
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