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85.褒められると思わなかったわ
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「おかしゃま!」
とてとてと擬音をつけたくなる走り方で、レオンが私に飛びついた。ドレスだからダメですよ、とイルゼに注意される。マーサが慌てて追いかけて、ブローチを胸元に留めた。
花を模したブローチだけど、子供騙しのデザインではない。立体的な彫刻が施されたカメオのようなブローチだった。これなら、私がつけても違和感がないわ。次にまたお茶会に出かけるとき、借りようかしら。
「可愛いわ、レオン。くるりと回ってみせて」
レオンは笑顔で一周した。シャツは白に近い水色、私の裾の色と同じね。胸元の濃い青を使った半ズボンは公式の集まりなので、膝小僧を覆う程度。少し余裕を持たせてあるので、サスペンダーで留めていた。その上から、薄手のベストを着用する。ボタンが凝っていて、白蝶貝だった。
「すごく素敵よ、私をエスコートしてくださる? 小さな紳士様」
「うん……じゃなくて、あい」
フランクに習った礼を披露し、手を伸ばす。まだ手のひらを上じゃなくて、普通に握る時の仕草だった。緊張した様子はなくて安心する。レオンの手をしっかり握り、一緒に歩き出した。久しぶりのヒールが高い靴は、なんだかふらふらする。
階段がなくてよかったわ。部屋を一階に移したお陰で、二階に用はないのよ。レオンがもう少し成長したら、自室を二階に戻さないと。階段に不慣れなのも危ないし、毎日の運動として最適なのよね。
玄関ホールへ出ると、ヘンリック様が待っていた。濃い青の正装は、デザイン画で見ている。なのに、人が着用するとこんなに違うのね。全く別の服のようだった。軍服に似た前留めの飾りは金糸で仕上げられ、地の色が濃い分だけ華やかさを増す。
レオンと揃えたのか、ボタンは白蝶貝だ。同色糸で施された刺繍が、動くたびにきらりと存在を主張した。袖や裾、襟はこれでもかと緻密な金刺繍が輝く。ヘンリック様の黒髪は、服の青よりくっきりと目を引いた。
金糸を使ったレース素材を重ねたタイに、縞瑪瑙の蜂が留まっていた。レースの上にあるからか、私達のブローチより色が濃く見える。指先が黒髪に触れようとして、隣のフランクにそっと止められた。
カッコいい公爵閣下、なのに……頬を赤く染めてこちらを凝視する。もしかして、私、何かおかしい? 慌てて確認するも、鏡がないのでわからない。見送りの侍女達に尋ねようか迷った、その時。
「おとちゃま、おねちゅ?」
「違うと思うわ……えっと、ヘンリック様? とても素敵ですわ。本日はよろしくお願いしますね」
なぜ頬を染めているのか、判断できずに曖昧に誤魔化す。レオンは否定されたことで安心したらしい。繋いだ手をぶらぶら揺らして、その場でくるりと回った。
「おとちゃま! ぼく、かわい?」
「…………っ、あ、ああ! レオンに似合っている。その……アマーリアも、とても綺麗で……」
言葉を詰まらせるから、私は慌ててしまった。なぜかしら、すごく暑くて……視線を逸らす。褒められるなんて思わなかったわ。
とてとてと擬音をつけたくなる走り方で、レオンが私に飛びついた。ドレスだからダメですよ、とイルゼに注意される。マーサが慌てて追いかけて、ブローチを胸元に留めた。
花を模したブローチだけど、子供騙しのデザインではない。立体的な彫刻が施されたカメオのようなブローチだった。これなら、私がつけても違和感がないわ。次にまたお茶会に出かけるとき、借りようかしら。
「可愛いわ、レオン。くるりと回ってみせて」
レオンは笑顔で一周した。シャツは白に近い水色、私の裾の色と同じね。胸元の濃い青を使った半ズボンは公式の集まりなので、膝小僧を覆う程度。少し余裕を持たせてあるので、サスペンダーで留めていた。その上から、薄手のベストを着用する。ボタンが凝っていて、白蝶貝だった。
「すごく素敵よ、私をエスコートしてくださる? 小さな紳士様」
「うん……じゃなくて、あい」
フランクに習った礼を披露し、手を伸ばす。まだ手のひらを上じゃなくて、普通に握る時の仕草だった。緊張した様子はなくて安心する。レオンの手をしっかり握り、一緒に歩き出した。久しぶりのヒールが高い靴は、なんだかふらふらする。
階段がなくてよかったわ。部屋を一階に移したお陰で、二階に用はないのよ。レオンがもう少し成長したら、自室を二階に戻さないと。階段に不慣れなのも危ないし、毎日の運動として最適なのよね。
玄関ホールへ出ると、ヘンリック様が待っていた。濃い青の正装は、デザイン画で見ている。なのに、人が着用するとこんなに違うのね。全く別の服のようだった。軍服に似た前留めの飾りは金糸で仕上げられ、地の色が濃い分だけ華やかさを増す。
レオンと揃えたのか、ボタンは白蝶貝だ。同色糸で施された刺繍が、動くたびにきらりと存在を主張した。袖や裾、襟はこれでもかと緻密な金刺繍が輝く。ヘンリック様の黒髪は、服の青よりくっきりと目を引いた。
金糸を使ったレース素材を重ねたタイに、縞瑪瑙の蜂が留まっていた。レースの上にあるからか、私達のブローチより色が濃く見える。指先が黒髪に触れようとして、隣のフランクにそっと止められた。
カッコいい公爵閣下、なのに……頬を赤く染めてこちらを凝視する。もしかして、私、何かおかしい? 慌てて確認するも、鏡がないのでわからない。見送りの侍女達に尋ねようか迷った、その時。
「おとちゃま、おねちゅ?」
「違うと思うわ……えっと、ヘンリック様? とても素敵ですわ。本日はよろしくお願いしますね」
なぜ頬を染めているのか、判断できずに曖昧に誤魔化す。レオンは否定されたことで安心したらしい。繋いだ手をぶらぶら揺らして、その場でくるりと回った。
「おとちゃま! ぼく、かわい?」
「…………っ、あ、ああ! レオンに似合っている。その……アマーリアも、とても綺麗で……」
言葉を詰まらせるから、私は慌ててしまった。なぜかしら、すごく暑くて……視線を逸らす。褒められるなんて思わなかったわ。
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