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81.もう一人の幼子

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 昼食はレストランの個室だった。予約をしていた様子はないけれど、公爵家の名を告げたら用意される。この辺は貴族としての家格が関係するみたい。前世でも、ホテルが常連用の部屋を空けておく習慣があったけれど、同じかしら。

「味はどうだ」

「とても美味しいですわ、ね? レオン」

「うん!」

 三人一緒が嬉しいレオンは、すぐに返事をした。笑顔のレオンへ注ぐヘンリック様の視線も柔らかい。本当に普通の家族みたいだわ。料理はコース料理なので、一つずつ運ばれてくる。途中でヘンリック様が指示をして、デザート以外を纏めて並べた。

「おんなし!」

 同じの濁点がないけれど、子供らしい元気な声で喜ぶ。レオンにパンを持たせ、千切って口に運ぶ役目を与えた。私の分もレオンが千切るの。ヘンリック様がそわそわして、椅子から立ちあがった。

「レオン、俺にもくれないか」

「いいぉ」

 はい、と元気よくパンを口に押し込む。結構勢い良かったけれど、ヘンリック様は嬉しそうだった。仲間に入りたくて家族の周りをうろつく犬が思い浮かび、微笑ましい気持ちになる。

 立派に国の仕事をこなし、国王陛下に頼られる公爵閣下であっても、私にとっては幼子同然。情緒が育ち始めたヘンリック様は、褒められた経験が少ないのでしょうね。それに触れ合いも足りなかったみたい。

「ご立派ですわ、ヘンリック様。レオンが喜んでいて、私は幸せです」

 きっと、大人同士の会話はまだ早いの。裏を読め、と交わされる貴族の会話はこなすでしょう。これは勉強と同じ、繰り返しで培われた技術だった。でも家族の触れ合いは未経験に近い。そんなヘンリック様を褒めるなら直球で、レオンへ向ける言葉がぴったりだ。

 よくできましたと褒め、いけないことは理由を添えて教える。当初の契約婚の内容とずれてきたけれど、私は好意的に現状を受け止めていた。だって、社会的地位も財力も家柄も揃っているのに、中身は可愛い子供なんですもの。

 嬉しそうに頬を染めるヘンリック様に、レオンはまたパンを差し出す。小さな手が千切るパンは、ボロボロとこぼれやすい。上手に手で受けて、口に入れたヘンリック様は席に戻った。

 レオンは続いて自分の口に入れ、最後の一切れを私へ。ありがたく受け取るわね。咀嚼する間に、肉を切り分けてレオンに食べさせた。大人の口に入れるサイズの半分、それでも大きいくらいね。顔を上げると、ヘンリック様が凝視している。

「ヘンリック様も、あーん」

 私の呼びかけに、身を乗り出したヘンリック様が口を開く。やや大きめの肉を食べさせ、いつもの癖で食べる姿を見守った。喉に詰まらない大きさだったみたい……え? いま、私……ヘンリック様に食べさせたの?

 ここでようやく我に返るも、取り返しはつかない。視線を忙しく彷徨わせながら、自分の口に肉を押し込んだ。そうしないと、奇妙な声をあげて部屋を走り回りたくなる。

 いい大人相手に、あーんをしてしまった。でも夫だから問題ないわよね? いえ、契約婚だから違反行為かも! 慌てる私の袖を引き、レオンが「あー」と肉を強請った。大急ぎで肉を切り、運ぶ。どうしよう……視線の先で、ヘンリック様が目を輝かせて待っていた。

 もう一回、ご希望なの?!
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