上 下
80 / 131

80.部下の頼もしい助言 ***SIDE公爵

しおりを挟む
 家族でお揃いの服を仕立てる。そんな一大事業なのに、仕事に行くよう促された。今まで服にこだわったことはなく、執事や家令が用意した服に袖を通してきた。だが、今回はお揃い……。

 初めての経験だった。誰かとデザインや色を揃えることもない。単独で、俺に似合うかどうかだけ判断すればよかった。それが、アマーリアやレオンと同じ色やデザインを施す。感情が暴れるような、落ち着きのない状態で仕事場についた。

 当然、仕事はそっちのけになる。何枚か処理すると手を止め、溜め息が漏れた。なぜ、こんな書類を処理しているのか。一緒に選んでみたかったし、意見を出してみたい。国王陛下臨席の会議より重要な案件だろう。

「公爵閣下、その……何かございましたか」

 心配そうに声をかける部下に、頭の中で整理した感情を吐き出す。一緒に選びたいのに、仕事に送り出された。その話を真剣に聞いた後、文官は眼鏡をくいっと上げた。

「公爵閣下は先日まで、奥様やご子息様に対して親しく接しておられませんでした」

「そうだな」

 否定のしようがない事実だ。現在は違うぞと反論したいのを呑み込み、彼の話に頷いた。

「それが原因でしょう。仕事を休んで付き合ってほしいと、奥様が口になさるのは勇気が必要です」

「ほぅ」

 そういうものか。非常に参考になる。結婚生活においては、部下の方が経験豊かだった。他の文官も手を止めて、集まってくる。こうして力を貸してもらえるのは助かるな。

「お子様に対してはどう接してこられましたか」

「奥様に反論してはいけませんよ」

「撫でたり腕を組んだりするスキンシップは大事です」

「たまに外へ連れ出して楽しませて差し上げてはいかがかと」

 俺が知らない知識を、惜しげもなく共有してくれる。部下達をこれほどありがたく、頼もしく思ったことはなかった。

 子供は頭を撫でてやると喜ぶ。だが学友ができる年齢になったら、回数を減らした方がいい。男の子は尊厳を傷つけないよう、気を遣うのだとか。年齢を聞かれて三歳と答えれば、肩車などの遊び方も教えてもらえた。

 可能な限り妻には反論せず、だが外では夫として彼女を守る必要がある。外出を喜ぶ女性は多いから、食事や買い物に付き合うこと。その際に小さな文句は呑み込む。片手では足りない注意事項をすべて記憶した。ここで、側近でもある伯爵に肩を叩かれる。

「よし、帰って奥様とご子息様を外食に誘いましょう。そのまま仕立て屋に顔を出し、デザインを確認して希望を追加で伝えれば……スマートですよ」

 スマート。それはとてもカッコいい言葉に思えた。妻アマーリアもそう感じてくれるだろうか。想像したら気分が高揚し、仕事の束を左に押し除ける。立ち上がり、上着を掴んで部屋の扉に手をかけ、慌てて振り返った。

「今日は帰る。あとは頼む」

「承知しました」

 頼もしい返事を背中で聞いて、そのまま廊下を足早に抜ける。可能なら走り出したい気分だった。





「いやぁ、あの公爵閣下が仕事より、家族を優先する日が来るなんて……」

「想像できませんでしたね」

 部下達は顔を見合わせて笑い、優先事項の高い仕事を片付けて定時前に切り上げた。
しおりを挟む
感想 335

あなたにおすすめの小説

お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ
恋愛
 ――なぜならわたしが奪うから。  正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈 
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません

片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。 皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。 もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。

婚約破棄されましたが、お兄様がいるので大丈夫です

榎夜
恋愛
「お前との婚約を破棄する!」 あらまぁ...別に良いんですよ だって、貴方と婚約なんてしたくなかったですし。

処理中です...