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80.部下の頼もしい助言 ***SIDE公爵
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家族でお揃いの服を仕立てる。そんな一大事業なのに、仕事に行くよう促された。今まで服にこだわったことはなく、執事や家令が用意した服に袖を通してきた。だが、今回はお揃い……。
初めての経験だった。誰かとデザインや色を揃えることもない。単独で、俺に似合うかどうかだけ判断すればよかった。それが、アマーリアやレオンと同じ色やデザインを施す。感情が暴れるような、落ち着きのない状態で仕事場についた。
当然、仕事はそっちのけになる。何枚か処理すると手を止め、溜め息が漏れた。なぜ、こんな書類を処理しているのか。一緒に選んでみたかったし、意見を出してみたい。国王陛下臨席の会議より重要な案件だろう。
「公爵閣下、その……何かございましたか」
心配そうに声をかける部下に、頭の中で整理した感情を吐き出す。一緒に選びたいのに、仕事に送り出された。その話を真剣に聞いた後、文官は眼鏡をくいっと上げた。
「公爵閣下は先日まで、奥様やご子息様に対して親しく接しておられませんでした」
「そうだな」
否定のしようがない事実だ。現在は違うぞと反論したいのを呑み込み、彼の話に頷いた。
「それが原因でしょう。仕事を休んで付き合ってほしいと、奥様が口になさるのは勇気が必要です」
「ほぅ」
そういうものか。非常に参考になる。結婚生活においては、部下の方が経験豊かだった。他の文官も手を止めて、集まってくる。こうして力を貸してもらえるのは助かるな。
「お子様に対してはどう接してこられましたか」
「奥様に反論してはいけませんよ」
「撫でたり腕を組んだりするスキンシップは大事です」
「たまに外へ連れ出して楽しませて差し上げてはいかがかと」
俺が知らない知識を、惜しげもなく共有してくれる。部下達をこれほどありがたく、頼もしく思ったことはなかった。
子供は頭を撫でてやると喜ぶ。だが学友ができる年齢になったら、回数を減らした方がいい。男の子は尊厳を傷つけないよう、気を遣うのだとか。年齢を聞かれて三歳と答えれば、肩車などの遊び方も教えてもらえた。
可能な限り妻には反論せず、だが外では夫として彼女を守る必要がある。外出を喜ぶ女性は多いから、食事や買い物に付き合うこと。その際に小さな文句は呑み込む。片手では足りない注意事項をすべて記憶した。ここで、側近でもある伯爵に肩を叩かれる。
「よし、帰って奥様とご子息様を外食に誘いましょう。そのまま仕立て屋に顔を出し、デザインを確認して希望を追加で伝えれば……スマートですよ」
スマート。それはとてもカッコいい言葉に思えた。妻アマーリアもそう感じてくれるだろうか。想像したら気分が高揚し、仕事の束を左に押し除ける。立ち上がり、上着を掴んで部屋の扉に手をかけ、慌てて振り返った。
「今日は帰る。あとは頼む」
「承知しました」
頼もしい返事を背中で聞いて、そのまま廊下を足早に抜ける。可能なら走り出したい気分だった。
「いやぁ、あの公爵閣下が仕事より、家族を優先する日が来るなんて……」
「想像できませんでしたね」
部下達は顔を見合わせて笑い、優先事項の高い仕事を片付けて定時前に切り上げた。
初めての経験だった。誰かとデザインや色を揃えることもない。単独で、俺に似合うかどうかだけ判断すればよかった。それが、アマーリアやレオンと同じ色やデザインを施す。感情が暴れるような、落ち着きのない状態で仕事場についた。
当然、仕事はそっちのけになる。何枚か処理すると手を止め、溜め息が漏れた。なぜ、こんな書類を処理しているのか。一緒に選んでみたかったし、意見を出してみたい。国王陛下臨席の会議より重要な案件だろう。
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心配そうに声をかける部下に、頭の中で整理した感情を吐き出す。一緒に選びたいのに、仕事に送り出された。その話を真剣に聞いた後、文官は眼鏡をくいっと上げた。
「公爵閣下は先日まで、奥様やご子息様に対して親しく接しておられませんでした」
「そうだな」
否定のしようがない事実だ。現在は違うぞと反論したいのを呑み込み、彼の話に頷いた。
「それが原因でしょう。仕事を休んで付き合ってほしいと、奥様が口になさるのは勇気が必要です」
「ほぅ」
そういうものか。非常に参考になる。結婚生活においては、部下の方が経験豊かだった。他の文官も手を止めて、集まってくる。こうして力を貸してもらえるのは助かるな。
「お子様に対してはどう接してこられましたか」
「奥様に反論してはいけませんよ」
「撫でたり腕を組んだりするスキンシップは大事です」
「たまに外へ連れ出して楽しませて差し上げてはいかがかと」
俺が知らない知識を、惜しげもなく共有してくれる。部下達をこれほどありがたく、頼もしく思ったことはなかった。
子供は頭を撫でてやると喜ぶ。だが学友ができる年齢になったら、回数を減らした方がいい。男の子は尊厳を傷つけないよう、気を遣うのだとか。年齢を聞かれて三歳と答えれば、肩車などの遊び方も教えてもらえた。
可能な限り妻には反論せず、だが外では夫として彼女を守る必要がある。外出を喜ぶ女性は多いから、食事や買い物に付き合うこと。その際に小さな文句は呑み込む。片手では足りない注意事項をすべて記憶した。ここで、側近でもある伯爵に肩を叩かれる。
「よし、帰って奥様とご子息様を外食に誘いましょう。そのまま仕立て屋に顔を出し、デザインを確認して希望を追加で伝えれば……スマートですよ」
スマート。それはとてもカッコいい言葉に思えた。妻アマーリアもそう感じてくれるだろうか。想像したら気分が高揚し、仕事の束を左に押し除ける。立ち上がり、上着を掴んで部屋の扉に手をかけ、慌てて振り返った。
「今日は帰る。あとは頼む」
「承知しました」
頼もしい返事を背中で聞いて、そのまま廊下を足早に抜ける。可能なら走り出したい気分だった。
「いやぁ、あの公爵閣下が仕事より、家族を優先する日が来るなんて……」
「想像できませんでしたね」
部下達は顔を見合わせて笑い、優先事項の高い仕事を片付けて定時前に切り上げた。
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