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79.お仕事はどうなさったの?
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支払いの話は、仕立て屋夫婦が帰ってから行う。このくらいの常識はあるわ。フランクに追加料金を払うよう伝えた。にっこりと笑顔になった家令に、嫌な予感がする。
「奥様、そういった場合はお金を払うのではなく、もう一着購入するべきです。そちらの納期を長めに設定して追加する方がお店にもプラスになります」
「……気をつけるわ」
そうなのね。ドレスを公爵家に対して何着納めたか、それも実績になるんだわ。前世の通販でもその手で販売していたのを思い出す。◯◯万枚を売り上げた、の謳い文句のために一枚買うともう一枚付いてくる! という販売方法があった。
あちらのドレスも、こちらのドレスも、うちが納めたんですのよ。この謳い文句が使えるよう、気を遣うべきなのね。私も二着目のドレスが必要なのだから、今後はそっちに切り替えなくちゃ。
採寸に時間がかかったこともあり、昼食の時間が近かった。ここで切り上げた方がいいかしら。余った時間で、もう少しデザイン画を眺めたいけれど……と、馬車の音が聞こえる。
「お客様の予定はないわよね」
「……旦那様のようです」
何かあったのか。フランクもその心配から、声が硬い。レオンを抱っこして、玄関へ向かった。王宮の馬車から降り立ったヘンリック様は、出かけた時と変わりなく見える。服の乱れもなければ、顔色も悪くなかった。
「ヘンリック様、どうなさいましたの?」
遠回しに「お仕事はいいのですか」と尋ねると、レオンが真似した。
「どうちゃいしたの」
ふふっと笑った私に、ヘンリック様が目を細める。体調不良かしらね。ベルントに上着を渡したヘンリック様は、レオンの頭を撫でた。嬉しそうに笑うレオンと、ヘンリック様の手を凝視してしまう。何が起きているの?
「ドレスは決まったか?」
「はい……選びました。仕立て屋がデザイン画を持ち帰って、ヘンリック様やレオンの分も用意してくれると……」
「ベルント、馬車だ。上着も」
脱いだばかりの上着を羽織り、私に手を伸ばす。一般的にはエスコートだと思うけれど、レオンを抱いているので動けない。すると、伸ばした手でレオンを抱き寄せた。
がっちりした腕が安定するのか、レオンは泣く様子はない。ヘンリック様の上着の襟を掴んで、きょろきょろと左右を見回した。
「しゅごい、たかい!」
興奮して大声を出し、私は焦った。耳元で叫んだら怒られるのでは? その心配は、あっさりと消えた。にやりと笑ったヘンリック様が、肩車をしたのだ。レオンはヘンリック様の黒髪に手を置き、興奮して足を揺らした。
上質な服を蹴飛ばしてしまう。近づいて、そっと靴を脱がせた。室内でしか履いていないから、汚れていないと思うけれど。念の為にヘンリック様の服を確認しておく。
「街に出る。食事をしてから仕立て屋に寄るぞ」
「私達も、でございますか」
「俺だけ行ってどうする」
え、あ、そうなんだけれど、でも……。頭の中が混乱したまま、侍女のリリーが持ってきた帽子を被る。マーサとベルントが付き添い、馬車に乗り込んだ。
がたごと揺れる馬車の中で、レオンを膝に座らせた私は、正面のヘンリック様を凝視していた。何が起きているのかしらね。
「奥様、そういった場合はお金を払うのではなく、もう一着購入するべきです。そちらの納期を長めに設定して追加する方がお店にもプラスになります」
「……気をつけるわ」
そうなのね。ドレスを公爵家に対して何着納めたか、それも実績になるんだわ。前世の通販でもその手で販売していたのを思い出す。◯◯万枚を売り上げた、の謳い文句のために一枚買うともう一枚付いてくる! という販売方法があった。
あちらのドレスも、こちらのドレスも、うちが納めたんですのよ。この謳い文句が使えるよう、気を遣うべきなのね。私も二着目のドレスが必要なのだから、今後はそっちに切り替えなくちゃ。
採寸に時間がかかったこともあり、昼食の時間が近かった。ここで切り上げた方がいいかしら。余った時間で、もう少しデザイン画を眺めたいけれど……と、馬車の音が聞こえる。
「お客様の予定はないわよね」
「……旦那様のようです」
何かあったのか。フランクもその心配から、声が硬い。レオンを抱っこして、玄関へ向かった。王宮の馬車から降り立ったヘンリック様は、出かけた時と変わりなく見える。服の乱れもなければ、顔色も悪くなかった。
「ヘンリック様、どうなさいましたの?」
遠回しに「お仕事はいいのですか」と尋ねると、レオンが真似した。
「どうちゃいしたの」
ふふっと笑った私に、ヘンリック様が目を細める。体調不良かしらね。ベルントに上着を渡したヘンリック様は、レオンの頭を撫でた。嬉しそうに笑うレオンと、ヘンリック様の手を凝視してしまう。何が起きているの?
「ドレスは決まったか?」
「はい……選びました。仕立て屋がデザイン画を持ち帰って、ヘンリック様やレオンの分も用意してくれると……」
「ベルント、馬車だ。上着も」
脱いだばかりの上着を羽織り、私に手を伸ばす。一般的にはエスコートだと思うけれど、レオンを抱いているので動けない。すると、伸ばした手でレオンを抱き寄せた。
がっちりした腕が安定するのか、レオンは泣く様子はない。ヘンリック様の上着の襟を掴んで、きょろきょろと左右を見回した。
「しゅごい、たかい!」
興奮して大声を出し、私は焦った。耳元で叫んだら怒られるのでは? その心配は、あっさりと消えた。にやりと笑ったヘンリック様が、肩車をしたのだ。レオンはヘンリック様の黒髪に手を置き、興奮して足を揺らした。
上質な服を蹴飛ばしてしまう。近づいて、そっと靴を脱がせた。室内でしか履いていないから、汚れていないと思うけれど。念の為にヘンリック様の服を確認しておく。
「街に出る。食事をしてから仕立て屋に寄るぞ」
「私達も、でございますか」
「俺だけ行ってどうする」
え、あ、そうなんだけれど、でも……。頭の中が混乱したまま、侍女のリリーが持ってきた帽子を被る。マーサとベルントが付き添い、馬車に乗り込んだ。
がたごと揺れる馬車の中で、レオンを膝に座らせた私は、正面のヘンリック様を凝視していた。何が起きているのかしらね。
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