76 / 274
76.夜は家族の時間です
しおりを挟む
お父様達には離れへ帰ってもらい、私達と使用人だけの状態にする。レオンは頭をぐらぐらさせながら、眠りの船を漕ぎ始めた。
「ヘンリック様、採寸は明日にいたしましょう」
きょとんとした顔のヘンリック様に、丁寧に説明する。この方は知らないだけで、話せば理解する人だもの。
「仕立て屋の仕事は昼間だけ。夜は家族の時間ですわ。ヘンリック様も、家族で食事中に王宮へ呼び出されたら嫌でしょう?」
「そうだな」
「採寸は明日、昼間に行います。デザインはある程度選んでおきますので、夜に確認してください。ヘンリック様の意見もきちんと取り入れますよ」
「決めてくれていいぞ」
好きなものを注文していいと気前のよい発言だが、問題点がある。
「ヘンリック様、お揃いということは、あなたも着用するんですよ。私に相応しい装いか、レオンに似合うか。あなたの好きな色か、これは重要です」
誰か一人で決めるのではない。レオンと私で選んだ後、ヘンリック様も選んでほしい。希望を伝えると、考え込んでしまう。用意されたお茶を楽しみ、眠ってしまったレオンの黒髪を指で整えた。ようやくヘンリック様が頷く。
「ベルント、明日の朝でいいからデザインカタログを預かってきて頂戴」
「承知いたしました」
「明日の朝、よ」
念押ししておく。夜中に馬を走らせたら危ないし、相手の仕立て屋さんにも迷惑だわ。
明日、ヘンリック様の正装を見せてもらう約束も取り付ける。これは当人がいる場所で話しておかないと、勝手に見せてもらうのは悪いもの。この考えにも、ヘンリック様は「そういうものか」と呟いた。
招待状に記されたお茶会は、十日後だ。私は準備期間が短いと感じたけれど、一般的らしい。前世の記憶だと、結婚式のお呼ばれくらいしか格式の近い招待は思いつかなかった。一ヶ月くらい前に、参加の可否を問うものだから。
「服も準備するのに、十日は短いわよ」
「奥様、貴族夫人は常に十着ほどの新品ドレスを用意しておられます。公爵夫人ともなれば、数倍は必要でしょう」
フランクの指摘に、そうなの? と驚いた。私、この屋敷に来てから仕立てた覚えがないわ。これって普通じゃなかったのね。驚いていると、ヘンリック様がフランクに、私が仕立てたドレスを尋ねる。ないと返され、固まっていた。
「一着も?」
「指示があったのは、普段着のみでございます」
やだ、なんか恥ずかしくなるわ。レオンが寝返りを打つように、腕の中で暴れた。慌てて抱え直し、ヘンリック様におやすみなさいの挨拶をする。このチャンスに……と、自室へ向かった。
逃げたんじゃないわ。レオンが眠いから……言い訳しながら、ベッドに潜り込む。無駄遣いしないのはいいことだと思っていたけれど、違うのかしら。公爵夫人のお役目って難しいのね。
しっかりしがみ付いて寝息を立てるレオンの黒髪にキスをして、私は目を閉じた。難しいことは、明日考えましょう。
「ヘンリック様、採寸は明日にいたしましょう」
きょとんとした顔のヘンリック様に、丁寧に説明する。この方は知らないだけで、話せば理解する人だもの。
「仕立て屋の仕事は昼間だけ。夜は家族の時間ですわ。ヘンリック様も、家族で食事中に王宮へ呼び出されたら嫌でしょう?」
「そうだな」
「採寸は明日、昼間に行います。デザインはある程度選んでおきますので、夜に確認してください。ヘンリック様の意見もきちんと取り入れますよ」
「決めてくれていいぞ」
好きなものを注文していいと気前のよい発言だが、問題点がある。
「ヘンリック様、お揃いということは、あなたも着用するんですよ。私に相応しい装いか、レオンに似合うか。あなたの好きな色か、これは重要です」
誰か一人で決めるのではない。レオンと私で選んだ後、ヘンリック様も選んでほしい。希望を伝えると、考え込んでしまう。用意されたお茶を楽しみ、眠ってしまったレオンの黒髪を指で整えた。ようやくヘンリック様が頷く。
「ベルント、明日の朝でいいからデザインカタログを預かってきて頂戴」
「承知いたしました」
「明日の朝、よ」
念押ししておく。夜中に馬を走らせたら危ないし、相手の仕立て屋さんにも迷惑だわ。
明日、ヘンリック様の正装を見せてもらう約束も取り付ける。これは当人がいる場所で話しておかないと、勝手に見せてもらうのは悪いもの。この考えにも、ヘンリック様は「そういうものか」と呟いた。
招待状に記されたお茶会は、十日後だ。私は準備期間が短いと感じたけれど、一般的らしい。前世の記憶だと、結婚式のお呼ばれくらいしか格式の近い招待は思いつかなかった。一ヶ月くらい前に、参加の可否を問うものだから。
「服も準備するのに、十日は短いわよ」
「奥様、貴族夫人は常に十着ほどの新品ドレスを用意しておられます。公爵夫人ともなれば、数倍は必要でしょう」
フランクの指摘に、そうなの? と驚いた。私、この屋敷に来てから仕立てた覚えがないわ。これって普通じゃなかったのね。驚いていると、ヘンリック様がフランクに、私が仕立てたドレスを尋ねる。ないと返され、固まっていた。
「一着も?」
「指示があったのは、普段着のみでございます」
やだ、なんか恥ずかしくなるわ。レオンが寝返りを打つように、腕の中で暴れた。慌てて抱え直し、ヘンリック様におやすみなさいの挨拶をする。このチャンスに……と、自室へ向かった。
逃げたんじゃないわ。レオンが眠いから……言い訳しながら、ベッドに潜り込む。無駄遣いしないのはいいことだと思っていたけれど、違うのかしら。公爵夫人のお役目って難しいのね。
しっかりしがみ付いて寝息を立てるレオンの黒髪にキスをして、私は目を閉じた。難しいことは、明日考えましょう。
1,848
お気に入りに追加
4,249
あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ
青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。
今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。
婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。
その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。
実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

皇太女の暇つぶし
Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。
「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」
*よくある婚約破棄ものです
*初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです

美しい容姿の義妹は、私の婚約者を奪おうとしました。だったら、貴方には絶望してもらいましょう。
久遠りも
恋愛
美しい容姿の義妹は、私の婚約者を奪おうとしました。だったら、貴方には絶望してもらいましょう。
※一話完結です。
ゆるゆる設定です。


夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる