上 下
76 / 131

76.夜は家族の時間です

しおりを挟む
 お父様達には離れへ帰ってもらい、私達と使用人だけの状態にする。レオンは頭をぐらぐらさせながら、眠りの船を漕ぎ始めた。

「ヘンリック様、採寸は明日にいたしましょう」

 きょとんとした顔のヘンリック様に、丁寧に説明する。この方は知らないだけで、話せば理解する人だもの。

「仕立て屋の仕事は昼間だけ。夜は家族の時間ですわ。ヘンリック様も、家族で食事中に王宮へ呼び出されたら嫌でしょう?」

「そうだな」

「採寸は明日、昼間に行います。デザインはある程度選んでおきますので、夜に確認してください。ヘンリック様の意見もきちんと取り入れますよ」

「決めてくれていいぞ」

 好きなものを注文していいと気前のよい発言だが、問題点がある。

「ヘンリック様、お揃いということは、あなたも着用するんですよ。私に相応しい装いか、レオンに似合うか。あなたの好きな色か、これは重要です」

 誰か一人で決めるのではない。レオンと私で選んだ後、ヘンリック様も選んでほしい。希望を伝えると、考え込んでしまう。用意されたお茶を楽しみ、眠ってしまったレオンの黒髪を指で整えた。ようやくヘンリック様が頷く。

「ベルント、明日の朝でいいからデザインカタログを預かってきて頂戴」

「承知いたしました」

「明日の朝、よ」

 念押ししておく。夜中に馬を走らせたら危ないし、相手の仕立て屋さんにも迷惑だわ。

 明日、ヘンリック様の正装を見せてもらう約束も取り付ける。これは当人がいる場所で話しておかないと、勝手に見せてもらうのは悪いもの。この考えにも、ヘンリック様は「そういうものか」と呟いた。

 招待状に記されたお茶会は、十日後だ。私は準備期間が短いと感じたけれど、一般的らしい。前世の記憶だと、結婚式のお呼ばれくらいしか格式の近い招待は思いつかなかった。一ヶ月くらい前に、参加の可否を問うものだから。

「服も準備するのに、十日は短いわよ」

「奥様、貴族夫人は常に十着ほどの新品ドレスを用意しておられます。公爵夫人ともなれば、数倍は必要でしょう」

 フランクの指摘に、そうなの? と驚いた。私、この屋敷に来てから仕立てた覚えがないわ。これって普通じゃなかったのね。驚いていると、ヘンリック様がフランクに、私が仕立てたドレスを尋ねる。ないと返され、固まっていた。

「一着も?」

「指示があったのは、普段着のみでございます」

 やだ、なんか恥ずかしくなるわ。レオンが寝返りを打つように、腕の中で暴れた。慌てて抱え直し、ヘンリック様におやすみなさいの挨拶をする。このチャンスに……と、自室へ向かった。

 逃げたんじゃないわ。レオンが眠いから……言い訳しながら、ベッドに潜り込む。無駄遣いしないのはいいことだと思っていたけれど、違うのかしら。公爵夫人のお役目って難しいのね。

 しっかりしがみ付いて寝息を立てるレオンの黒髪にキスをして、私は目を閉じた。難しいことは、明日考えましょう。
しおりを挟む
感想 335

あなたにおすすめの小説

お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ
恋愛
 ――なぜならわたしが奪うから。  正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈 
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

夫が大変和やかに俺の事嫌い?と聞いてきた件について〜成金一族の娘が公爵家に嫁いで愛される話

はくまいキャベツ
恋愛
父親の事業が成功し、一気に貴族の仲間入りとなったローズマリー。 父親は地位を更に確固たるものにするため、長女のローズマリーを歴史ある貴族と政略結婚させようとしていた。 成金一族と揶揄されながらも社交界に出向き、公爵家の次男、マイケルと出会ったが、本物の貴族の血というものを見せつけられ、ローズマリーは怯んでしまう。 しかも相手も値踏みする様な目で見てきて苦手意識を持ったが、ローズマリーの思いも虚しくその家に嫁ぐ事となった。 それでも妻としての役目は果たそうと無難な日々を過ごしていたある日、「君、もしかして俺の事嫌い?」と、まるで食べ物の好き嫌いを聞く様に夫に尋ねられた。 (……なぜ、分かったの) 格差婚に悩む、素直になれない妻と、何を考えているのか掴みにくい不思議な夫が育む恋愛ストーリー。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません

片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。 皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。 もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。

処理中です...