74 / 274
74.いまは嫌いじゃないわ
しおりを挟む
ヘンリック様が戻る夕方まで、レオンと過ごした。数冊の絵本を読み聞かせ、一緒に絨毯の部屋で寛ぐ。ご機嫌のレオンは、お出迎えも満面の笑顔だった。
「おかえりなさいませ、ヘンリック様」
以前と変わったのは、ヘンリック様の呼称だ。旦那様という表現をやめ、個人として認識するようになった。重ねて、自然と笑顔が出る。当初は怯えたレオンも、今では笑顔で出迎えていた。見慣れない人が屋敷内にいたから、びっくりしただけだったみたい。
嬉しそうに手を振る。もう家族だと認識しているのね。深刻な人見知りじゃなくてよかったわ。
「「おかえりなさい!」」
「お疲れ様でございました」
使用人だけじゃなく、双子も声を張り上げる。エルヴィンは大人顔負けの礼を披露した。お父様は少し遅れている。慌てて駆ける姿に、くすっと笑ってしまった。靴の紐が解けそうよ。
揃っての出迎えに驚いた顔をしてから、ヘンリック様は嬉しそうに頬を緩めた。まだ表情が硬いけれど、自然な感情表現が増えている。先代公爵ヨーナス様の振る舞いを思い出す限り、愛情豊かに育ててもらえたとは思えない。
もしかしたら、屋敷にレオンを置いて仕事に没頭していたのも、それ以外の対応を知らなかったのかも。悪意があると考えるより、前向きに捉える方がいいわ。性善説を振りかざす気はないけれど、ヘンリック様は他人を傷つけて喜ぶ人ではないもの。
結婚式で私に対して冷たい態度を取ったのだって、触れ合い方を知らなかっただけ。急いで仕事に戻らなくては、と使命感があったなら……。
少なくとも、歩み寄ろうとする今のヘンリック様は嫌いじゃないわ。遠ざけて傷つけるつもりはない。大好きとまで言えないけれど……そうね、手のかかる子がもう一人増えた感じ?
「いま戻った……待たせたか?」
まさかの気遣いに、目を丸くする。腕の中でレオンが動いたので、はっと我に返った。
「いいえ、馬車の音で玄関に向かいましたので」
待っていないと伝えて、階段の先へ促す。数段登ったところで、足を止めて振り返った。無言で見つめられても、以心伝心は無理ですのよ。こてりと首を傾げれば、腕の中のレオンが真似する。
「食堂で待っていてくれ」
「承知いたしました」
「あい!」
レオンも元気よく返事をして、私達は一足先に食堂へ入った。当たり前のように距離を詰めたテーブルには、薔薇の豪華な花瓶と小さな一輪挿しが並ぶ。レオンが庭師から受け取った花よ。握りしめていたのを、こちらに移動させたの。
「これ、ぼくの!」
自慢げに一輪挿しを指さす。
「レオン様が摘んだの?」
「選んだのかな、綺麗だね」
双子が褒めたことで、レオンはさらにご機嫌になった。膝の上で左右に体を揺らしている。幼子のこういう仕草って、本当に可愛いわ。
ヘンリック様が着座しようとした瞬間、レオンは大喜びで一輪挿しを示した。褒めてもらいたいのだろう。
「きれぇなの!」
「……ああ、本当だな。綺麗だ」
一瞬動きを止めたヘンリック様だったが、向かいのフランクが手で小さな合図を送る。ぎこちないながらも、相槌を打つヘンリック様。レオンは「きゃぁ!」と甲高い声で大喜びした。
「おかえりなさいませ、ヘンリック様」
以前と変わったのは、ヘンリック様の呼称だ。旦那様という表現をやめ、個人として認識するようになった。重ねて、自然と笑顔が出る。当初は怯えたレオンも、今では笑顔で出迎えていた。見慣れない人が屋敷内にいたから、びっくりしただけだったみたい。
嬉しそうに手を振る。もう家族だと認識しているのね。深刻な人見知りじゃなくてよかったわ。
「「おかえりなさい!」」
「お疲れ様でございました」
使用人だけじゃなく、双子も声を張り上げる。エルヴィンは大人顔負けの礼を披露した。お父様は少し遅れている。慌てて駆ける姿に、くすっと笑ってしまった。靴の紐が解けそうよ。
揃っての出迎えに驚いた顔をしてから、ヘンリック様は嬉しそうに頬を緩めた。まだ表情が硬いけれど、自然な感情表現が増えている。先代公爵ヨーナス様の振る舞いを思い出す限り、愛情豊かに育ててもらえたとは思えない。
もしかしたら、屋敷にレオンを置いて仕事に没頭していたのも、それ以外の対応を知らなかったのかも。悪意があると考えるより、前向きに捉える方がいいわ。性善説を振りかざす気はないけれど、ヘンリック様は他人を傷つけて喜ぶ人ではないもの。
結婚式で私に対して冷たい態度を取ったのだって、触れ合い方を知らなかっただけ。急いで仕事に戻らなくては、と使命感があったなら……。
少なくとも、歩み寄ろうとする今のヘンリック様は嫌いじゃないわ。遠ざけて傷つけるつもりはない。大好きとまで言えないけれど……そうね、手のかかる子がもう一人増えた感じ?
「いま戻った……待たせたか?」
まさかの気遣いに、目を丸くする。腕の中でレオンが動いたので、はっと我に返った。
「いいえ、馬車の音で玄関に向かいましたので」
待っていないと伝えて、階段の先へ促す。数段登ったところで、足を止めて振り返った。無言で見つめられても、以心伝心は無理ですのよ。こてりと首を傾げれば、腕の中のレオンが真似する。
「食堂で待っていてくれ」
「承知いたしました」
「あい!」
レオンも元気よく返事をして、私達は一足先に食堂へ入った。当たり前のように距離を詰めたテーブルには、薔薇の豪華な花瓶と小さな一輪挿しが並ぶ。レオンが庭師から受け取った花よ。握りしめていたのを、こちらに移動させたの。
「これ、ぼくの!」
自慢げに一輪挿しを指さす。
「レオン様が摘んだの?」
「選んだのかな、綺麗だね」
双子が褒めたことで、レオンはさらにご機嫌になった。膝の上で左右に体を揺らしている。幼子のこういう仕草って、本当に可愛いわ。
ヘンリック様が着座しようとした瞬間、レオンは大喜びで一輪挿しを示した。褒めてもらいたいのだろう。
「きれぇなの!」
「……ああ、本当だな。綺麗だ」
一瞬動きを止めたヘンリック様だったが、向かいのフランクが手で小さな合図を送る。ぎこちないながらも、相槌を打つヘンリック様。レオンは「きゃぁ!」と甲高い声で大喜びした。
2,111
お気に入りに追加
4,241
あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

罠に嵌められたのは一体誰?
チカフジ ユキ
恋愛
卒業前夜祭とも言われる盛大なパーティーで、王太子の婚約者が多くの人の前で婚約破棄された。
誰もが冤罪だと思いながらも、破棄された令嬢は背筋を伸ばし、それを認め国を去ることを誓った。
そして、その一部始終すべてを見ていた僕もまた、その日に婚約が白紙になり、仕方がないかぁと思いながら、実家のある隣国へと帰って行った。
しかし帰宅した家で、なんと婚約破棄された元王太子殿下の婚約者様が僕を出迎えてた。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?


【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。
西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。
私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。
それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」
と宣言されるなんて・・・
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる