70 / 274
70.羨ましく感じた ***SIDE公爵
しおりを挟む
アマーリアの提案は、思わぬものだった。まだ給料の定めはしていないから、変更は可能だ。指摘されるまで考えたこともなかった。上司から仕事を押し付けられ、部下からは不満が突き上げる。そんな役職になってしまうとは……。
俺の持つ権限を分けて与える。それにより、俺の決裁する書類が減るだろうと軽く考えた。だが、その点はアマーリアの評価に値するようだ。一人に仕事が集中する状況は、何かしらの不幸が重なれば瓦解するらしい。
現状、もし俺が寝込んだりすれば……想像するのも恐ろしい混乱を引き起こす。国政は滞るし、陛下の元へ書類が山積みにされるはずだ。そして対応できず逃げる姿まで、すぐに想像ができた。にもかかわらず、この状況を維持してきた俺は、ただ怠慢に日々を過ごしていたのではないか?
何もできず役立たずな父のようになりたくなくて、我が侭を振り翳して遊び呆ける母と同じ行為はしたくなくて。俺も逃げ回っていたのだ。その結果、やらなくてもいい仕事までかき集め、夢中になってこなした。
処理済みの書類の山を見れば、成果がはっきりする。自分が役に立った証拠として、わかりやすかった。いつしか、誰もが俺に書類を持ち込み、当たり前のように周囲を巻き込む。文官達には申し訳ないことをしてしまったな。
こうして家族で過ごす楽しい時間を、彼らから奪っていた。何かしらの詫びを用意するとしよう。だが独りよがりになると迷惑だから、フランクに相談する方がいいか。
ちらりと視線を向けた先で、アマーリアは料理長への指示を出していた。ベルントを使い、レオンの夜食を注文する。気の利く彼女なら、何かいい案を出してくれるのではないか? そう気づいたら、そわそわしてきた。
どう切り出せばいい。俺の口調は偉そうに聞こえるらしいから、頼み事をする際は柔らかく……それはどんな単語だ? やはりフランクに命じて、アマーリアに聞いてもらう方が不愉快にさせないかもしれん。
考えがぐるぐると回る俺は、すっかり自分の世界に浸っていたようだ。ぽんぽんと肩を叩かれ、はっとする。
「ヘンリック様、どうなさいました? 移動しますよ」
「あ、ああ」
同意して立ち上がる。食堂から絨毯の敷かれた団欒の間へ入り、用意されたクッションにレオンが寝かされた。だが起きてしまい、ぐずぐずと泣き始める。
「あらあら、赤ちゃんね」
ふふっと笑うアマーリアは、優しくレオンを抱きしめた。涙だけでなく鼻水も垂らす顔も気にせず、胸元に引き寄せてぽんぽんと背中を叩く。落ち着いてきたのか、レオンの愚図る声が小さくなった。
合図を受け取ったベルントの手配で、ジャムを塗ったパンが運ばれる。レオンは膝に座ったまま、もそもそと食べ始めた。ハムと野菜を挟んだパンも齧り、驚く量を平らげた。その間、ずっとアマーリアはレオンを見つめている。
幼子にとっての母親がどれほど大切で、大きな存在か。あんな風に俺を見てくれる人がいたら、何か違っていただろうか。いい子ねと頭を撫でられる姿を見て、素直に羨ましいと感じた。
俺の持つ権限を分けて与える。それにより、俺の決裁する書類が減るだろうと軽く考えた。だが、その点はアマーリアの評価に値するようだ。一人に仕事が集中する状況は、何かしらの不幸が重なれば瓦解するらしい。
現状、もし俺が寝込んだりすれば……想像するのも恐ろしい混乱を引き起こす。国政は滞るし、陛下の元へ書類が山積みにされるはずだ。そして対応できず逃げる姿まで、すぐに想像ができた。にもかかわらず、この状況を維持してきた俺は、ただ怠慢に日々を過ごしていたのではないか?
何もできず役立たずな父のようになりたくなくて、我が侭を振り翳して遊び呆ける母と同じ行為はしたくなくて。俺も逃げ回っていたのだ。その結果、やらなくてもいい仕事までかき集め、夢中になってこなした。
処理済みの書類の山を見れば、成果がはっきりする。自分が役に立った証拠として、わかりやすかった。いつしか、誰もが俺に書類を持ち込み、当たり前のように周囲を巻き込む。文官達には申し訳ないことをしてしまったな。
こうして家族で過ごす楽しい時間を、彼らから奪っていた。何かしらの詫びを用意するとしよう。だが独りよがりになると迷惑だから、フランクに相談する方がいいか。
ちらりと視線を向けた先で、アマーリアは料理長への指示を出していた。ベルントを使い、レオンの夜食を注文する。気の利く彼女なら、何かいい案を出してくれるのではないか? そう気づいたら、そわそわしてきた。
どう切り出せばいい。俺の口調は偉そうに聞こえるらしいから、頼み事をする際は柔らかく……それはどんな単語だ? やはりフランクに命じて、アマーリアに聞いてもらう方が不愉快にさせないかもしれん。
考えがぐるぐると回る俺は、すっかり自分の世界に浸っていたようだ。ぽんぽんと肩を叩かれ、はっとする。
「ヘンリック様、どうなさいました? 移動しますよ」
「あ、ああ」
同意して立ち上がる。食堂から絨毯の敷かれた団欒の間へ入り、用意されたクッションにレオンが寝かされた。だが起きてしまい、ぐずぐずと泣き始める。
「あらあら、赤ちゃんね」
ふふっと笑うアマーリアは、優しくレオンを抱きしめた。涙だけでなく鼻水も垂らす顔も気にせず、胸元に引き寄せてぽんぽんと背中を叩く。落ち着いてきたのか、レオンの愚図る声が小さくなった。
合図を受け取ったベルントの手配で、ジャムを塗ったパンが運ばれる。レオンは膝に座ったまま、もそもそと食べ始めた。ハムと野菜を挟んだパンも齧り、驚く量を平らげた。その間、ずっとアマーリアはレオンを見つめている。
幼子にとっての母親がどれほど大切で、大きな存在か。あんな風に俺を見てくれる人がいたら、何か違っていただろうか。いい子ねと頭を撫でられる姿を見て、素直に羨ましいと感じた。
2,318
お気に入りに追加
4,249
あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ
青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。
今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。
婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。
その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。
実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

皇太女の暇つぶし
Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。
「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」
*よくある婚約破棄ものです
*初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

美しい容姿の義妹は、私の婚約者を奪おうとしました。だったら、貴方には絶望してもらいましょう。
久遠りも
恋愛
美しい容姿の義妹は、私の婚約者を奪おうとしました。だったら、貴方には絶望してもらいましょう。
※一話完結です。
ゆるゆる設定です。


さよなら 大好きな人
小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。
政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。
彼にふさわしい女性になるために努力するほど。
しかし、アーリアのそんな気持ちは、
ある日、第2王子によって踏み躙られることになる……
※本編は悲恋です。
※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。
※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる