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68.元気が溢れて突然眠るの

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 申し訳ないことに、靴は修復不可能で廃棄となった。踵の低い靴も欲しいと伝えたら、侍女達は不思議そうな顔をする。一般的に貴族夫人や令嬢は、踵の高い靴でカツカツ音をさせて歩く。わざわざ平民のような靴を履きたがるなんて、おかしいのかも。

 今日の失敗を話して、庭に出る専用にするのよと伝えた。今度はあっさり納得され、手配がされる。芝生専用の歩きやすい靴をオーダーするのは、公爵夫人らしい行いに見えたのかしら。使い道を限定すれば、確かに贅沢だわ。

「レオンの着替えは終わった?」

「はい、まだ髪のお手入れが」

 お風呂は寝る前に入るからと後回しにした。そのため汚れを拭いて着替えるだけなのだけれど、芝生の間を転げ回ったので髪に絡んだみたい。レオンの黒髪からちらほら顔を覗かせる芝生の欠片は、丁寧に一つずつ回収された。

 自分の髪なら、私は櫛で落としちゃうけど……こういうところ、時代や貴族の考え方が贅沢なのよね。人の手による作業が一番安い。だからたくさんの使用人を雇って、一つずつ手作業で丁寧に仕上げてもらう。実質三人しかいない公爵家で、料理人が両手に余る数いるのよ? 贅沢すぎるわ。

「おかしゃま。きれい、にした」

 得意げに回るレオンはまだ元気そう。体力がついて安心するべきなのか、今後の大変さを嘆くのが先か。考えるまでもなく、元気なのはいいことよ。貴族家の嫡子なら、剣術を習ったり馬術を覚えたり。外へ出る機会が増えるはずだ。体力勝負で負けないのは大事よ。

 レオンは同じ年頃の平均より体が小さかったから、よい事なのだけれど。

「だっこ、して」

「いらっしゃい」

 手を広げて屈む私に走り寄る。こうしてみると、まだまだ幼い。先の心配をしても仕方ないわ。今は元気になったことを素直に喜びましょう。

「そろそろヘンリック様が戻られる時間ね」

 あれほど名残惜しそうに出ていく姿を見れば、定時で帰ってくる予想はつく。にっこりと笑みを浮かべ、抱き上げたレオンに頬をすり寄せた。

「へん、いー?」

「お父様よ」

「おとちゃま」

 にこにこと繰り返す言葉は、それでもぎこちなさが抜け始めている。この可愛らしい舌足らずも、徐々に消えてしまうのね。このまま育つと困るのに、なくなるのも寂しいと思う。やっぱりまだ先なのだけれど。

 一階の部屋にしたことで、門からアプローチまでの景色は見えなくなった。帰宅時間の予想に合わせ、玄関ホールへ向かった。途中で、馬車の音が聞こえる。

「おかえりなさいませ、ヘンリック様」

「ああ。いま戻った」

「おとちゃま、おかぁりちゃい」

 また省略しちゃったわね。これは覚える気がないのかしら? ぷにぷにした頬を指で突くと、きゃっきゃと笑い声を立てて手を振り回す。元気なレオンの姿に目を細め、ヘンリック様は着替えに向かった。

 この後はお食事ね。先に食堂へ向かった私は、ふと重くなった腕の中を覗き込む。扉を開けて待つベルントが、おやおやと口元を緩めた。くてんと首を傾けて、レオンは寝息を立てている。幼子って突然眠るけど、これから夕飯だったのに。おやつも食べていないし、困ったわね。
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