上 下
59 / 131

59.思いのほか楽しい食事

しおりを挟む
 机の距離を縮めて、まるで円卓を囲むような近さで……旦那様の指示に驚く。フランクは笑顔で応じ、あっという間に整えられた。大皿は公爵家と伯爵家に分けて用意されていたが、いつの間にか一つに盛り直されている。

 洗い物が増えちゃって申し訳ないわ。机の両端に置いて貰えば、問題なかった気もするけれど。張り切るフランクの笑顔に、答えを見た気がする。不器用な旦那様が自ら歩み寄ろうとしているんだもの。父親世代のフランクは嬉しいのね。

「旦那様、こちらも美味しいですわ」

「鶏肉か? それをくれ」

 侍女達がさっと動く。厨房から料理を運ぶのが仕事の彼女達は、取り分けも上手だった。遠慮がちだった父や弟妹も、徐々にいつもの調子が出てくる。エルヴィンは隣のユリアーナを補助し、お父様もユリアンの皿に置かれた肉を切り分けてやった。

 出てきた肉を、口に入れる量以上に切るのはマナー違反だ。旦那様はちらりと視線で確認した様子だが、何も指摘しなかった。美しい所作で口元へ運ぶ旦那様に、ユリアーナは釘付けだ。いいお手本になるわ。

 恋愛小説が大好きなユリアーナは、登場人物の夫人や令嬢を真似て背伸びしたがる。スカートをちょんと摘んで歩いてみたり、踵の高い靴を欲しがったり。そんな彼女にとって、理想的な所作なのだろう。

「物語の淑女って、こんな感じかしら」

「残念だけれど、旦那様は殿方よ」

 女性ではないから、紳士ね。訂正すると、皆から小さな笑いが漏れた。旦那様はきょとんとし、レオンは皆の顔を何度も往復する。

「おか、しゃま……いまの?」

 最後まで言わずに察してもらおうとするレオンに、どうしたの? と問いかけた。最後まで自分で尋ねる癖をつけさせないと。言葉を濁してばかりはよくないわ。

「うんと……いまのなぁに?」

 どう尋ねていいかわからなくて、同じような質問になった。これ以上繰り返しても同じなので、尋ね方を教える。

「皆が今、笑った理由が知りたいのね?」

「うん、りうー」

 口が開いたところへ、カットした人参を入れた。甘く煮てあるから食べるかも? 話に気を取られている影響で、気づかなかったみたい。もぐもぐと咀嚼している。

「旦那様もレオンも男性でしょう? 立派な紳士だもの。淑女は女性に使う表現なの」

 首を傾げるレオンの黒髪が、さらりと頬を掠める。指先で髪を押さえて、耳に掛けた。

「レオンは女の子?」

「ううん」

「そういうお話よ」

 こうして解説してしまうと、なんで笑ったのか。自分でもわからないわね。顔を上げると、旦那様はなるほどと呟いている。もしかして公爵家ご一家は、冗談が通じないタイプなの?

 逆に考えると、実家がおかしい気もしてくる。貴族らしくないし……ちらりと視線を向ければ、家族は再び食事に専念していた。ユリアンはフォークから落ちた豆を、こっそりポケットにしまっている。洗濯が大変だからやめてほしいわ。

 今までの癖が出て、ついつい母親じみた心配をしながら食事を終えた。緊張で味がわからないかも? と心配したけれど、ちゃんと美味しかったわ。それに楽しい。

 旦那様はどうだったかしら。視線を向けると、穏やかな表情で口元が少し緩んでいた。楽しんでもらえたみたいね。
しおりを挟む
感想 335

あなたにおすすめの小説

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ
恋愛
 ――なぜならわたしが奪うから。  正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈 
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

夫が大変和やかに俺の事嫌い?と聞いてきた件について〜成金一族の娘が公爵家に嫁いで愛される話

はくまいキャベツ
恋愛
父親の事業が成功し、一気に貴族の仲間入りとなったローズマリー。 父親は地位を更に確固たるものにするため、長女のローズマリーを歴史ある貴族と政略結婚させようとしていた。 成金一族と揶揄されながらも社交界に出向き、公爵家の次男、マイケルと出会ったが、本物の貴族の血というものを見せつけられ、ローズマリーは怯んでしまう。 しかも相手も値踏みする様な目で見てきて苦手意識を持ったが、ローズマリーの思いも虚しくその家に嫁ぐ事となった。 それでも妻としての役目は果たそうと無難な日々を過ごしていたある日、「君、もしかして俺の事嫌い?」と、まるで食べ物の好き嫌いを聞く様に夫に尋ねられた。 (……なぜ、分かったの) 格差婚に悩む、素直になれない妻と、何を考えているのか掴みにくい不思議な夫が育む恋愛ストーリー。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

【完結済】結婚式の翌日、私はこの結婚が白い結婚であることを知りました。

鳴宮野々花@初書籍発売中【二度婚約破棄】
恋愛
 共に伯爵家の令嬢と令息であるアミカとミッチェルは幸せな結婚式を挙げた。ところがその夜ミッチェルの体調が悪くなり、二人は別々の寝室で休むことに。  その翌日、アミカは偶然街でミッチェルと自分の友人であるポーラの不貞の事実を知ってしまう。激しく落胆するアミカだったが、侯爵令息のマキシミリアーノの助けを借りながら二人の不貞の証拠を押さえ、こちらの有責にされないように離婚にこぎつけようとする。  ところが、これは白い結婚だと不貞の相手であるポーラに言っていたはずなのに、日が経つごとにミッチェルの様子が徐々におかしくなってきて───

【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

処理中です...