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53.一問一答から始まる父親

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 説明を受けて怒り出すか、または呆れて外へ出ていくか。どちらかだと思ったのに、予想外だったわ。日本の知識がある私は、掃除の手間を省く意味でも居間を絨毯敷きにした。けれど、この屋敷の場合、掃除をする手は足りている。

 貴族にとって絨毯に座る行為は、眉を顰める類だと思うの。まさか旦那様が素直に靴を脱ぐなんて……何か考えがある、とか?

「今は何をしていたんだ?」

「鬼ごっこです。追いかけっこですわね」

「なぜだ」

 一問一答の繰り返しは、ある意味楽でいいわ。

「レオンは同年代の子に比べて、発育がゆっくりです。たくさん走って遊ばせるのが大事ですわ」

「……発育がゆっくり?」

 あ、これは勘違いさせたかも。私は状況を静かな声で説明した。レオンの耳に入る言葉だから、慎重に選ぶ。遅いや悪いといった単語を排除した。

「比較対象がいなかったので、使用人達も気づいていません。遊び相手であったり、兄姉などがいたり。環境が違えば、もっと早く対処できたでしょう。旦那様がお仕事をなさっている間、レオンは一人だったのですよ」

 知らないことを、責める気はない。国にとって大事な仕事を任されているのだろうし、簡単に代わりが見つからない立場も理解できた。ただ、レオンの親は……あの時点で旦那様だけだった。自分が動けないなら、乳母を雇えばよかったのに。

 親である以上、子の責任を負うのは当然だ。言い切った私を前に、旦那様はじっと考え込んだ。こんなこと、言われた経験もないでしょうね。

「おか、しゃま……おこった?」

「いいえ、怒ってないわ。喧嘩もしていないのよ。レオン」

 黒髪を撫でて言い聞かせる。それにしても、結婚して初めてまともな会話をした気がするわ。旦那様と長く言葉を交わす場面がなかったし、必要も感じなかった。けれど、稼ぎ頭である旦那様の存在は大事よ。無視する気はないの。

「……知らなかった」

 ぽつりと声に出した旦那様は、しょんぼりしているように見えた。幼子というより、叱られた愛玩犬みたいな感じね。これ以上突き詰めても、過去は変わらない。無駄なことは省きましょう。

「旦那様、知らなければこれから覚えてはいかがですか。レオンはまだ幼いのですから」

 子が生まれれば親も成長する。一緒に親子という関係を作り上げるもの、と私は考えていた。レオンは私の胸に顔を埋め、近づいた旦那様をちらちらと確認する。距離感が掴めていないのよ。父親の存在がわからないから、怖いと思う。仕方ないわよね。

 改善するなら、今がチャンスだわ。旦那様の答えを待つ間、レオンをぎゅっと抱き締めた。言い争いではなくても、レオンを不安にさせてしまったのは申し訳ない。愛していると伝わればいいけれど。

「ならば、アマーリアが教えてくれないか」

「私、ですか?」

 向き合う気があるなら、旦那様を排除するのは良い手ではない。どうしたって男の子には、父親が必要な時期がくるから。その時後悔しないよう、レオンが優しく人に好かれる子に育つよう、私が譲歩するべきね。

「わかりました。レオンと触れ合う時間を作ってください。まずはそこからです」

 時間を作れるかしら? 笑顔で尋ねた私に、旦那様は真剣な顔で頷いた。
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