53 / 131
53.一問一答から始まる父親
しおりを挟む
説明を受けて怒り出すか、または呆れて外へ出ていくか。どちらかだと思ったのに、予想外だったわ。日本の知識がある私は、掃除の手間を省く意味でも居間を絨毯敷きにした。けれど、この屋敷の場合、掃除をする手は足りている。
貴族にとって絨毯に座る行為は、眉を顰める類だと思うの。まさか旦那様が素直に靴を脱ぐなんて……何か考えがある、とか?
「今は何をしていたんだ?」
「鬼ごっこです。追いかけっこですわね」
「なぜだ」
一問一答の繰り返しは、ある意味楽でいいわ。
「レオンは同年代の子に比べて、発育がゆっくりです。たくさん走って遊ばせるのが大事ですわ」
「……発育がゆっくり?」
あ、これは勘違いさせたかも。私は状況を静かな声で説明した。レオンの耳に入る言葉だから、慎重に選ぶ。遅いや悪いといった単語を排除した。
「比較対象がいなかったので、使用人達も気づいていません。遊び相手であったり、兄姉などがいたり。環境が違えば、もっと早く対処できたでしょう。旦那様がお仕事をなさっている間、レオンは一人だったのですよ」
知らないことを、責める気はない。国にとって大事な仕事を任されているのだろうし、簡単に代わりが見つからない立場も理解できた。ただ、レオンの親は……あの時点で旦那様だけだった。自分が動けないなら、乳母を雇えばよかったのに。
親である以上、子の責任を負うのは当然だ。言い切った私を前に、旦那様はじっと考え込んだ。こんなこと、言われた経験もないでしょうね。
「おか、しゃま……おこった?」
「いいえ、怒ってないわ。喧嘩もしていないのよ。レオン」
黒髪を撫でて言い聞かせる。それにしても、結婚して初めてまともな会話をした気がするわ。旦那様と長く言葉を交わす場面がなかったし、必要も感じなかった。けれど、稼ぎ頭である旦那様の存在は大事よ。無視する気はないの。
「……知らなかった」
ぽつりと声に出した旦那様は、しょんぼりしているように見えた。幼子というより、叱られた愛玩犬みたいな感じね。これ以上突き詰めても、過去は変わらない。無駄なことは省きましょう。
「旦那様、知らなければこれから覚えてはいかがですか。レオンはまだ幼いのですから」
子が生まれれば親も成長する。一緒に親子という関係を作り上げるもの、と私は考えていた。レオンは私の胸に顔を埋め、近づいた旦那様をちらちらと確認する。距離感が掴めていないのよ。父親の存在がわからないから、怖いと思う。仕方ないわよね。
改善するなら、今がチャンスだわ。旦那様の答えを待つ間、レオンをぎゅっと抱き締めた。言い争いではなくても、レオンを不安にさせてしまったのは申し訳ない。愛していると伝わればいいけれど。
「ならば、アマーリアが教えてくれないか」
「私、ですか?」
向き合う気があるなら、旦那様を排除するのは良い手ではない。どうしたって男の子には、父親が必要な時期がくるから。その時後悔しないよう、レオンが優しく人に好かれる子に育つよう、私が譲歩するべきね。
「わかりました。レオンと触れ合う時間を作ってください。まずはそこからです」
時間を作れるかしら? 笑顔で尋ねた私に、旦那様は真剣な顔で頷いた。
貴族にとって絨毯に座る行為は、眉を顰める類だと思うの。まさか旦那様が素直に靴を脱ぐなんて……何か考えがある、とか?
「今は何をしていたんだ?」
「鬼ごっこです。追いかけっこですわね」
「なぜだ」
一問一答の繰り返しは、ある意味楽でいいわ。
「レオンは同年代の子に比べて、発育がゆっくりです。たくさん走って遊ばせるのが大事ですわ」
「……発育がゆっくり?」
あ、これは勘違いさせたかも。私は状況を静かな声で説明した。レオンの耳に入る言葉だから、慎重に選ぶ。遅いや悪いといった単語を排除した。
「比較対象がいなかったので、使用人達も気づいていません。遊び相手であったり、兄姉などがいたり。環境が違えば、もっと早く対処できたでしょう。旦那様がお仕事をなさっている間、レオンは一人だったのですよ」
知らないことを、責める気はない。国にとって大事な仕事を任されているのだろうし、簡単に代わりが見つからない立場も理解できた。ただ、レオンの親は……あの時点で旦那様だけだった。自分が動けないなら、乳母を雇えばよかったのに。
親である以上、子の責任を負うのは当然だ。言い切った私を前に、旦那様はじっと考え込んだ。こんなこと、言われた経験もないでしょうね。
「おか、しゃま……おこった?」
「いいえ、怒ってないわ。喧嘩もしていないのよ。レオン」
黒髪を撫でて言い聞かせる。それにしても、結婚して初めてまともな会話をした気がするわ。旦那様と長く言葉を交わす場面がなかったし、必要も感じなかった。けれど、稼ぎ頭である旦那様の存在は大事よ。無視する気はないの。
「……知らなかった」
ぽつりと声に出した旦那様は、しょんぼりしているように見えた。幼子というより、叱られた愛玩犬みたいな感じね。これ以上突き詰めても、過去は変わらない。無駄なことは省きましょう。
「旦那様、知らなければこれから覚えてはいかがですか。レオンはまだ幼いのですから」
子が生まれれば親も成長する。一緒に親子という関係を作り上げるもの、と私は考えていた。レオンは私の胸に顔を埋め、近づいた旦那様をちらちらと確認する。距離感が掴めていないのよ。父親の存在がわからないから、怖いと思う。仕方ないわよね。
改善するなら、今がチャンスだわ。旦那様の答えを待つ間、レオンをぎゅっと抱き締めた。言い争いではなくても、レオンを不安にさせてしまったのは申し訳ない。愛していると伝わればいいけれど。
「ならば、アマーリアが教えてくれないか」
「私、ですか?」
向き合う気があるなら、旦那様を排除するのは良い手ではない。どうしたって男の子には、父親が必要な時期がくるから。その時後悔しないよう、レオンが優しく人に好かれる子に育つよう、私が譲歩するべきね。
「わかりました。レオンと触れ合う時間を作ってください。まずはそこからです」
時間を作れるかしら? 笑顔で尋ねた私に、旦那様は真剣な顔で頷いた。
1,819
お気に入りに追加
3,753
あなたにおすすめの小説
お姉さまは最愛の人と結ばれない。
りつ
恋愛
――なぜならわたしが奪うから。
正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――
【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。
はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。
周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。
婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。
ただ、美しいのはその見た目だけ。
心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。
本来の私の姿で……
前編、中編、後編の短編です。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
夫が大変和やかに俺の事嫌い?と聞いてきた件について〜成金一族の娘が公爵家に嫁いで愛される話
はくまいキャベツ
恋愛
父親の事業が成功し、一気に貴族の仲間入りとなったローズマリー。
父親は地位を更に確固たるものにするため、長女のローズマリーを歴史ある貴族と政略結婚させようとしていた。
成金一族と揶揄されながらも社交界に出向き、公爵家の次男、マイケルと出会ったが、本物の貴族の血というものを見せつけられ、ローズマリーは怯んでしまう。
しかも相手も値踏みする様な目で見てきて苦手意識を持ったが、ローズマリーの思いも虚しくその家に嫁ぐ事となった。
それでも妻としての役目は果たそうと無難な日々を過ごしていたある日、「君、もしかして俺の事嫌い?」と、まるで食べ物の好き嫌いを聞く様に夫に尋ねられた。
(……なぜ、分かったの)
格差婚に悩む、素直になれない妻と、何を考えているのか掴みにくい不思議な夫が育む恋愛ストーリー。
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました
神村 月子
恋愛
貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。
彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。
「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。
登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。
※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています
【完結済】結婚式の翌日、私はこの結婚が白い結婚であることを知りました。
鳴宮野々花@初書籍発売中【二度婚約破棄】
恋愛
共に伯爵家の令嬢と令息であるアミカとミッチェルは幸せな結婚式を挙げた。ところがその夜ミッチェルの体調が悪くなり、二人は別々の寝室で休むことに。
その翌日、アミカは偶然街でミッチェルと自分の友人であるポーラの不貞の事実を知ってしまう。激しく落胆するアミカだったが、侯爵令息のマキシミリアーノの助けを借りながら二人の不貞の証拠を押さえ、こちらの有責にされないように離婚にこぎつけようとする。
ところが、これは白い結婚だと不貞の相手であるポーラに言っていたはずなのに、日が経つごとにミッチェルの様子が徐々におかしくなってきて───
もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません
片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。
皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。
もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる