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52.土足厳禁は譲れない

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 階段の上り下りがないので、レオンを歩かせる。廊下をてくてく進み、何もないところで躓いた。手を繋いでいてよかったわ。幼い頃って、顔から転ぶのよね。一番重いのが頭だからかも。

 びっくりして固まったレオンを抱き上げ、背中をとんとんと叩く。レオンは私が知る三歳前の子より、成長が遅かった。子供部屋に放置され、話しかけるのは使用人だけ。歩き回れるのも部屋の中だけ。限られた環境にいたせいね。

 それでいて、貴族の子息だから生活水準は高い。着替えやお風呂、部屋の掃除もすべて使用人が行った。自分で動かなくても、生活できてしまっていたの。だから部屋を歩くことも少なかったと推測した。

 普通はこの年齢なら走り回るのに……レオンはまだ歩くのも覚束ない。絨毯の部屋で遊ばせても、すぐに座ってしまうし。走って遊ぶ経験がなかったから、選択肢にないのね。

 場所を用意するだけではダメだわ。でも離れの弟妹をこの部屋に連れてくるには、旦那様が留守の必要がある。あやふやな部分の多い前世の記憶をさらうが、いい案は浮かばなかった。

「レオン、鬼ごっこしましょうか」

「おに……」

 不思議そうな顔をするレオンにルールを説明する。私に捕まったら、今度はレオンが私を捕まえる。交互に遊ぶと伝えたら、目を輝かせた。好奇心は旺盛だし、すぐに年齢相応に遊べるようになるわ。

「行くわよ」

 転んでも痛みの少ない絨毯の部屋で、レオンは甲高い嬌声をあげて走る。追いかけて失敗したフリで数回逃してから、ぎゅっと抱っこした。

「もっかい!」

「あら、今度はレオンが私を捕まえるのよ」

 逆の立場と教えて、今度は私が逃げた。速過ぎず遅過ぎず、加減の方が難しいわね。途中で長い裾を踏みそうになって、レオンに捕まった。思ったよりいい運動になるわ。

 何より、一度もレオンが転んでいない。楽しかったのか、真っ赤に上気した頬は緩みっぱなしだった。運動の一環として取り入れてもいいわね。

 大はしゃぎするレオンを抱いて、床にぺたりと座った私は……視線を感じて振り返った。

「え?」

「……」

 無言の旦那様と目が合う。さきほど食事を終えて二階に戻ったのでは? なぜ、ここにいるのかしら。扉を半分ほど開けて凝視する旦那様の後ろで、ベルントが困ったような顔で控えていた。

「この部屋は……」

「団欒用の居間ですわ。この通り、レオンの遊び場に変えました」

 文句があるなら言ってみなさい。留守にする旦那様が悪い! そう心の中で反論しながらも、表面上は穏やかに状況を説明した。

「そうか」

 なぜか頷いた旦那様が入室する。絨毯を踏みそうになったので、声をかけた。

「この先は土足厳禁ですわ、靴を脱いでお入りください」

「土足、厳禁?」

 聞き慣れない言葉に眉を寄せる旦那様は、説明を求めるように私を見つめる。寝転がっても平気なよう、この部屋を汚さないため靴を脱ぐのだと教えた。汚れたら掃除をすればいい、貴族はそう考える。でも、子供が寝転ぶ部屋ならベッドと同じように靴を脱いでほしいわ。

 旦那様はじっと話を聞いた後、納得した様子で靴を脱いだ。ベルントが妙な声を漏らし、私は驚き過ぎて固まった。
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