48 / 131
48.言葉にして伝えられて偉いわ
しおりを挟む
小さな手にぺちぺちと顔を触られ、私は目を覚ました。外は夕暮れで、寝過ごしたと赤い夕日が責めている。
「レオン、よく眠れた?」
「うん、もっかい! おまちゅり」
もう一度行こうと強請る幼子に、もう終わったのよと説明した。じっと聞いて悲しそうな顔をする。ユリアンとの会話は、覚えていないみたい。ほとんど眠っちゃってたから。
同じ説明をして、また別のお祭りに参加しようと誘う。
「ちゅぎ?」
「そうよ、秋にお祭りがあるの。お祭りじゃなくても、街に出られるわ。お買い物やお散歩も素敵ね」
「……うん」
それはそれで楽しそうだけれど、今はお祭りで頭がいっぱい。そんな顔のレオンの頬に、ちゅっと口付けた。
「今回のお祭りは、おしまいよ」
そろそろ聞き慣れたおしまいに頷き、レオンはにっこり笑った。気持ちの切り替えができたかしら?
ピンクの外出用ワンピースから、落ち着いた濃緑のワンピースに着替える。ストンとした形は、スレンダーラインに似ていた。室内着と呼ぶほどラフではないけれど、締め付けのない楽な服装だった。来客予定のないくつろぎの時間に、貴族の奥様達が着用するらしい。
伯爵家だけど、貧乏すぎて知らなかったわ。お母様がいたら教えてくれたかもしれない。他人に見せないなら、腰を括れさせたり、胸を寄せてあげたりしなくていいもの。裾が長いのは気になるが、足首を見せないなら身長ぴったりなのも仕方ない。踏まないよう気をつけましょう。
ショールの一部を留めて袖の形を作った上着を羽織った。よく貴族の奥様が後ろにショールをダランと垂らすのに、後ろに滑って落ちないのが不思議だったけど……。こうやって一部を留めて、筒状にしてから腕を通していたのね。
公爵家ではなんでも揃うので、侍女の方が服装や規定に詳しい。私は言われるまま、最低限のレベルを確保していた。種類が多すぎて、お飾りの名前とか覚えられないわ。
「おかぁしゃ、ま!」
最後の「ま」だけ強調しながら、どすんと体当たりする。レオンも着替え終えていた。前世で見たパジャマに似た服を纏い、抱っこと手を伸ばす。
「あら、どうしましょうか」
自分で抱っこと言えるかしら。首を傾げて待つ私に、レオンは必死に手を伸ばした。伝わるんだけれど、言葉に出してほしい。側から見れば、抱き上げちゃえばいいのに……という場面だろう。
自分の意思をすべて汲んでもらえたら、レオンは言葉を使わなくなってしまうわ。後で困るのはレオン自身だもの。必要なことは自分の口から伝えないとね。
笑顔で動かない私に焦れたのか、足を動かして地団駄を踏むような仕草をした。それから「だっこ!」と両手で私の腿を叩く。伝わってるはずなのに、上手に伝わらなくて焦れったい。きちんと口にできたレオンを、抱き上げた。
「偉いわ、レオンはちゃんと言葉で伝えられるのね」
「えぁい?」
「ええ、すごく立派だわ」
「いっぱ!」
抱っこにご満悦のレオンを連れて、自室を出た。廊下を抜けて、絨毯の部屋になっている居間へ足を向ける。
ふと、馬車の音が聞こえた。気のせいと思いたい。私の願い虚しく、旦那様帰宅のお知らせが入る。聞いてしまえば、無視も大人げないと行き先を変更した。
玄関ホールで旦那様をお迎えしましょう。それにしても、帰宅が早いわね。
「レオン、よく眠れた?」
「うん、もっかい! おまちゅり」
もう一度行こうと強請る幼子に、もう終わったのよと説明した。じっと聞いて悲しそうな顔をする。ユリアンとの会話は、覚えていないみたい。ほとんど眠っちゃってたから。
同じ説明をして、また別のお祭りに参加しようと誘う。
「ちゅぎ?」
「そうよ、秋にお祭りがあるの。お祭りじゃなくても、街に出られるわ。お買い物やお散歩も素敵ね」
「……うん」
それはそれで楽しそうだけれど、今はお祭りで頭がいっぱい。そんな顔のレオンの頬に、ちゅっと口付けた。
「今回のお祭りは、おしまいよ」
そろそろ聞き慣れたおしまいに頷き、レオンはにっこり笑った。気持ちの切り替えができたかしら?
ピンクの外出用ワンピースから、落ち着いた濃緑のワンピースに着替える。ストンとした形は、スレンダーラインに似ていた。室内着と呼ぶほどラフではないけれど、締め付けのない楽な服装だった。来客予定のないくつろぎの時間に、貴族の奥様達が着用するらしい。
伯爵家だけど、貧乏すぎて知らなかったわ。お母様がいたら教えてくれたかもしれない。他人に見せないなら、腰を括れさせたり、胸を寄せてあげたりしなくていいもの。裾が長いのは気になるが、足首を見せないなら身長ぴったりなのも仕方ない。踏まないよう気をつけましょう。
ショールの一部を留めて袖の形を作った上着を羽織った。よく貴族の奥様が後ろにショールをダランと垂らすのに、後ろに滑って落ちないのが不思議だったけど……。こうやって一部を留めて、筒状にしてから腕を通していたのね。
公爵家ではなんでも揃うので、侍女の方が服装や規定に詳しい。私は言われるまま、最低限のレベルを確保していた。種類が多すぎて、お飾りの名前とか覚えられないわ。
「おかぁしゃ、ま!」
最後の「ま」だけ強調しながら、どすんと体当たりする。レオンも着替え終えていた。前世で見たパジャマに似た服を纏い、抱っこと手を伸ばす。
「あら、どうしましょうか」
自分で抱っこと言えるかしら。首を傾げて待つ私に、レオンは必死に手を伸ばした。伝わるんだけれど、言葉に出してほしい。側から見れば、抱き上げちゃえばいいのに……という場面だろう。
自分の意思をすべて汲んでもらえたら、レオンは言葉を使わなくなってしまうわ。後で困るのはレオン自身だもの。必要なことは自分の口から伝えないとね。
笑顔で動かない私に焦れたのか、足を動かして地団駄を踏むような仕草をした。それから「だっこ!」と両手で私の腿を叩く。伝わってるはずなのに、上手に伝わらなくて焦れったい。きちんと口にできたレオンを、抱き上げた。
「偉いわ、レオンはちゃんと言葉で伝えられるのね」
「えぁい?」
「ええ、すごく立派だわ」
「いっぱ!」
抱っこにご満悦のレオンを連れて、自室を出た。廊下を抜けて、絨毯の部屋になっている居間へ足を向ける。
ふと、馬車の音が聞こえた。気のせいと思いたい。私の願い虚しく、旦那様帰宅のお知らせが入る。聞いてしまえば、無視も大人げないと行き先を変更した。
玄関ホールで旦那様をお迎えしましょう。それにしても、帰宅が早いわね。
1,798
お気に入りに追加
3,753
あなたにおすすめの小説
お姉さまは最愛の人と結ばれない。
りつ
恋愛
――なぜならわたしが奪うから。
正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――
【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。
はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。
周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。
婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。
ただ、美しいのはその見た目だけ。
心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。
本来の私の姿で……
前編、中編、後編の短編です。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました
神村 月子
恋愛
貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。
彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。
「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。
登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。
※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています
もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません
片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。
皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。
もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。
【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました
あおくん
恋愛
父が決めた結婚。
顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。
これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。
だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。
政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。
どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。
※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。
最後はハッピーエンドで終えます。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる