46 / 274
46.多少のお行儀悪さも楽しみのうち
しおりを挟む
飲み込むまでに時間がかかったけれど、味は美味しいわ。双子は違う肉に手を伸ばし、エルヴィンは菜っ葉に包んでぱくり。お父様はエールを楽しんでいる。そうよね、歩いて帰るわけじゃないし……飲みたいけれど。
庶民のお酒であるエールを、お祭りで味見するのは叱られないと思う。ただ、私はお酒に弱い。前世は飲める方だったが、今は下戸に近かった。この世界の成人は男女ともに十六歳だ。私も成人してすぐにワインを口にした。
結果は惨敗、まさかのグラス一杯で撃沈したの。翌日も軽い頭痛と吐き気が残り、最悪の気分だった。前世の記憶がワインよりエールの方が軽いと告げるけれど……無理だわ。抱っこしたレオンを落とす可能性があるもの。
レオンの小さな口はまだ塞がっており、もぐもぐと顎が上下する。もしかして、噛みきれないから困っている? 私に背を向けた形のレオンを、横向きに抱き直した。それから顔の横に手を添えて隠し、尋ねる。
「無理ならぺっ、していいわよ」
綿のハンカチを広げて、ほら、と促す。すると唇が尖った。レオンの目は、双子を捉えていた。次の肉を頬張り、噛むのもそこそこに飲み込む。あまり肉を買ってあげられなかったから、肉ってだけで興奮しているのね。
レオンはまだ噛んでいる。あの子達くらいの年齢なら飲んでも平気だろう。でも、レオンは幼い。無理をして喉を詰まらせたら……想像だけでぞっとした。
「うっく」
変な声がして、レオンの喉がごくりと動く。凝視する私の前に、ベルントがジュースのコップを置いた。小さなレオンの手がコップへ伸びる。
入っているのは、ごく普通のオレンジジュースだ。一緒に口元まで運び、ゆっくり飲む姿に頬を緩める。大丈夫そうね。林檎とオレンジを見比べ、レオンの期待の眼差しに応えてオレンジを選んだ。
「おんなじ!」
「ええ、同じオレンジジュースよ」
機嫌のいいレオンは、次の食べ物を目で探す。自由にさせながら、食べたい物を教えてもらおうと顔を寄せた。
「おかあちゃま! これぇ」
大きな魚の串焼きを食べたいと強請り、ベルントが解すのを楽しそうに待つ。
「レオン様、お魚食べるの? 私も欲しいわ」
ユリアーナが欲しがり、全員で分け合うことにした。私の肘から指先ほどもある大きな魚が、食べやすい大きさになって皿に並ぶ。目の前に運ばれた白身魚は、塩をまぶして焼いたのね。白い塩の粒が見えた。
毒見の後に、今度は私が温度を確かめる。少し熱いかしら。ふーっと息を吹きかけて冷まし、フォークで掬った。
「レオン、あーん」
「あーっ、ん」
一口で魚を頬張ったレオンは、両手で頬を押さえた。これは熱かったんじゃなく、美味しかった時の仕草ね。天使の笑顔を振り撒く幼子の唇が、魚の脂で艶々だ。拭こうと思ったが、その前にぺろりと舐められた。
お行儀が悪いけれど……ここは叱る場面ではないわね。何より……ユリアンの真似をしたみたいだし。先にユリアンの作法を直さなくてはダメね。兄や姉が出来た認識のレオンは、三人の真似をしたがる。
伯爵家以上のマナーを覚えてもらわないと……レオンが真似して覚えちゃうわ。くすくす笑いながら、二口目をレオンに差し出した。
庶民のお酒であるエールを、お祭りで味見するのは叱られないと思う。ただ、私はお酒に弱い。前世は飲める方だったが、今は下戸に近かった。この世界の成人は男女ともに十六歳だ。私も成人してすぐにワインを口にした。
結果は惨敗、まさかのグラス一杯で撃沈したの。翌日も軽い頭痛と吐き気が残り、最悪の気分だった。前世の記憶がワインよりエールの方が軽いと告げるけれど……無理だわ。抱っこしたレオンを落とす可能性があるもの。
レオンの小さな口はまだ塞がっており、もぐもぐと顎が上下する。もしかして、噛みきれないから困っている? 私に背を向けた形のレオンを、横向きに抱き直した。それから顔の横に手を添えて隠し、尋ねる。
「無理ならぺっ、していいわよ」
綿のハンカチを広げて、ほら、と促す。すると唇が尖った。レオンの目は、双子を捉えていた。次の肉を頬張り、噛むのもそこそこに飲み込む。あまり肉を買ってあげられなかったから、肉ってだけで興奮しているのね。
レオンはまだ噛んでいる。あの子達くらいの年齢なら飲んでも平気だろう。でも、レオンは幼い。無理をして喉を詰まらせたら……想像だけでぞっとした。
「うっく」
変な声がして、レオンの喉がごくりと動く。凝視する私の前に、ベルントがジュースのコップを置いた。小さなレオンの手がコップへ伸びる。
入っているのは、ごく普通のオレンジジュースだ。一緒に口元まで運び、ゆっくり飲む姿に頬を緩める。大丈夫そうね。林檎とオレンジを見比べ、レオンの期待の眼差しに応えてオレンジを選んだ。
「おんなじ!」
「ええ、同じオレンジジュースよ」
機嫌のいいレオンは、次の食べ物を目で探す。自由にさせながら、食べたい物を教えてもらおうと顔を寄せた。
「おかあちゃま! これぇ」
大きな魚の串焼きを食べたいと強請り、ベルントが解すのを楽しそうに待つ。
「レオン様、お魚食べるの? 私も欲しいわ」
ユリアーナが欲しがり、全員で分け合うことにした。私の肘から指先ほどもある大きな魚が、食べやすい大きさになって皿に並ぶ。目の前に運ばれた白身魚は、塩をまぶして焼いたのね。白い塩の粒が見えた。
毒見の後に、今度は私が温度を確かめる。少し熱いかしら。ふーっと息を吹きかけて冷まし、フォークで掬った。
「レオン、あーん」
「あーっ、ん」
一口で魚を頬張ったレオンは、両手で頬を押さえた。これは熱かったんじゃなく、美味しかった時の仕草ね。天使の笑顔を振り撒く幼子の唇が、魚の脂で艶々だ。拭こうと思ったが、その前にぺろりと舐められた。
お行儀が悪いけれど……ここは叱る場面ではないわね。何より……ユリアンの真似をしたみたいだし。先にユリアンの作法を直さなくてはダメね。兄や姉が出来た認識のレオンは、三人の真似をしたがる。
伯爵家以上のマナーを覚えてもらわないと……レオンが真似して覚えちゃうわ。くすくす笑いながら、二口目をレオンに差し出した。
2,139
お気に入りに追加
4,249
あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ
青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。
今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。
婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。
その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。
実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

皇太女の暇つぶし
Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。
「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」
*よくある婚約破棄ものです
*初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

美しい容姿の義妹は、私の婚約者を奪おうとしました。だったら、貴方には絶望してもらいましょう。
久遠りも
恋愛
美しい容姿の義妹は、私の婚約者を奪おうとしました。だったら、貴方には絶望してもらいましょう。
※一話完結です。
ゆるゆる設定です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる