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43.言葉にならない感情 ***SIDE公爵
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フランクに今日の予定を確認し、時間を合わせて食堂へ向かった。すでに着座した妻は、膝に幼子を座らせている。重いのではないかと思うが、彼女は笑顔だった。
貴族女性は、令嬢も夫人もやたらに細い。まるで剣のレイピアのように、ひょろりと細くて折れそうだった。そのくせ強かなところもそっくりだ。だが、アマーリアからは弱さを感じない。
息子を支える腕は細く見えるのに、不安定に揺らぐことはなかった。
「おはようございます、旦那様。ほら、レオンもご挨拶して」
「おぁよ、ごじゃ、ます」
拙く辿々しいが、レオンは朝の挨拶をする。ぺこりと小さな会釈まで添えて。その姿に愕然とした。もう家庭教師をつけ、専門的な勉強や剣術を習わせる時期だと思ったのに。まだ赤子同然ではないか。
子供の成長が、こんなに時間がかかるものだとは……想像もしなかった。
「ああ、おはよう」
挨拶をすると、レオンは驚いたように目を見開き、俺の顔をじっくり眺めた。その後、我に返った様子でアマーリアに抱き付く。首にぎゅっと手を回した息子の黒髪を撫でながら、よくできたわと褒める妻に驚いた。
できて当たり前のことを、いちいち褒めるのか。自分の時も同じだったかと思い浮かべるも、厳しい顔で怒鳴られた記憶しかない。嬉しそうに笑うレオンの姿は、俺の目に眩しく映った。
「旦那様、お食事をご用意いたしました」
なぜか、居た堪れない気持ちで立ち上がるも、執事ベルントが朝食を準備したと告げる。逃げ出したくなった理由がわからぬまま、再び腰を下ろした。
俺を気にせず、母子は仲良く食事を続けている。小さなデザート用のスプーンで掬った卵料理を、レオンの口に入れる。両手で頬を包んで「おいちっ、おいち!」と笑う幼子が口を開く。当たり前のように、今度はスープが運ばれた。
毎日、あのように食事をするのが、母子なのだろうか。パンを千切らぬまま口元へ押し付けるレオンに、嫌な顔をせずアマーリアは一口齧る。作法として間違っているのに、みっともないとか見苦しいと感じなかった。
どうやって何を食べたか、味も量も思い出せない朝食が終わる。仕事へ行く準備を整え、玄関へ見送りに来た二人を振り返った。小さなレオンの手を掴んで、ひらひらと振ってみせる妻。苦しいような不思議な感情が込み上げ、早口で「行ってくる」と言い残した。
馬車に乗り込み、王宮が見えてくるまで……俯いて何も見なかった。いつもなら、手元の書類を確認している時間を、ただ無駄にする。
「何なのだ、あれは」
妻も息子も、使用人達も。俺が知る屋敷と何もかも違った。他人の家みたいだ。もやもやする感情が心の片隅にへばりついて消えない。
屋敷に戻って苛立つなら、今まで通り仕事場で寝泊まりすればいい。衣食住、何も不自由はなかった。それなのに……頭の中で仕事の段取りを始めている。何時に帰れるか、計算する俺がいた。
近くで観察しなければ、このもやっとした気持ちが理解できない。だからだ! 自らに言い聞かせ、到着した王宮の廊下を顰めっ面で歩いた。
貴族女性は、令嬢も夫人もやたらに細い。まるで剣のレイピアのように、ひょろりと細くて折れそうだった。そのくせ強かなところもそっくりだ。だが、アマーリアからは弱さを感じない。
息子を支える腕は細く見えるのに、不安定に揺らぐことはなかった。
「おはようございます、旦那様。ほら、レオンもご挨拶して」
「おぁよ、ごじゃ、ます」
拙く辿々しいが、レオンは朝の挨拶をする。ぺこりと小さな会釈まで添えて。その姿に愕然とした。もう家庭教師をつけ、専門的な勉強や剣術を習わせる時期だと思ったのに。まだ赤子同然ではないか。
子供の成長が、こんなに時間がかかるものだとは……想像もしなかった。
「ああ、おはよう」
挨拶をすると、レオンは驚いたように目を見開き、俺の顔をじっくり眺めた。その後、我に返った様子でアマーリアに抱き付く。首にぎゅっと手を回した息子の黒髪を撫でながら、よくできたわと褒める妻に驚いた。
できて当たり前のことを、いちいち褒めるのか。自分の時も同じだったかと思い浮かべるも、厳しい顔で怒鳴られた記憶しかない。嬉しそうに笑うレオンの姿は、俺の目に眩しく映った。
「旦那様、お食事をご用意いたしました」
なぜか、居た堪れない気持ちで立ち上がるも、執事ベルントが朝食を準備したと告げる。逃げ出したくなった理由がわからぬまま、再び腰を下ろした。
俺を気にせず、母子は仲良く食事を続けている。小さなデザート用のスプーンで掬った卵料理を、レオンの口に入れる。両手で頬を包んで「おいちっ、おいち!」と笑う幼子が口を開く。当たり前のように、今度はスープが運ばれた。
毎日、あのように食事をするのが、母子なのだろうか。パンを千切らぬまま口元へ押し付けるレオンに、嫌な顔をせずアマーリアは一口齧る。作法として間違っているのに、みっともないとか見苦しいと感じなかった。
どうやって何を食べたか、味も量も思い出せない朝食が終わる。仕事へ行く準備を整え、玄関へ見送りに来た二人を振り返った。小さなレオンの手を掴んで、ひらひらと振ってみせる妻。苦しいような不思議な感情が込み上げ、早口で「行ってくる」と言い残した。
馬車に乗り込み、王宮が見えてくるまで……俯いて何も見なかった。いつもなら、手元の書類を確認している時間を、ただ無駄にする。
「何なのだ、あれは」
妻も息子も、使用人達も。俺が知る屋敷と何もかも違った。他人の家みたいだ。もやもやする感情が心の片隅にへばりついて消えない。
屋敷に戻って苛立つなら、今まで通り仕事場で寝泊まりすればいい。衣食住、何も不自由はなかった。それなのに……頭の中で仕事の段取りを始めている。何時に帰れるか、計算する俺がいた。
近くで観察しなければ、このもやっとした気持ちが理解できない。だからだ! 自らに言い聞かせ、到着した王宮の廊下を顰めっ面で歩いた。
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