43 / 274
43.言葉にならない感情 ***SIDE公爵
しおりを挟む
フランクに今日の予定を確認し、時間を合わせて食堂へ向かった。すでに着座した妻は、膝に幼子を座らせている。重いのではないかと思うが、彼女は笑顔だった。
貴族女性は、令嬢も夫人もやたらに細い。まるで剣のレイピアのように、ひょろりと細くて折れそうだった。そのくせ強かなところもそっくりだ。だが、アマーリアからは弱さを感じない。
息子を支える腕は細く見えるのに、不安定に揺らぐことはなかった。
「おはようございます、旦那様。ほら、レオンもご挨拶して」
「おぁよ、ごじゃ、ます」
拙く辿々しいが、レオンは朝の挨拶をする。ぺこりと小さな会釈まで添えて。その姿に愕然とした。もう家庭教師をつけ、専門的な勉強や剣術を習わせる時期だと思ったのに。まだ赤子同然ではないか。
子供の成長が、こんなに時間がかかるものだとは……想像もしなかった。
「ああ、おはよう」
挨拶をすると、レオンは驚いたように目を見開き、俺の顔をじっくり眺めた。その後、我に返った様子でアマーリアに抱き付く。首にぎゅっと手を回した息子の黒髪を撫でながら、よくできたわと褒める妻に驚いた。
できて当たり前のことを、いちいち褒めるのか。自分の時も同じだったかと思い浮かべるも、厳しい顔で怒鳴られた記憶しかない。嬉しそうに笑うレオンの姿は、俺の目に眩しく映った。
「旦那様、お食事をご用意いたしました」
なぜか、居た堪れない気持ちで立ち上がるも、執事ベルントが朝食を準備したと告げる。逃げ出したくなった理由がわからぬまま、再び腰を下ろした。
俺を気にせず、母子は仲良く食事を続けている。小さなデザート用のスプーンで掬った卵料理を、レオンの口に入れる。両手で頬を包んで「おいちっ、おいち!」と笑う幼子が口を開く。当たり前のように、今度はスープが運ばれた。
毎日、あのように食事をするのが、母子なのだろうか。パンを千切らぬまま口元へ押し付けるレオンに、嫌な顔をせずアマーリアは一口齧る。作法として間違っているのに、みっともないとか見苦しいと感じなかった。
どうやって何を食べたか、味も量も思い出せない朝食が終わる。仕事へ行く準備を整え、玄関へ見送りに来た二人を振り返った。小さなレオンの手を掴んで、ひらひらと振ってみせる妻。苦しいような不思議な感情が込み上げ、早口で「行ってくる」と言い残した。
馬車に乗り込み、王宮が見えてくるまで……俯いて何も見なかった。いつもなら、手元の書類を確認している時間を、ただ無駄にする。
「何なのだ、あれは」
妻も息子も、使用人達も。俺が知る屋敷と何もかも違った。他人の家みたいだ。もやもやする感情が心の片隅にへばりついて消えない。
屋敷に戻って苛立つなら、今まで通り仕事場で寝泊まりすればいい。衣食住、何も不自由はなかった。それなのに……頭の中で仕事の段取りを始めている。何時に帰れるか、計算する俺がいた。
近くで観察しなければ、このもやっとした気持ちが理解できない。だからだ! 自らに言い聞かせ、到着した王宮の廊下を顰めっ面で歩いた。
貴族女性は、令嬢も夫人もやたらに細い。まるで剣のレイピアのように、ひょろりと細くて折れそうだった。そのくせ強かなところもそっくりだ。だが、アマーリアからは弱さを感じない。
息子を支える腕は細く見えるのに、不安定に揺らぐことはなかった。
「おはようございます、旦那様。ほら、レオンもご挨拶して」
「おぁよ、ごじゃ、ます」
拙く辿々しいが、レオンは朝の挨拶をする。ぺこりと小さな会釈まで添えて。その姿に愕然とした。もう家庭教師をつけ、専門的な勉強や剣術を習わせる時期だと思ったのに。まだ赤子同然ではないか。
子供の成長が、こんなに時間がかかるものだとは……想像もしなかった。
「ああ、おはよう」
挨拶をすると、レオンは驚いたように目を見開き、俺の顔をじっくり眺めた。その後、我に返った様子でアマーリアに抱き付く。首にぎゅっと手を回した息子の黒髪を撫でながら、よくできたわと褒める妻に驚いた。
できて当たり前のことを、いちいち褒めるのか。自分の時も同じだったかと思い浮かべるも、厳しい顔で怒鳴られた記憶しかない。嬉しそうに笑うレオンの姿は、俺の目に眩しく映った。
「旦那様、お食事をご用意いたしました」
なぜか、居た堪れない気持ちで立ち上がるも、執事ベルントが朝食を準備したと告げる。逃げ出したくなった理由がわからぬまま、再び腰を下ろした。
俺を気にせず、母子は仲良く食事を続けている。小さなデザート用のスプーンで掬った卵料理を、レオンの口に入れる。両手で頬を包んで「おいちっ、おいち!」と笑う幼子が口を開く。当たり前のように、今度はスープが運ばれた。
毎日、あのように食事をするのが、母子なのだろうか。パンを千切らぬまま口元へ押し付けるレオンに、嫌な顔をせずアマーリアは一口齧る。作法として間違っているのに、みっともないとか見苦しいと感じなかった。
どうやって何を食べたか、味も量も思い出せない朝食が終わる。仕事へ行く準備を整え、玄関へ見送りに来た二人を振り返った。小さなレオンの手を掴んで、ひらひらと振ってみせる妻。苦しいような不思議な感情が込み上げ、早口で「行ってくる」と言い残した。
馬車に乗り込み、王宮が見えてくるまで……俯いて何も見なかった。いつもなら、手元の書類を確認している時間を、ただ無駄にする。
「何なのだ、あれは」
妻も息子も、使用人達も。俺が知る屋敷と何もかも違った。他人の家みたいだ。もやもやする感情が心の片隅にへばりついて消えない。
屋敷に戻って苛立つなら、今まで通り仕事場で寝泊まりすればいい。衣食住、何も不自由はなかった。それなのに……頭の中で仕事の段取りを始めている。何時に帰れるか、計算する俺がいた。
近くで観察しなければ、このもやっとした気持ちが理解できない。だからだ! 自らに言い聞かせ、到着した王宮の廊下を顰めっ面で歩いた。
2,389
お気に入りに追加
4,249
あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ
青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。
今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。
婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。
その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。
実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

皇太女の暇つぶし
Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。
「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」
*よくある婚約破棄ものです
*初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです



【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる