【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)

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41.ここ、いたいくない?

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 人と話すのが怖いの? そう問うた私に、レオンは迷いながら頷いた。舌足らずなのは、人と話す時間が少なかったせい。耳から聞いて口から話す、ごく当たり前の行為を経験してこなかったからよ。使用人達を責める気はないわ。

 最低限のお世話はしていた。ただ、家族が与える愛情と声掛けが足りなかったの。もしこのまま育っていたら、人前で赤面して何も言えない子になったかもしれない。そうなったら、辛い思いをするのはレオンだった。子育てと親の責任を放棄した旦那様ではない。

 理不尽よね。人の顔を見て話した機会が乏しいレオンが、あれほどに他人を怖がった理由は……祖父だった。おじいさまが僕を嫌いだ、怒られたと教えてくれた。だから私は動くの。この子を傷つけるものが世界そのものでも、母親である私だけは信じて守らないといけないわ。

 祖父を怖がる理由を問い詰めた私に、家令フランクが話したのは……腹立たしい行いだった。母親がいなくて泣く幼子を煩いと怒鳴りつけ、愛情を注ぐどころか突き飛ばす。きっとレオンは抱っこしてほしかっただけよ。母親がいなければ、父親や祖父母に縋るのは当然だわ。

 鬱陶しい、煩い、泣くな。フランクが選んだ言葉よりもっと汚い、もっと酷い言葉を投げたのでしょう。包んで話すフランクは、時々言葉を探した。先代公爵を庇うというより、これ以上レオンを傷つけないために。和らげた表現でもこれほど腹が立つなんて!

 苛々を静めるため、深呼吸する。廊下の途中で立ち止まった私は、胸を張って口角を無理やり持ち上げた。笑顔を作ってレオンの部屋の扉をノックする。侍女マーサの返答があり、扉が開いた。ベッドから飛び起きたレオンが、お尻で擦って床に足を付ける。両手を広げて走ってきた。

「おかあしゃま! おか、しゃ……ま」

「ごめんなさいね、レオン。寂しかったかしら」

「っ、あの……ここ、いたいくない?」

 膝をついて抱き止めた私の胸に顔を埋め、心配そうに尋ねる。どこのことかと首を傾げると、私のデコルテにぺたりと手を押し当てた。胸が痛い? どうして?

「痛くないわ」

 部屋に入る前の作り笑顔は、一瞬で本物に変わっていた。にっこり笑って大丈夫と伝えれば、安心した顔をする。抱き上げて運び、ベッドに下ろそうとするが嫌がった。私も座って膝に乗せる。向かい合う形で両手を伸ばして、何度も匂いを嗅ぐ姿は子猫みたいね。

 胸の痛みの理由を聞くと、たどたどしく説明してくれた。

「おじぃ、さま……おこる。ここ、いたいくなるの」

 痛くなるのね? 頷きながら聞く。言葉を繰り返して訂正するより、ただ受け止めた。大事なことを話そうとしている気がするの。

「ここ、こっち、……ここ」

 頬と頭を手のひらで示し、最後にお腹をくるりと撫でるレオンはまた抱き着いた。背中まで届かない手が、脇腹の裏に回って……擽ったい。体温の高い子供の手が、じわりと熱を伝えてきた。頭と頬は叩かれて、お腹は……っ! 殴ったにしても蹴ったにしても、ダメな場所じゃない!!

 怒りでかっとした。頭の中に罵詈雑言が並び、口から零れ出そう。目の奥が熱くなり、口惜しさと怒りが入り混じって涙が出る直前だった。ぐっと堪えて、レオンの黒髪に頬を押し付ける。苦しい姿勢で、私はレオンの頬にキスをした。

「強い子ね、レオン。お母様を心配してくれてありがとう。でもお母様は強いのよ! やっつけちゃうんだから」

 声が上擦ってしまい、不思議そうな顔のレオンが首を傾ける。その額にキスをして、抱き締めながらベッドに転がった。この子を守るのは私! これからは幸せだけを積み重ねて、記憶を上書きしましょうね。
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