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40.旦那様が思ったよりまともね

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「このような小娘に名乗る必要はない!」

 無礼どころか、非礼ですわ。この意味、旦那様もさすがに理解できますわね? 片方の眉尻を上げ、無言で旦那様を睨む。これで理解できないなら、レオンを連れて屋敷を出る必要がありそう。

 この老人は、公爵夫人を小娘と言い放った。己の肩書きや名を告げることなく、貴族として最低限の礼儀すら怠ったくせに、使用人がいる前で私を軽んじたの。それは私の名誉を貶すより重く、公爵家の面目を潰す行為だった。

 何も言わずに見逃がせば、ケンプフェルト公爵家があざけられる。そもそも旦那様が若くして公爵家を継いだ理由は、父親の無能さにあると思うの。誰にでもキャンキャン噛みつく小型犬が公爵だなんて、王家も迷惑したでしょう。

「っ、父上、今の発言は……ケンプフェルト公爵家を軽んじたも同然だ。撤回していただきたい」

 ぎりぎり堪えているが、怒りの滲んだ声が漏れ出る。食いしばった歯の間から絞る怒りの響きに、お年を重ねただけの先代は反発した。

「なんだと?! 貴様、この父に逆らうのか!」

「父上こそ、最低限の礼儀と立場を弁えるべきだ。今後、王都屋敷への立ち入りを禁じる!! フランク、この老人を領地へ返送しろ。許可が出るまで幽閉し、外へ出すな!」

 ようやくご理解いただけたみたいね。両腕を組んで、顎を反らした私の前で家令が連れてきた騎士達が、先代公爵を拘束する。公爵家当主の命令がある以上、先代だろうとその言い分が優先されるはずはなかった。うるさすぎて、口に布を押し込まれている。

 連れ出される姿を確認し、イルゼがお茶を交換した。誰も手を付けなかった紅茶は冷めてしまい、申し訳ない気持ちになる。イルゼは紅茶を淹れるのが本当に上手だもの。

「手を付けずに片付けさせて、ごめんなさいね」

「公爵夫人ともあろう者が謝るな」

「旦那様、使用人に謝ったのではありません。私はイルゼという有能で親切な女性のお茶を台無しにしたことに、申し訳ないと思ったのです。必要な礼や謝罪を省くなど、失礼な行為ですわ。さきほど、旦那様もお父上を悪いと仰ったのですから、ご理解いただけますわね」

 何か言いたげだが、旦那様は口を噤んだ。カップを引き寄せ、湯気の出るお茶を一口。私も来客用のソファに腰掛け、しっかり味わった。無言のまま壁際に戻ったイルゼだが、その表情はどこか柔らかい。誰だって、自分の仕事を認められるのは嬉しい。お世辞じゃなく、本当に素晴らしい味だもの。

 褒めて何が悪い。申し訳ないと思ったら謝って、どんな禍があるの。むっとした感情のまま、旦那様を無視して立ち上がった。最低限の義務として言葉だけ残す。

「私はレオンのところに戻ります。何かあるなら、旦那様が足を運んでくださいね」

 遠回しに私は用がないと言い切った。こういう嫌味って、男性より女性の方が得意だと思うの。女性同士の争いって陰険で、どこまでもずる賢い。真っ黒な手を隠して、異性の前で可憐に振る舞うのよ。まあ、私は苦手な方だけれど……レオンの為なら出来る。

 ぐっと拳を握って踵を返した。

「待ってくれ……さきほどの、レオンに危害を加えた、とは……」

「フランクに尋ねたら知っていますわ」

 後ろに従うイルゼを連れて、廊下に出た。ほっとして肩から力が抜ける。旦那様が先代そっくりな人でなくて、良かったわ。
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