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38.天使に嘘はつけないわ

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「どういうつもりだ! なぜ父上が隔離されている!?」

 なるほど、すでに屋敷に立ち寄った後ですね。黙って正面から向き合う。レオンの耳を覆う形で庇った。とばっちりがレオンに向かったら、旦那様でも蹴飛ばしますからね!

「前公爵閣下を名乗る、無礼な殿方でしたら存じ上げております」

 あくまでも、前公爵を名乗る人物だ。家令のフランクが顔を知っていても、私は一度も名乗られていない。名乗らない以上、自称義父だった。一般的に嫁が家に入れば、旦那様が私と家族を顔合わせするものです。

「あれは父だ!」

「落ち着いて話せませんか? 幼子もいる場で、立派な紳士が怒鳴るなんて、品のない行いですわ」

 没落寸前の元伯爵令嬢から、公爵閣下への最大の嫌味です。通じなかったら、相応の扱いをいたしましょう。

「っ! 場所を変える」

「そういたしましょう。屋敷に帰るところですの」

 旦那様をその場に残し、私はくるりと踵を返した。背中を向けられれば、紳士たる公爵閣下が私に口撃はできないはず。少し離れて様子を見ていたお父様と弟妹が、ぺこりと会釈をして追いかける。横目で見ながら、ベルントを促した。

「ベルント、馬車の用意を」

「はい、奥様」

 執事としての役割は、現時点で屋敷の奥様を連れ帰ること。護衛騎士の方が反応が早かった。彼らは屋敷を出る前に命じられた通り、護衛対象を守る。馬車までしっかり警護し、私達が乗り込んだのを確認して馬に跨った。

 出先で主家の者が増えても、護衛対象を勝手に変更することはない。上司の命令がないんだもの。ベルントは少し甘いわね。

 没落寸前で使用人もいなかった貧乏伯爵家の令嬢が、ここまで知っているはずはない。何も知らず、泣きながら謝るとでも思ったのかしら。

 私は前世での記憶がある。社会人として働いた経験や、映画や小説で得た知識もあった。貴族階級の決まりごとや作法が思い出せるから、そういう話が好きだったのかも。とても役立っているわ。

 そもそも人前で自分より下位の者に怒鳴るなんて、上司として最低の行いだった。仕事場でも同じ行為をしているなら、パワハラよ。馬車の中で、レオンは私に手を伸ばした。

「おか、しゃま……いいこ」

 伸び上がって、小さな手で私の耳の辺りを撫でる。もっとと背伸びする様子から、頭の上を撫でたいのだと察した。前屈みになると、届いたと嬉しそうに笑う。

 丁寧に何度も撫でたレオンにありがとうを伝えた。

「ありがとう、嬉しいわ」

「うん。こわい、ひと……だれ?」

 やだ、困ったわ。怖い人認定しているのに、父親だと伝えるべき? それとも誤魔化す……いえ、信頼関係が壊れてしまう。たとえ幼子でも嘘や誤魔化しは良くない。子供に聞かせられない話ではないのだから。

「あの人は、レオンのお父様よ」

「……おとう、しゃま」

 むっとした顔で考え、レオンなりの答えを出した。

「やだ……ないない」

 要らないと一刀両断するレオンに、何とも言えない気持ちになった。父親とは頼りになる人で、あなたを愛してくれる存在なの。そう伝えるべきなのに、声が喉に詰まった。

 さすがに天使へ嘘を教える気になれないわ。
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