30 / 274
30.聞いてあげることも大切
しおりを挟む
赤いクレヨンが不恰好な丸を描いた。その中を塗りつぶす。大人の目から見たら、トマトか林檎を想像する。でも勝手に決めつけたらいけないわ。
「あら、素敵な赤だわ。これは何かしら、お母様に教えてくれる?」
「おそと、あるの」
外にあるもの? 花かしら。他に赤いもの……考えている間に、今度は黒を手に取った。周りに何か線を引く。続いて黄色を選び、小さな丸をいくつも足した。
「これ、おはにゃ」
黄色いのはお花、黒は何だろう。赤の正体も不明のままだ。たくさんの色を散らして、レオンは機嫌よく絵を描き続ける。だが、半分ほど紙を埋めると、クレヨンを離した。
「お絵描きはおしまい?」
小さく頷くレオンがクレヨンを箱に並べた。紙で巻いてあっても、幼子がクレヨンを使うと手につく。その手で顔を擦ってしまい、目元に赤が付いた。くすくす笑って、侍女に濡れたタオルを用意してもらう。
「レオン、ちょっと上を向いて。そうよ、上手ね」
手にした温かいタオルで丁寧に顔を拭いた。また顔を汚さないよう、手も拭き清める。さっぱりしたのか、レオンは眠そうだった目をぱっちり開いた。
「あんね。ここ……おか、しゃま」
黄色い棒を指差す。隣の小さな棒は黒かった。
「ぼく」
「じゃあ、こっちはエルかしら」
髪色で線を引いたのね。納得しながら私とレオンの中間の長さを指差した。頷いたレオンは、自分よりやや大きいピンクに指を移動させる。
「あにゃ、ゆん!」
緑色の棒はユリアン、隣のピンクはユリアーナ。こちらは服の色だろう。笑顔で聞いて、次を促した。
「これは?」
「じじぃ」
ぷっと吹き出しそうになって、頬を引き締める。笑ったらダメよ、じぃじと言いたかったんだから。堪えているせいで、神妙な顔で頷いてしまった。
「べう!」
ベルントのことね。頷いてわかっているわと示す。話を聞いてもらえるのが嬉しいのか、レオンはご機嫌で次々と紹介してくれた。たくさんの丸と歪な四角、長さが違う線はすべてに意味がある。最終的に赤は屋敷だったことが判明。
屋根や壁の色とも違うけれど、抽象的な意味があるのかも。目立つ色にしたかったとか? 理由はなんでもいい。レオンが楽しんで机に向かってくれたことが、一番の収穫だった。
「お勉強、頑張ったからご褒美よ」
「ほん」
絵を描く間も机の上に置いていた絵本を引き寄せ、読んでほしいと強請る。ちょうど双子も集中力が切れたようで、ぐったりしていたから誘った。エルヴィンはまだ頑張るみたいね。
一緒に移動し、部屋の奥にあるソファーに腰掛けた。膝の上にレオンを乗せると、双子は両側に座る。小さな子猫が親を探して冒険するお話だった。黒いカラスに連れ去られ、知らない場所から始まる。母親や兄弟を尋ねながら、様々な動物や虫と交流し、最後はきちんと再会できた。
めでたし、めでたしで終わる内容だ。泣きそうになったり、唇を尖らせたり、はたまた喜んだり、レオンは百面相だった。こういった読み聞かせが、幼い子の情緒を育くむ。それだけではなく、安心して寄り添える親の存在も精神的な安定の材料だ。
「おしまい。そろそろお昼ご飯よ」
絵本はおしまい。言い聞かせるために、必ず口にする。聞き慣れてしまえば、この言葉で終わりを理解できるから。レオンは残念そうに絵本の棚を見ていたが、こくんと頷いた。
「えらいわ。ご飯を食べてお昼寝した後で、また絵本を読みましょうね」
レオンはうーんと考えて、話を理解しようとしている。だからもう一度、今度は短く次の動きを示した。
「ご飯、お昼寝、絵本よ」
「うん!」
口の中で「ごあん、お……ひるえ、ほん」と繰り返す。やっぱり舌ったらずで、そこが可愛い。
「あら、素敵な赤だわ。これは何かしら、お母様に教えてくれる?」
「おそと、あるの」
外にあるもの? 花かしら。他に赤いもの……考えている間に、今度は黒を手に取った。周りに何か線を引く。続いて黄色を選び、小さな丸をいくつも足した。
「これ、おはにゃ」
黄色いのはお花、黒は何だろう。赤の正体も不明のままだ。たくさんの色を散らして、レオンは機嫌よく絵を描き続ける。だが、半分ほど紙を埋めると、クレヨンを離した。
「お絵描きはおしまい?」
小さく頷くレオンがクレヨンを箱に並べた。紙で巻いてあっても、幼子がクレヨンを使うと手につく。その手で顔を擦ってしまい、目元に赤が付いた。くすくす笑って、侍女に濡れたタオルを用意してもらう。
「レオン、ちょっと上を向いて。そうよ、上手ね」
手にした温かいタオルで丁寧に顔を拭いた。また顔を汚さないよう、手も拭き清める。さっぱりしたのか、レオンは眠そうだった目をぱっちり開いた。
「あんね。ここ……おか、しゃま」
黄色い棒を指差す。隣の小さな棒は黒かった。
「ぼく」
「じゃあ、こっちはエルかしら」
髪色で線を引いたのね。納得しながら私とレオンの中間の長さを指差した。頷いたレオンは、自分よりやや大きいピンクに指を移動させる。
「あにゃ、ゆん!」
緑色の棒はユリアン、隣のピンクはユリアーナ。こちらは服の色だろう。笑顔で聞いて、次を促した。
「これは?」
「じじぃ」
ぷっと吹き出しそうになって、頬を引き締める。笑ったらダメよ、じぃじと言いたかったんだから。堪えているせいで、神妙な顔で頷いてしまった。
「べう!」
ベルントのことね。頷いてわかっているわと示す。話を聞いてもらえるのが嬉しいのか、レオンはご機嫌で次々と紹介してくれた。たくさんの丸と歪な四角、長さが違う線はすべてに意味がある。最終的に赤は屋敷だったことが判明。
屋根や壁の色とも違うけれど、抽象的な意味があるのかも。目立つ色にしたかったとか? 理由はなんでもいい。レオンが楽しんで机に向かってくれたことが、一番の収穫だった。
「お勉強、頑張ったからご褒美よ」
「ほん」
絵を描く間も机の上に置いていた絵本を引き寄せ、読んでほしいと強請る。ちょうど双子も集中力が切れたようで、ぐったりしていたから誘った。エルヴィンはまだ頑張るみたいね。
一緒に移動し、部屋の奥にあるソファーに腰掛けた。膝の上にレオンを乗せると、双子は両側に座る。小さな子猫が親を探して冒険するお話だった。黒いカラスに連れ去られ、知らない場所から始まる。母親や兄弟を尋ねながら、様々な動物や虫と交流し、最後はきちんと再会できた。
めでたし、めでたしで終わる内容だ。泣きそうになったり、唇を尖らせたり、はたまた喜んだり、レオンは百面相だった。こういった読み聞かせが、幼い子の情緒を育くむ。それだけではなく、安心して寄り添える親の存在も精神的な安定の材料だ。
「おしまい。そろそろお昼ご飯よ」
絵本はおしまい。言い聞かせるために、必ず口にする。聞き慣れてしまえば、この言葉で終わりを理解できるから。レオンは残念そうに絵本の棚を見ていたが、こくんと頷いた。
「えらいわ。ご飯を食べてお昼寝した後で、また絵本を読みましょうね」
レオンはうーんと考えて、話を理解しようとしている。だからもう一度、今度は短く次の動きを示した。
「ご飯、お昼寝、絵本よ」
「うん!」
口の中で「ごあん、お……ひるえ、ほん」と繰り返す。やっぱり舌ったらずで、そこが可愛い。
2,412
お気に入りに追加
4,242
あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

罠に嵌められたのは一体誰?
チカフジ ユキ
恋愛
卒業前夜祭とも言われる盛大なパーティーで、王太子の婚約者が多くの人の前で婚約破棄された。
誰もが冤罪だと思いながらも、破棄された令嬢は背筋を伸ばし、それを認め国を去ることを誓った。
そして、その一部始終すべてを見ていた僕もまた、その日に婚約が白紙になり、仕方がないかぁと思いながら、実家のある隣国へと帰って行った。
しかし帰宅した家で、なんと婚約破棄された元王太子殿下の婚約者様が僕を出迎えてた。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?


お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。
西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。
私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。
それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」
と宣言されるなんて・・・
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる