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23.アレが妻か? ***SIDE公爵
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久しぶりに机の上が片付いた。執務室に運ばれる新たな書類も見当たらない。帰らない理由が消えたことに、眉根を寄せた。
「お疲れ様でございました」
ようやく帰れると安堵の表情になる文官は、それでも交代制だ。三日に一度は家に帰っていたはず。にもかかわらず、嬉しそうに頬を緩める。どうやら、一般的に家に帰ることは好ましい行為のようだ。
息子と顔を合わせても話すことはない。新しく迎えた妻も、特に用事はなかった。広い屋敷は親から相続したが、特に思うことはない。権威の象徴として、維持しているだけだった。
あの空箱に帰っても、何もメリットはないが……。
「今日は公爵閣下もご帰宅なさるんですよね。奥様が安心なさいますよ」
にこにこと告げられ、文房具を片付けて帰る支度を始めた彼らに、残るとも言い出しにくい。そうだなと相槌を打って、部屋を出た。心得たように侍従達が動き出す。王宮の廊下を出る頃には、馬車の準備ができたと報告が入った。
着々と逃げ道が消えていく。面倒だが、顔を合わせなければいいか。あれだけ広い屋敷だ。妻となった女の家族は離れに住まわせる約束だし、特に問題はない。俺が屋敷の主人だ!
気持ちを切り替え、歩き出した。嫌な思いをしたら、外へ出かける手もある。家令フランクから定期的に報告は上がっているが、現地調査だと思えばいい。馬車に乗り込み、クラバットを緩めかけて……手を止めた。部屋に戻るまで我慢だな。
面倒なことだ。貴族に生まれたばかりに、思わぬ苦労を背負い込んだ。たいして離れていない屋敷の門をくぐり、見慣れた庭を眺める。金をかけて維持しているが、使わないのだから手放したいのが本音だ。しかし公爵である以上、ある程度の散財は義務だった。
前の妻は適度に宝石やドレスに金を使ってくれたが、今度の妻はどうか。あまり質素な暮らしをされると、周囲の貴族とバランスが取れない。
頭の痛いことばかりだな。舌打ちしたい気分で、停まった馬車から降りる。並んだ使用人達はいつも通り整然としており、少し苛立ちが収まった。
「おかえりなさいませ、旦那様。奥様は……」
「アレのことはいい」
不機嫌に切り捨てる。数日の休暇をゆっくり過ごしたかった。心得たようにフランクは口を噤み、大人しく着いてくる。自室へ戻り、閉じこもった。何をして時間を潰そうか。
「きゃぁ!」
甲高い子供の声に顔をしかめる。窓から外を確認すれば、花が咲く庭を数人の子供が駆け回っていた。あのどれかが息子レオンだろう。区別がつかずにじっと見つめる。
黒髪がレオンか? となれば、周囲の子供達はどこかの子弟だろう。運悪く、騒がしい時に帰ってしまったようだ。カーテンを閉めようとしたところで、金髪の女性が走ってきた。
「あらあら、転んじゃうわよ」
少しくすんだ金髪の女性は、日除けの帽子も傘もない。日焼けを嫌う貴族女性らしくない振る舞いで、子供達をまとめて歩き出した。レオンを抱き上げ、周囲に子供達を纏いつかせて。
「まさか、アレが?」
俺の妻なら、公爵夫人だ。子供と庭を走り回り、日除けも怠るような女……しばらく社交に出せないな。舌打ちしたい気分で、今度こそカーテンを引いた。
「お疲れ様でございました」
ようやく帰れると安堵の表情になる文官は、それでも交代制だ。三日に一度は家に帰っていたはず。にもかかわらず、嬉しそうに頬を緩める。どうやら、一般的に家に帰ることは好ましい行為のようだ。
息子と顔を合わせても話すことはない。新しく迎えた妻も、特に用事はなかった。広い屋敷は親から相続したが、特に思うことはない。権威の象徴として、維持しているだけだった。
あの空箱に帰っても、何もメリットはないが……。
「今日は公爵閣下もご帰宅なさるんですよね。奥様が安心なさいますよ」
にこにこと告げられ、文房具を片付けて帰る支度を始めた彼らに、残るとも言い出しにくい。そうだなと相槌を打って、部屋を出た。心得たように侍従達が動き出す。王宮の廊下を出る頃には、馬車の準備ができたと報告が入った。
着々と逃げ道が消えていく。面倒だが、顔を合わせなければいいか。あれだけ広い屋敷だ。妻となった女の家族は離れに住まわせる約束だし、特に問題はない。俺が屋敷の主人だ!
気持ちを切り替え、歩き出した。嫌な思いをしたら、外へ出かける手もある。家令フランクから定期的に報告は上がっているが、現地調査だと思えばいい。馬車に乗り込み、クラバットを緩めかけて……手を止めた。部屋に戻るまで我慢だな。
面倒なことだ。貴族に生まれたばかりに、思わぬ苦労を背負い込んだ。たいして離れていない屋敷の門をくぐり、見慣れた庭を眺める。金をかけて維持しているが、使わないのだから手放したいのが本音だ。しかし公爵である以上、ある程度の散財は義務だった。
前の妻は適度に宝石やドレスに金を使ってくれたが、今度の妻はどうか。あまり質素な暮らしをされると、周囲の貴族とバランスが取れない。
頭の痛いことばかりだな。舌打ちしたい気分で、停まった馬車から降りる。並んだ使用人達はいつも通り整然としており、少し苛立ちが収まった。
「おかえりなさいませ、旦那様。奥様は……」
「アレのことはいい」
不機嫌に切り捨てる。数日の休暇をゆっくり過ごしたかった。心得たようにフランクは口を噤み、大人しく着いてくる。自室へ戻り、閉じこもった。何をして時間を潰そうか。
「きゃぁ!」
甲高い子供の声に顔をしかめる。窓から外を確認すれば、花が咲く庭を数人の子供が駆け回っていた。あのどれかが息子レオンだろう。区別がつかずにじっと見つめる。
黒髪がレオンか? となれば、周囲の子供達はどこかの子弟だろう。運悪く、騒がしい時に帰ってしまったようだ。カーテンを閉めようとしたところで、金髪の女性が走ってきた。
「あらあら、転んじゃうわよ」
少しくすんだ金髪の女性は、日除けの帽子も傘もない。日焼けを嫌う貴族女性らしくない振る舞いで、子供達をまとめて歩き出した。レオンを抱き上げ、周囲に子供達を纏いつかせて。
「まさか、アレが?」
俺の妻なら、公爵夫人だ。子供と庭を走り回り、日除けも怠るような女……しばらく社交に出せないな。舌打ちしたい気分で、今度こそカーテンを引いた。
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