上 下
5 / 131

05.期間限定の舌足らずもいい

しおりを挟む
 可愛いレオンを膝の上に乗せて、甘やかす作戦を決行した。つまり「あーん」よね。いままで不足した愛情を、溺れる程浴びせたい。

「レオン、あーんして」

 あーんの意味が分からず首を傾げたレオンに、こうやるのと教えた。素直にぱくりと口を開けるレオンは誰かの悪意を知らない。だから素直だった。本当に可愛いし、屋敷内で虐げられていなくてよかったわ。きっとイルゼやフランクの指示が行き届いているからね。

 口を開けても、私を見る視線を逸らそうとしない。まるで視界から外れたら、私が消えると心配しているように。だから密着して食事を与えることにした。まあ、可愛すぎて甘やかしたいのも強い理由だけど。こんなに愛らしい子がいるのに、屋敷に帰らない旦那様は薄情すぎる。

 小さなティースプーンで掬ったリゾットを、口の中に入れた。鳥の雛みたいに口を閉じて、もぐもぐと咀嚼する。そのたびに動く頬や唇が愛おしい。本当は最初にスープから、と思ったんだけど……リゾットが一番好きみたいなのよね。

 食べ物をぐるりと見回したとき、無言でアピールしていたもの。

「美味しい?」

「うん」

 言葉遣いなんて何でもいい。勉強はもっと成長してからで間に合うわ。今は愛情にどっぷりと首まで……いえ、頭まで沈めて溺れさせてから。自分は必要とされて愛されている、そう自覚しなくては何を学んでも無駄になってしまう。

 弟妹も同じだった。末の双子を産んで二年で儚くなった母の愛情を求めて泣く子を、抱き締めて愛情を注ぐ。同じように泣きたかったけれど、私は年長な分だけ愛情を貰った。だから母親の分を与え続けた。私がお母様から貰った愛情を、弟妹にも分けていくの。

 おかげで誰もがいい子に育ったわ。あの子達の生活のために身売り同然に嫁ぐ話が来た時も、チャンスだと飛びついたくらい。私は家族が大好きだ。この幼いレオンも、その弟妹の一人に加えて育てよう。私が母から与えられた愛情をたっぷり浴びせて、可愛い笑顔を守れるように。

「今度はどれ? スープはどう」

 頷くような動きだけれど、曖昧ね。やっぱりリゾットがいいみたい。

「リゾットにしましょうか」

 目を輝かせるから、よほど好物なのね。覚えておこうと頭の片隅にメモを取る。鶏肉ときのこのリゾットは、レオンの好物! ティースプーンで運ぶたび、機嫌よく口を開ける小さな雛鳥レオン。絵本の題材になりそうなくらい可愛い。

「奥様、お食事の間は私どもがレオン様をお預かりいたしますが」

 イルゼの後ろに控える侍女がそう提案するも、私は首を横に振った。レオンの口がもぐもぐ動いている間に、隣のスプーンで私も食べている。合間にイルゼが手際よく肉や野菜を小さくカットした。何も問題ないわ。

「大丈夫よ、ありがとう。でもね、抱いていたいの」

 手を離したくないのよ。こんな可愛い天使か妖精だもの。離れたら消えてしまうわ。ほほほと笑って伝えると、侍女は感動した様子で両手を握り締めコクコクと何度も首を縦に振った。この感動を共有できちゃうのね? 嬉しいわ。

「おか、しゃ、ま。あーん」

 興味が逸れたと思ったのか、遠慮がちに袖を引っ張る。たどたどしい言葉と、滑舌の悪い発音。年齢の割に幼いけれど、きっとすぐに直るわ。話しかける私の言葉に慣れて、徐々に単語も覚えながら上手になってしまう。

 今だけの限定舌足らずよ! 貴重だから聞き逃せない。可愛いと連呼しながら、私は機嫌よく餌付けを続けた。
しおりを挟む
感想 335

あなたにおすすめの小説

お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ
恋愛
 ――なぜならわたしが奪うから。  正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈 
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません

片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。 皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。 もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。

【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

処理中です...