173 / 173
外伝4.幸せの箱庭にて(最終話)
しおりを挟む
お転婆に走り回る婚約者を追いかけるロルフは、ようやく捕まえた彼女を抱き締めて芝に転がる。自分を下にして彼女を守るのは当然だ。
「きゃっ、やっぱりロルフは足が速いわ」
「鍛えてるからね。君を守れる強さがないと捨てられてしまうよ」
「頭もいいの、ずるいわ」
勉強が苦手なエレンは唇を尖らせる。まだ触れることが許されない唇を指で突いて、自分の唇に押し当てるロルフはキスの代わりだと笑った。
「勉強出来なかったら、エレンに教えられないじゃないか」
「それもそうね」
くすくす笑うエレンの機嫌は直ったらしい。本気で拗ねたわけではないので恋人同士の戯れの一環だ。近くの茂みを揺らして顔を出したのは、エレンの兄フランだった。
「イチャつくのはいいけど、父上にバレないようにね」
拗ねるよ。そんな口調で軽く戒めていく。庭師の真似事が高じて、最近は新種のハーブや薬草を育て始めたフランは、いつも土に汚れてもいい格好をしていた。だが皇子として認識されなかったことはない。ベアトリス皇妃譲りの銀髪は、彼の身分証明にぴったりだった。
「おにぃたまぁ!」
鼻を啜りながら呼ぶ幼児の声に、ロルフが身を起こす。弟のデニスだろう。手を振って名を呼ぶと、すぐに駆け寄ってきた。まだ足取りが怪しい幼児は、母親にそっくりの顔を涙と鼻水で汚している。
両手を広げて抱き着く弟を受け止めたロルフの横で、ハンカチを取り出したエレンが顔を拭き始めた。押し当てたハンカチに、ちーんと鼻を噛む。汚れたハンカチをエレンは気にした様子なく、畳んで置いた。それからデニスに微笑みかける。
「ロルフが大好きなのね」
私と同じだわ。そんな響きに、幼子もにっこり笑う。にこにこと微笑み合う婚約者と弟の間に、ぐっと割って入った。膝の上に弟を乗せ、エレンの肩を抱き寄せる。
「僕を嫉妬させたいの?」
「ふふっ、お母様の助言通りね」
罠にハマったのよ、そう告げるエレンにロルフは苦笑いするしかなかった。嫉妬深いのにそれを隠そうとしたが、彼女はその嫉妬を受け止めたいと願う。
「ねえ、カリンはお昼寝かな」
そろそろ騒ぎ出すだろう末の妹姫の名を呟くフランの声に、大きな泣き声が重なった。やっぱり……そんな表情で肩を竦めるフランが立ち上がり、離宮のテラスへ向かう。その手にスコップを握ったまま。
「フランったら、スコップ持ってったわ」
「お母様が気づいて取り上げると思うよ」
スコップや汚れた道具を離宮に持ち込もうとすると、侍女長のソフィが止める。いつも行われる騒ぎを見ながら、ロルフはタイミングを図って促した。
「そろそろ午後のお茶だね。一緒に行こう」
「今日はお母様がスコーンを焼いてくださるの。お父様もご一緒されるのよ」
エレンは朝食で聞いた情報を口にし、指を咥えたデニスが「ちゅこん?」と首を傾げた。歳の離れた弟を抱き上げ、婚約者のエレンと腕を組んだロルフが歩き出す。そこへカリンが両手を広げて抱きついた。
「ロルフ、大好き」
「ありがとう、僕も妹として君が好きだよ。カリン」
誤解されないようにきっちり引導を渡すロルフに、皇妃トリシャがくすくす笑いながら末姫を抱き寄せた。
「諦めなさい、あなたには無理よ」
嫌だと泣き喚くカリンに、エレンは得意げな顔で笑う。先に生まれた特権だと意味の分からない説明をしながら、婚約者と絡めた腕を引き寄せた。
「……ニルスにそっくりだよね」
娘達が取り合う親友の息子を苦々しく思うが、未来の息子でもあるので肩を竦めるだけに留め、エリクは席についた。いつの間にか住み着いた狼が、のそりと足元に寄り添う。
トリシャが焼いたスコーンに、ソフィのお手製ジャムを添えて。離宮は常に笑いと歓声が絶えない幸せに包まれる――見上げれば抜けるように青い空。
「エリク、私……幸せです」
「僕もだよ、愛しのトリシャ」
両親達の口付けを、子供達は見ないフリでお菓子を頬張る。手を洗っていないとフランが叱られたところで、書類片手のニルスが合流した。
「陛下、こちらの書類が未決済ですが?」
なぜ休憩に入っていると咎める響きに、皇帝陛下はやれやれと首を横に振った。
平和な日常が続く帝国は、またひとつ領土を拡大した。数百年の繁栄を誇ることになるフォルシウス帝国には、かつて魔女と誤解された天使が降臨し、悪虐皇帝を正して賢帝に変えた――伝説は時を超えて語り継がれたという。
END.
「きゃっ、やっぱりロルフは足が速いわ」
「鍛えてるからね。君を守れる強さがないと捨てられてしまうよ」
「頭もいいの、ずるいわ」
勉強が苦手なエレンは唇を尖らせる。まだ触れることが許されない唇を指で突いて、自分の唇に押し当てるロルフはキスの代わりだと笑った。
「勉強出来なかったら、エレンに教えられないじゃないか」
「それもそうね」
くすくす笑うエレンの機嫌は直ったらしい。本気で拗ねたわけではないので恋人同士の戯れの一環だ。近くの茂みを揺らして顔を出したのは、エレンの兄フランだった。
「イチャつくのはいいけど、父上にバレないようにね」
拗ねるよ。そんな口調で軽く戒めていく。庭師の真似事が高じて、最近は新種のハーブや薬草を育て始めたフランは、いつも土に汚れてもいい格好をしていた。だが皇子として認識されなかったことはない。ベアトリス皇妃譲りの銀髪は、彼の身分証明にぴったりだった。
「おにぃたまぁ!」
鼻を啜りながら呼ぶ幼児の声に、ロルフが身を起こす。弟のデニスだろう。手を振って名を呼ぶと、すぐに駆け寄ってきた。まだ足取りが怪しい幼児は、母親にそっくりの顔を涙と鼻水で汚している。
両手を広げて抱き着く弟を受け止めたロルフの横で、ハンカチを取り出したエレンが顔を拭き始めた。押し当てたハンカチに、ちーんと鼻を噛む。汚れたハンカチをエレンは気にした様子なく、畳んで置いた。それからデニスに微笑みかける。
「ロルフが大好きなのね」
私と同じだわ。そんな響きに、幼子もにっこり笑う。にこにこと微笑み合う婚約者と弟の間に、ぐっと割って入った。膝の上に弟を乗せ、エレンの肩を抱き寄せる。
「僕を嫉妬させたいの?」
「ふふっ、お母様の助言通りね」
罠にハマったのよ、そう告げるエレンにロルフは苦笑いするしかなかった。嫉妬深いのにそれを隠そうとしたが、彼女はその嫉妬を受け止めたいと願う。
「ねえ、カリンはお昼寝かな」
そろそろ騒ぎ出すだろう末の妹姫の名を呟くフランの声に、大きな泣き声が重なった。やっぱり……そんな表情で肩を竦めるフランが立ち上がり、離宮のテラスへ向かう。その手にスコップを握ったまま。
「フランったら、スコップ持ってったわ」
「お母様が気づいて取り上げると思うよ」
スコップや汚れた道具を離宮に持ち込もうとすると、侍女長のソフィが止める。いつも行われる騒ぎを見ながら、ロルフはタイミングを図って促した。
「そろそろ午後のお茶だね。一緒に行こう」
「今日はお母様がスコーンを焼いてくださるの。お父様もご一緒されるのよ」
エレンは朝食で聞いた情報を口にし、指を咥えたデニスが「ちゅこん?」と首を傾げた。歳の離れた弟を抱き上げ、婚約者のエレンと腕を組んだロルフが歩き出す。そこへカリンが両手を広げて抱きついた。
「ロルフ、大好き」
「ありがとう、僕も妹として君が好きだよ。カリン」
誤解されないようにきっちり引導を渡すロルフに、皇妃トリシャがくすくす笑いながら末姫を抱き寄せた。
「諦めなさい、あなたには無理よ」
嫌だと泣き喚くカリンに、エレンは得意げな顔で笑う。先に生まれた特権だと意味の分からない説明をしながら、婚約者と絡めた腕を引き寄せた。
「……ニルスにそっくりだよね」
娘達が取り合う親友の息子を苦々しく思うが、未来の息子でもあるので肩を竦めるだけに留め、エリクは席についた。いつの間にか住み着いた狼が、のそりと足元に寄り添う。
トリシャが焼いたスコーンに、ソフィのお手製ジャムを添えて。離宮は常に笑いと歓声が絶えない幸せに包まれる――見上げれば抜けるように青い空。
「エリク、私……幸せです」
「僕もだよ、愛しのトリシャ」
両親達の口付けを、子供達は見ないフリでお菓子を頬張る。手を洗っていないとフランが叱られたところで、書類片手のニルスが合流した。
「陛下、こちらの書類が未決済ですが?」
なぜ休憩に入っていると咎める響きに、皇帝陛下はやれやれと首を横に振った。
平和な日常が続く帝国は、またひとつ領土を拡大した。数百年の繁栄を誇ることになるフォルシウス帝国には、かつて魔女と誤解された天使が降臨し、悪虐皇帝を正して賢帝に変えた――伝説は時を超えて語り継がれたという。
END.
28
お気に入りに追加
3,480
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(214件)
あなたにおすすめの小説
間違った方法で幸せになろうとする人の犠牲になるのはお断りします。
ひづき
恋愛
濡れ衣を着せられて婚約破棄されるという未来を見た公爵令嬢ユーリエ。
───王子との婚約そのものを回避すれば婚約破棄など起こらない。
───冤罪も継母も嫌なので家出しよう。
婚約を回避したのに、何故か家出した先で王子に懐かれました。
今度は異母妹の様子がおかしい?
助けてというなら助けましょう!
※2021年5月15日 完結
※2021年5月16日
お気に入り100超えΣ(゚ロ゚;)
ありがとうございます!
※残酷な表現を含みます、ご注意ください
【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした
果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。
そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、
あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。
じゃあ、気楽にいきますか。
*『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。
王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません
黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。
でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。
知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。
学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。
いったい、何を考えているの?!
仕方ない。現実を見せてあげましょう。
と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。
「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」
突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。
普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。
※わりと見切り発車です。すみません。
※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!
凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。
紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】
婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。
王命で結婚した相手には、愛する人がいた。
お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。
──私は選ばれない。
って思っていたら。
「改めてきみに求婚するよ」
そう言ってきたのは騎士団長。
きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ?
でもしばらくは白い結婚?
……分かりました、白い結婚、上等です!
【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!
ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】
※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。
※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。
※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。
よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。
※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。
※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)
【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです
冬馬亮
恋愛
それは親切な申し出のつもりだった。
あなたを本当に愛していたから。
叶わぬ恋を嘆くあなたたちを助けてあげられると、そう信じていたから。
でも、余計なことだったみたい。
だって、私は殺されてしまったのですもの。
分かってるわ、あなたを愛してしまった私が悪いの。
だから、二度目の人生では、私はあなたを愛したりはしない。
あなたはどうか、あの人と幸せになって ---
※ R-18 は保険です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
遅くなりましたが完結おめでとうございます
エリクは、トリシャのおかげで
丸くなったように見えました。
二人はおしどり夫婦ですね。(´∀`*)ウフフ。
二人とも幸せそうで良かった。ε-(´∀`*)ホッ
いいえ。お読みいただき、ありがとうございます(´▽`*)ゞヶィレィッッ!!
エリクは暴君街道まっしぐらでしたが、トリシャを娶ったことで賢帝に変更ですw
仲良しで、大公夫妻(実質は侍従夫妻)も皆で幸せに向かいました。タイトル回収できたと思います(*ノωノ)
とてもよかった、ほんとによかった、楽しく読ませていただきました、幸せな時間でした、また楽しみにしております。ありがとございます♪
ありがとうございました(o´-ω-)o)ペコッ
主人公をヤンデレ皇帝陛下にしたため、幸せになるトリシャが甘やかされる光景ばかりになりました(*ノωノ)こういう溺愛もの大好きなので、また書いていきます。お付き合いいただければ幸いです。
とてもとても素敵な物語でした。
読ませて頂いて有難うございました♪
こちらこそ、お読みいただきありがとうございました(o´-ω-)o)ペコッ
少しでも楽しんでいただけたなら、幸いです!